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第10話 思春期
②入院した聡亮を香織が見舞う
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中学二年生になって二人はまた同じクラスになった。
だが、中学生になった聡亮は香織とろくに口を利いたことも無かった。彼女ばかりでなく特定の女の子と親しく接したことも無い。それは何も聡亮に限ったことでは無く、小学生ならともかく、中学生になると仲間は同性に限られてしまう。学校の行き帰りも、休み時間も、男の子は男同士、女の子は女同士で誘い合い連るんでしまう。遊んだり話したりする相手が分かれて、聡亮と香織が一緒に親しく話すことは無くなっていた。朝、登校時に校門の前で出くわしても、互いに素知らぬ顔をして「お早う」とも言わなかったし、香織はツンとした表情で聡亮に背を向け、女の子達の方へ駆けて行った。聡亮も香織も、思春期になって、急に相手が他人に見え、それを何と無く意識して照れ臭くもあったし、眩しくもあった。聡亮はセーラー服姿の良く似合う香織が急に大人っぽく見えて、彼女を見ると気持ちがどぎまぎし、妙に香織の存在を意識するのだった。
厳しい残暑が漸く去りかけた九月下旬の日曜日、聡亮は朝起きると急に胃の痛みを感じた。触ってみると胃の辺りが膨らんでいるように思えた。彼がシャツを捲って見てみると、皮膚と胃の間に、長さ七、八センチ、直径一、五ミリほどの、丁度、小さなフランクフルトかウインナーのような縦長の盛り上がりが在った。抑えると胃に鈍い重い痛みを感じた。聡亮はそのまま朝食と昼食を食べたが、夕食時には痛みが酷くなって食事を摂ることが出来なかった。翌朝、母親のマイカーで罹りつけの内科医を受診すると、「ヘルニア」と診断されて直ぐに外科手術を受けるように言われた。
「通常は、ヘルニアは下腹部へ出るものだが、君の場合は、上へ揚がって来て胃の辺りに現れたんだな」
紹介されたのはカトリック系の大きな総合病院で、紹介状はその外科部長宛てになっていた。問診や打聴診や検査の後、その場で「即入院」と決まり手術は翌朝に予定された。
翌日、全身麻酔で手術台に乗った聡亮は、術後、昼前になって眼覚め、そのまま病室へ運ばれた。部屋はトイレも洗面所も付いている広い個室だった。
一日中、心身共に気怠く過ごした翌日、夕方になって、全く思いがけなくも、香織が見舞いにやって来た。付き添っていた聡亮の母親は既に家へ帰った後だった。
入って来るなり明るい笑顔で訊ねた。
「どう?痛む?」
「いや、それほどでもないよ。でも、どうして知ったんだ?俺の入院のこと」
「あんたが休んだから担任の先生に訊いたのよ、そしたら、此処を教えてくれた」
「そうか・・・」
聡亮の胸は、術後の痛みやしんどさを忘れて、軽やかに弾んだ。心が浮き立った。
「あのね、脇田先生が結婚して新婚旅行に行ったんだって、昨日から」
脇田先生と言うのは若い独身の国語の女先生だった。
「あんた、あの先生、好きだったんでしょう?残念ね。あの先生、綺麗だもんね」
「何を馬鹿なこと言って居るんだ、お前」
「ああ、赤くなって照れている、ハッハッハッハ」
聡亮も連られて笑うと縫い口が痛んだ。
「おっ、痛てて・・・」
「ハッハッハッハ」
香織は陽気な笑顔で聡亮を元気付けた。
「あんた、食事は?」
「うん、昨日は絶食で今日は重湯。明日が薄粥でその後が堅粥・・・普通食は週末くらいかららしい」
「そうか。じゃ、果物なんかは持って来ても未だ無理ね、食べるのは」
「別に何も持って来なくて良いよ。気持だけで十分だし、来てくれただけで嬉しいよ」
「ほんとうに?・・・恰好つけてんじゃないの?」
香織は夕食が始まる六時近くまで話し込んでいたが、帰り際につとベッド脇に寄って来て不意に聡亮の唇に自分の唇をチュッと触れた。まろやかな少女の唇の感触だった。
「じゃ、帰るね。お大事に。バイバイ」
彼女は片掌をひらひらさせて病室を出て行った。見送った聡亮は暫し呆然としていた。
それから、香織は毎日、学校が終わった後、病室にやって来た。授業のこと、クラスのこと、友達のこと、その他いろんな出来事を面白可笑しく聡亮に話して聞かせた。
香織が花を活けてくれた翌日には、聡亮は母親に揶揄われた。
「まあ、綺麗なお花だこと、誰が活けてくれたの?」
「うん、クラスの友達だよ」
「へ~え、ガールフレンドが居るの?」
「そんなんじゃないよ」
聡亮は大いに照れたが、心は浮き立って軽かった。
一週間はあっと言う間に過ぎた。
月曜日の夕刻にやって来た香織に慎一が名残惜し気に言った。
「今日、抜糸した。一晩様子を見て、明日の朝、退院する。だから、もう来てくれなくて良いよ」
「そう、良かったじゃない。おめでとう!」
「ああ、有難う」
「で、学校へは直ぐに来れるの?」
「いや、一週間ほど自宅で静養して来週からになるな、授業への出席は」
退院して自宅に戻った聡亮を香織が毎日訊ねて来た。
香織は聡亮が休んでいる間の授業の進捗状況を伝え、自分が録ったノートを見せた。聡亮は教科書にチェックを入れ、ノートを写させて貰った。
聡亮が入院してからの二週間、二人は親しく仲睦まじく愉しく過ごした。聡亮にとっては将に珠玉の二週間だった。
だが、躰の癒えた聡亮が登校すると、香織の態度がよそよそしかった。聡亮の顔など見たくもない、という態度で、プイと横を向いた。何度、彼女の顔を窺ってみても同じだった。聡亮には香織の変化が訝しかった。聡亮は彼女と話したかったが、学校では無理だった。彼には訳が判らなかった。
だが、中学生になった聡亮は香織とろくに口を利いたことも無かった。彼女ばかりでなく特定の女の子と親しく接したことも無い。それは何も聡亮に限ったことでは無く、小学生ならともかく、中学生になると仲間は同性に限られてしまう。学校の行き帰りも、休み時間も、男の子は男同士、女の子は女同士で誘い合い連るんでしまう。遊んだり話したりする相手が分かれて、聡亮と香織が一緒に親しく話すことは無くなっていた。朝、登校時に校門の前で出くわしても、互いに素知らぬ顔をして「お早う」とも言わなかったし、香織はツンとした表情で聡亮に背を向け、女の子達の方へ駆けて行った。聡亮も香織も、思春期になって、急に相手が他人に見え、それを何と無く意識して照れ臭くもあったし、眩しくもあった。聡亮はセーラー服姿の良く似合う香織が急に大人っぽく見えて、彼女を見ると気持ちがどぎまぎし、妙に香織の存在を意識するのだった。
厳しい残暑が漸く去りかけた九月下旬の日曜日、聡亮は朝起きると急に胃の痛みを感じた。触ってみると胃の辺りが膨らんでいるように思えた。彼がシャツを捲って見てみると、皮膚と胃の間に、長さ七、八センチ、直径一、五ミリほどの、丁度、小さなフランクフルトかウインナーのような縦長の盛り上がりが在った。抑えると胃に鈍い重い痛みを感じた。聡亮はそのまま朝食と昼食を食べたが、夕食時には痛みが酷くなって食事を摂ることが出来なかった。翌朝、母親のマイカーで罹りつけの内科医を受診すると、「ヘルニア」と診断されて直ぐに外科手術を受けるように言われた。
「通常は、ヘルニアは下腹部へ出るものだが、君の場合は、上へ揚がって来て胃の辺りに現れたんだな」
紹介されたのはカトリック系の大きな総合病院で、紹介状はその外科部長宛てになっていた。問診や打聴診や検査の後、その場で「即入院」と決まり手術は翌朝に予定された。
翌日、全身麻酔で手術台に乗った聡亮は、術後、昼前になって眼覚め、そのまま病室へ運ばれた。部屋はトイレも洗面所も付いている広い個室だった。
一日中、心身共に気怠く過ごした翌日、夕方になって、全く思いがけなくも、香織が見舞いにやって来た。付き添っていた聡亮の母親は既に家へ帰った後だった。
入って来るなり明るい笑顔で訊ねた。
「どう?痛む?」
「いや、それほどでもないよ。でも、どうして知ったんだ?俺の入院のこと」
「あんたが休んだから担任の先生に訊いたのよ、そしたら、此処を教えてくれた」
「そうか・・・」
聡亮の胸は、術後の痛みやしんどさを忘れて、軽やかに弾んだ。心が浮き立った。
「あのね、脇田先生が結婚して新婚旅行に行ったんだって、昨日から」
脇田先生と言うのは若い独身の国語の女先生だった。
「あんた、あの先生、好きだったんでしょう?残念ね。あの先生、綺麗だもんね」
「何を馬鹿なこと言って居るんだ、お前」
「ああ、赤くなって照れている、ハッハッハッハ」
聡亮も連られて笑うと縫い口が痛んだ。
「おっ、痛てて・・・」
「ハッハッハッハ」
香織は陽気な笑顔で聡亮を元気付けた。
「あんた、食事は?」
「うん、昨日は絶食で今日は重湯。明日が薄粥でその後が堅粥・・・普通食は週末くらいかららしい」
「そうか。じゃ、果物なんかは持って来ても未だ無理ね、食べるのは」
「別に何も持って来なくて良いよ。気持だけで十分だし、来てくれただけで嬉しいよ」
「ほんとうに?・・・恰好つけてんじゃないの?」
香織は夕食が始まる六時近くまで話し込んでいたが、帰り際につとベッド脇に寄って来て不意に聡亮の唇に自分の唇をチュッと触れた。まろやかな少女の唇の感触だった。
「じゃ、帰るね。お大事に。バイバイ」
彼女は片掌をひらひらさせて病室を出て行った。見送った聡亮は暫し呆然としていた。
それから、香織は毎日、学校が終わった後、病室にやって来た。授業のこと、クラスのこと、友達のこと、その他いろんな出来事を面白可笑しく聡亮に話して聞かせた。
香織が花を活けてくれた翌日には、聡亮は母親に揶揄われた。
「まあ、綺麗なお花だこと、誰が活けてくれたの?」
「うん、クラスの友達だよ」
「へ~え、ガールフレンドが居るの?」
「そんなんじゃないよ」
聡亮は大いに照れたが、心は浮き立って軽かった。
一週間はあっと言う間に過ぎた。
月曜日の夕刻にやって来た香織に慎一が名残惜し気に言った。
「今日、抜糸した。一晩様子を見て、明日の朝、退院する。だから、もう来てくれなくて良いよ」
「そう、良かったじゃない。おめでとう!」
「ああ、有難う」
「で、学校へは直ぐに来れるの?」
「いや、一週間ほど自宅で静養して来週からになるな、授業への出席は」
退院して自宅に戻った聡亮を香織が毎日訊ねて来た。
香織は聡亮が休んでいる間の授業の進捗状況を伝え、自分が録ったノートを見せた。聡亮は教科書にチェックを入れ、ノートを写させて貰った。
聡亮が入院してからの二週間、二人は親しく仲睦まじく愉しく過ごした。聡亮にとっては将に珠玉の二週間だった。
だが、躰の癒えた聡亮が登校すると、香織の態度がよそよそしかった。聡亮の顔など見たくもない、という態度で、プイと横を向いた。何度、彼女の顔を窺ってみても同じだった。聡亮には香織の変化が訝しかった。聡亮は彼女と話したかったが、学校では無理だった。彼には訳が判らなかった。
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