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第二章 フリーの一見客
⑥男が二人、扉を蹴飛ばす勢いで入って来た
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無造作に男が二人、扉を蹴飛ばす勢いで店に入って来た。
二人とも初めての一見客だった。
二人は早速、ぞっとするような陰気な響きの声で話し始めた。
嶋木は訳の判らぬ胸騒ぎを覚えて、こいつらは一体、何者なんだ、と耳を欹てた。
「話は済んだぜ、哲。俺は帰るよ」
一人の男が言った。とても堅気の男の声とは思えない、陰気で冷たい声だった。
「いいや、済んじゃいませんぜ」
もう一人の男がそう言って、含み笑いをした。別に嬉しくて笑ったのではなかったと見えて、直ぐにその笑いに被せるように続けて言った。
「貰うものはキッチリ貰う。それが俺のやり方です。幾ら兄貴でも、俺の取り分を横取りしようってのは、黙っちゃ居られねえ。話はつけさせて貰いますぜ」
「解からねえ奴だな、お前も。今度の取引では儲かっちゃいねえ。分け前を貰った奴は誰も居やしねえんだ」
「次郎はそうは言ってなかったですぜ」
「次郎がどう言ったか知らねえが、俺もビタ一文取っちゃいねえ。だからお前の取り分も無いんだよ、解ったな。話はこれで終わりだ」
「兄貴がそうやって白を切るんなら、俺はこの話を社長に言いますよ」
「社長にだと?」
「そうですよ。今度の取引では、会社に納められた金はあれだけでしたが、実は隠し金がこれこれ然々ある筈ですと言上したら・・・」
「止めろ!」
兄貴と呼ばれた男が鋭く言った。
「お前、そんなことをして何になる?」
「さあ、何になりますかねえ」
哲と呼ばれた男が嘯いている。
「取引の量、買い手の相手とその大きさ、それらを正直に全部話せば、取引金額がどの位だったかは社長にも直ぐに判るでしょうよ」
「止めろ、哲」
兄貴の声が不気味に沈んだ。
「そんなことをしたら、俺たちは唯じゃ済まねえことになる。俺はいい。だが、玉井の兄貴に迷惑が掛かる」
「そうですか。それじゃ黙ってますから、俺の取り分をきちんと呉れるんですね」
「お前、俺を脅すつもりか」
哲がせせら笑った。
「さあ、どうですかね。ネタは上がってるんですぜ、兄貴。あんたは俺の取り分をちょろまかして社長の女に遣ったんだ」
「・・・・・」
「俺はしつこい性質でね。兄貴に掛け合うからには、それ位のことは調べてあるんですよ」
「ほう、大したもんだな」
ふっと兄貴の声がやさしい声に変わって聞こえた。
「それでお前、一人で調べたのか」
「勿論です。どうしても白を切って金を呉れねえんなら、女のことを社長にばらしてやろうと思いましてね。俺は、兄貴が考えるほど馬鹿じゃないんですよ」
二人の諍いは頂点に達したようだった。
「おい哲、表へ出ろ!兄ちゃん、勘定だ!」
兄貴が勘定を払った後、二人は転げるように街路に飛び出した。
嶋木が扉を半分開いて外を見遣ると、黒い影が道路の上で跳ねていた。それを追ってもう一つの影が後ろから抱きつくように、前の影にぶつかって行った。その男の手には鋭く光るものが見えた。
嶋木は扉を半分開いたまま、暫く様子を窺った。
二つの人影が一つになって道路の上に転び、凄まじい取っ組み合いになった。二人は絶えず組み合ったまま舗道の上をごろごろと転げ回った。
遂に一方が、もう一方の上に馬乗りになった。そして、白く光るものを、下になった男の上に打ち下ろした。そのまま動きが停止した。
漸く上になった男が立ち上がった。男は肩で荒い息をしているようであった。暫く、腰と胸を刺されて倒れている男を見下ろしていたが、不意に身を翻すと、足早に暗いビルの間の闇に消えて行った。
嶋木はゆっくりと扉を閉めた。
暴力団組員同士の内輪揉め事件として明日の朝刊の紙面に小さく載るだろう・・・。
二人とも初めての一見客だった。
二人は早速、ぞっとするような陰気な響きの声で話し始めた。
嶋木は訳の判らぬ胸騒ぎを覚えて、こいつらは一体、何者なんだ、と耳を欹てた。
「話は済んだぜ、哲。俺は帰るよ」
一人の男が言った。とても堅気の男の声とは思えない、陰気で冷たい声だった。
「いいや、済んじゃいませんぜ」
もう一人の男がそう言って、含み笑いをした。別に嬉しくて笑ったのではなかったと見えて、直ぐにその笑いに被せるように続けて言った。
「貰うものはキッチリ貰う。それが俺のやり方です。幾ら兄貴でも、俺の取り分を横取りしようってのは、黙っちゃ居られねえ。話はつけさせて貰いますぜ」
「解からねえ奴だな、お前も。今度の取引では儲かっちゃいねえ。分け前を貰った奴は誰も居やしねえんだ」
「次郎はそうは言ってなかったですぜ」
「次郎がどう言ったか知らねえが、俺もビタ一文取っちゃいねえ。だからお前の取り分も無いんだよ、解ったな。話はこれで終わりだ」
「兄貴がそうやって白を切るんなら、俺はこの話を社長に言いますよ」
「社長にだと?」
「そうですよ。今度の取引では、会社に納められた金はあれだけでしたが、実は隠し金がこれこれ然々ある筈ですと言上したら・・・」
「止めろ!」
兄貴と呼ばれた男が鋭く言った。
「お前、そんなことをして何になる?」
「さあ、何になりますかねえ」
哲と呼ばれた男が嘯いている。
「取引の量、買い手の相手とその大きさ、それらを正直に全部話せば、取引金額がどの位だったかは社長にも直ぐに判るでしょうよ」
「止めろ、哲」
兄貴の声が不気味に沈んだ。
「そんなことをしたら、俺たちは唯じゃ済まねえことになる。俺はいい。だが、玉井の兄貴に迷惑が掛かる」
「そうですか。それじゃ黙ってますから、俺の取り分をきちんと呉れるんですね」
「お前、俺を脅すつもりか」
哲がせせら笑った。
「さあ、どうですかね。ネタは上がってるんですぜ、兄貴。あんたは俺の取り分をちょろまかして社長の女に遣ったんだ」
「・・・・・」
「俺はしつこい性質でね。兄貴に掛け合うからには、それ位のことは調べてあるんですよ」
「ほう、大したもんだな」
ふっと兄貴の声がやさしい声に変わって聞こえた。
「それでお前、一人で調べたのか」
「勿論です。どうしても白を切って金を呉れねえんなら、女のことを社長にばらしてやろうと思いましてね。俺は、兄貴が考えるほど馬鹿じゃないんですよ」
二人の諍いは頂点に達したようだった。
「おい哲、表へ出ろ!兄ちゃん、勘定だ!」
兄貴が勘定を払った後、二人は転げるように街路に飛び出した。
嶋木が扉を半分開いて外を見遣ると、黒い影が道路の上で跳ねていた。それを追ってもう一つの影が後ろから抱きつくように、前の影にぶつかって行った。その男の手には鋭く光るものが見えた。
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