クラブ「純」のカウンターから

相良武有

文字の大きさ
上 下
64 / 72
第二章 フリーの一見客

⑥男が二人、扉を蹴飛ばす勢いで入って来た

しおりを挟む
 無造作に男が二人、扉を蹴飛ばす勢いで店に入って来た。
二人とも初めての一見客だった。
二人は早速、ぞっとするような陰気な響きの声で話し始めた。
嶋木は訳の判らぬ胸騒ぎを覚えて、こいつらは一体、何者なんだ、と耳を欹てた。
「話は済んだぜ、哲。俺は帰るよ」
一人の男が言った。とても堅気の男の声とは思えない、陰気で冷たい声だった。
「いいや、済んじゃいませんぜ」
もう一人の男がそう言って、含み笑いをした。別に嬉しくて笑ったのではなかったと見えて、直ぐにその笑いに被せるように続けて言った。
「貰うものはキッチリ貰う。それが俺のやり方です。幾ら兄貴でも、俺の取り分を横取りしようってのは、黙っちゃ居られねえ。話はつけさせて貰いますぜ」
「解からねえ奴だな、お前も。今度の取引では儲かっちゃいねえ。分け前を貰った奴は誰も居やしねえんだ」
「次郎はそうは言ってなかったですぜ」
「次郎がどう言ったか知らねえが、俺もビタ一文取っちゃいねえ。だからお前の取り分も無いんだよ、解ったな。話はこれで終わりだ」
「兄貴がそうやって白を切るんなら、俺はこの話を社長に言いますよ」
「社長にだと?」
「そうですよ。今度の取引では、会社に納められた金はあれだけでしたが、実は隠し金がこれこれ然々ある筈ですと言上したら・・・」
「止めろ!」
兄貴と呼ばれた男が鋭く言った。
「お前、そんなことをして何になる?」
「さあ、何になりますかねえ」
哲と呼ばれた男が嘯いている。
「取引の量、買い手の相手とその大きさ、それらを正直に全部話せば、取引金額がどの位だったかは社長にも直ぐに判るでしょうよ」
「止めろ、哲」
兄貴の声が不気味に沈んだ。
「そんなことをしたら、俺たちは唯じゃ済まねえことになる。俺はいい。だが、玉井の兄貴に迷惑が掛かる」
「そうですか。それじゃ黙ってますから、俺の取り分をきちんと呉れるんですね」
「お前、俺を脅すつもりか」
哲がせせら笑った。
「さあ、どうですかね。ネタは上がってるんですぜ、兄貴。あんたは俺の取り分をちょろまかして社長の女に遣ったんだ」
「・・・・・」
「俺はしつこい性質でね。兄貴に掛け合うからには、それ位のことは調べてあるんですよ」
「ほう、大したもんだな」
ふっと兄貴の声がやさしい声に変わって聞こえた。
「それでお前、一人で調べたのか」
「勿論です。どうしても白を切って金を呉れねえんなら、女のことを社長にばらしてやろうと思いましてね。俺は、兄貴が考えるほど馬鹿じゃないんですよ」
二人の諍いは頂点に達したようだった。
「おい哲、表へ出ろ!兄ちゃん、勘定だ!」
兄貴が勘定を払った後、二人は転げるように街路に飛び出した。
嶋木が扉を半分開いて外を見遣ると、黒い影が道路の上で跳ねていた。それを追ってもう一つの影が後ろから抱きつくように、前の影にぶつかって行った。その男の手には鋭く光るものが見えた。
 嶋木は扉を半分開いたまま、暫く様子を窺った。
二つの人影が一つになって道路の上に転び、凄まじい取っ組み合いになった。二人は絶えず組み合ったまま舗道の上をごろごろと転げ回った。
遂に一方が、もう一方の上に馬乗りになった。そして、白く光るものを、下になった男の上に打ち下ろした。そのまま動きが停止した。
漸く上になった男が立ち上がった。男は肩で荒い息をしているようであった。暫く、腰と胸を刺されて倒れている男を見下ろしていたが、不意に身を翻すと、足早に暗いビルの間の闇に消えて行った。
 嶋木はゆっくりと扉を閉めた。
暴力団組員同士の内輪揉め事件として明日の朝刊の紙面に小さく載るだろう・・・。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

大人への門

相良武有
現代文学
 思春期から大人へと向かう青春の一時期、それは驟雨の如くに激しく、強く、そして、短い。 が、男であれ女であれ、人はその時期に大人への確たる何かを、成熟した人生を送るのに無くてはならないものを掴む為に、喪失をも含めて、獲ち得るのである。人は人生の新しい局面を切り拓いて行くチャレンジャブルな大人への階段を、時には激しく、時には沈静して、昇降する。それは、驟雨の如く、強烈で、然も短く、将に人生の時の瞬なのである。  

翻る社旗の下で

相良武有
現代文学
 四月一日、新入社員たちは皆、眦を吊り上げて入社式に臨んでいた。そして、半年後、思いを新たにそれぞれの部門に配属されたのだが・・・  ビジネスマンは誰しも皆、悔恨や悔悟、無念や失意など言葉なんかでは一括りに出来ない深くて重いものを胸の中一杯に溜め込んで日夜奮闘している。これは同期の新入社員の成功と挫折、誇りと闘いの物語である。

ルビコンを渡る

相良武有
現代文学
 人生の重大な「決断」をテーマにした作品集。 人生には後戻りの出来ない覚悟や行動が在る。独立、転身、転生、再生、再出発などなど、それは将に人生の時の瞬なのである。  ルビコン川は古代ローマ時代にガリアとイタリアの境に在った川で、カエサルが法を犯してこの川を渡り、ローマに進軍した故事に由来している。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》

小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です ◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ ◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます! ◆クレジット表記は任意です ※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください 【ご利用にあたっての注意事項】  ⭕️OK ・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用 ※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可 ✖️禁止事項 ・二次配布 ・自作発言 ・大幅なセリフ改変 ・こちらの台本を使用したボイスデータの販売

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

処理中です...