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第8話 別れても・・・
①久し振りの仕事はパーティー用のコンパニオンだった
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結城千穂は高輪にある高層ビルの八階でもうニ十分余りも待たされて居た。やっとのことで中に入るように言われ、応接室のドアを開けた時、マネージャーの酒井は両手をズボンのポケットに入れて、窓から東京の街を見下ろしていた。
「君に良い仕事があったよ」
酒井が言った。
「うわ~っ、嬉しいわ!」
千穂が感嘆の声を挙げた。
「もう二ヶ月にもなるんだもん!借金で首が回らなくなっちゃうわ」
「横浜での仕事だ」
「まあ、最高!ベイで日光浴も出来そうね」
酒井が続けた。
「三日間で、三十万円だ」
「テレビ?」
千穂が訊ねた。
「それとも、歌う仕事?」
「いや、そうじゃない」
「じゃ、何をするの?」
酒井は窓の下に拡がる薄曇りの通りをさっきと同じように見下ろしながら言った。
「パーティー用のコンパニオンだ」
千穂はピタリと口を噤んでしまった。彼女の両眼の視線が部屋の壁に架かる額入りの写真の辺りを彷徨い始めた。それらは豪華に飾り立てられた美女たちのポートレイトと、この事務所に所属しているモデルやタレントが登場するファッションや化粧品の広告であった。
千穂の掌が濡れて来た。
彼女は静かに言った。
「酒井さん、あなた、真実に私がそういう仕事を出来ると思っているの?」
「ああ、勿論さ」
「酷いわ、そんな・・・」
然し、彼女は立ち去らなかった。暫く其処にじっと居た。
「この仕事、何も必ずしも君でなきゃいけないなんて言っている訳じゃないけどな」
酒井はそう言いながら窓から身体を離したが、眼は千穂の方を見てはいなかった。彼は物が無造作に散らばっている机の抽斗を開けると煙草の箱を取り出した。
「ただね、忘れないで欲しいんだけどな、結城。君は今、この事務所に借金があるんだよ。それに多分、カードの支払いなんかも有るんじゃないのか?第一、着るものだって少しは買わなきゃならんだろう」
「確かに、要る物は色々あるわ。でもね、酒井さん」
「いいか、君は現実をちゃんと見据えなきゃ駄目だ。そりゃ、君は美人だ。男たちはその長い黒髪と切れ長の爽やかな瞳に夢中になるさ。然しな、限界も有るってことだ。君のその脚、一流の女優になるにはちょっと短か過ぎるだろう、今更、俺が言わなくっても解っているだろうが、な。それに、超一流の歌手って訳でもないし・・・解るな、俺の言わんとするところ・・・それに、これが何より重要なんだが、君はもう若くないんだよ」
「酒井さん、この頃は、四十代、五十代の女優だって沢山主役を張っているのよ。あなたも知っているでしょう?私は未だ三十二歳よ!」
酒井は煙草の箱を開いて一本抜き取り、金属製のライターで火を点けた。思い切り深く吸い込むと彼の顔の周りに白い煙の輪が出来た。
「ちょっと、言って置くけどな、俺はどうしても君にハマに行けって言っている訳じゃないんだよ」
彼は、もううんざりした、と言う表情を露わにした。
「但し、仕事は今、此処に在るものだけだ。三十万円プラス交通費とホテル代だ。他に三人の若い女の子が一緒だ」
「何れにしても、一体全体、どうしてこういう仕事があなたの処に転がり込んで来たの?ねえ、酒井さん、教えて頂戴な」
酒井は皮製の大きな回転椅子に腰を下ろすと、椅子を少しずつ回し、片方の手で額に垂れ下がって来た前髪を掻き上げた。
「雑誌に載っていた君の古い写真を見たイベント会社の社長が居て、な」
彼は続けた。
「その社長が君を捜して、俺の処に登録されているのを見つけ出したって訳だ」
「で、あなたは勿論OKした訳ね?」
「本人に伝えておきましょうって言っただけだよ」
千穂は泣き出したかった。が、暫く酒井の顔をじっと見詰め、酒井の方も千穂の顔をじっと凝視した。
「兎に角、一寸考えてから、また後でね、酒井さん」
「四時までに返事を呉れないと困るぜ、君」
酒井が言った。
「そうでないと、誰か他の奴を捜さなきゃいけないからな」
「君に良い仕事があったよ」
酒井が言った。
「うわ~っ、嬉しいわ!」
千穂が感嘆の声を挙げた。
「もう二ヶ月にもなるんだもん!借金で首が回らなくなっちゃうわ」
「横浜での仕事だ」
「まあ、最高!ベイで日光浴も出来そうね」
酒井が続けた。
「三日間で、三十万円だ」
「テレビ?」
千穂が訊ねた。
「それとも、歌う仕事?」
「いや、そうじゃない」
「じゃ、何をするの?」
酒井は窓の下に拡がる薄曇りの通りをさっきと同じように見下ろしながら言った。
「パーティー用のコンパニオンだ」
千穂はピタリと口を噤んでしまった。彼女の両眼の視線が部屋の壁に架かる額入りの写真の辺りを彷徨い始めた。それらは豪華に飾り立てられた美女たちのポートレイトと、この事務所に所属しているモデルやタレントが登場するファッションや化粧品の広告であった。
千穂の掌が濡れて来た。
彼女は静かに言った。
「酒井さん、あなた、真実に私がそういう仕事を出来ると思っているの?」
「ああ、勿論さ」
「酷いわ、そんな・・・」
然し、彼女は立ち去らなかった。暫く其処にじっと居た。
「この仕事、何も必ずしも君でなきゃいけないなんて言っている訳じゃないけどな」
酒井はそう言いながら窓から身体を離したが、眼は千穂の方を見てはいなかった。彼は物が無造作に散らばっている机の抽斗を開けると煙草の箱を取り出した。
「ただね、忘れないで欲しいんだけどな、結城。君は今、この事務所に借金があるんだよ。それに多分、カードの支払いなんかも有るんじゃないのか?第一、着るものだって少しは買わなきゃならんだろう」
「確かに、要る物は色々あるわ。でもね、酒井さん」
「いいか、君は現実をちゃんと見据えなきゃ駄目だ。そりゃ、君は美人だ。男たちはその長い黒髪と切れ長の爽やかな瞳に夢中になるさ。然しな、限界も有るってことだ。君のその脚、一流の女優になるにはちょっと短か過ぎるだろう、今更、俺が言わなくっても解っているだろうが、な。それに、超一流の歌手って訳でもないし・・・解るな、俺の言わんとするところ・・・それに、これが何より重要なんだが、君はもう若くないんだよ」
「酒井さん、この頃は、四十代、五十代の女優だって沢山主役を張っているのよ。あなたも知っているでしょう?私は未だ三十二歳よ!」
酒井は煙草の箱を開いて一本抜き取り、金属製のライターで火を点けた。思い切り深く吸い込むと彼の顔の周りに白い煙の輪が出来た。
「ちょっと、言って置くけどな、俺はどうしても君にハマに行けって言っている訳じゃないんだよ」
彼は、もううんざりした、と言う表情を露わにした。
「但し、仕事は今、此処に在るものだけだ。三十万円プラス交通費とホテル代だ。他に三人の若い女の子が一緒だ」
「何れにしても、一体全体、どうしてこういう仕事があなたの処に転がり込んで来たの?ねえ、酒井さん、教えて頂戴な」
酒井は皮製の大きな回転椅子に腰を下ろすと、椅子を少しずつ回し、片方の手で額に垂れ下がって来た前髪を掻き上げた。
「雑誌に載っていた君の古い写真を見たイベント会社の社長が居て、な」
彼は続けた。
「その社長が君を捜して、俺の処に登録されているのを見つけ出したって訳だ」
「で、あなたは勿論OKした訳ね?」
「本人に伝えておきましょうって言っただけだよ」
千穂は泣き出したかった。が、暫く酒井の顔をじっと見詰め、酒井の方も千穂の顔をじっと凝視した。
「兎に角、一寸考えてから、また後でね、酒井さん」
「四時までに返事を呉れないと困るぜ、君」
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