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第6話 忍ぶ恋
⑥「私、あなたが自分の更生に納得が行くまで、何年でも待ちます」
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数日後、清水は後藤の店へと車を走らせた。
途中、通りを横切って川の袂に出た所で、フロントガラスの前をすいと掠め過ぎたものがあった。それはあっという間に白く濁った空へ駆け上がり、射差しを受けてきらりと腹を返すと、今度は矢のように水面に降りて来た。
あっ、つばめだ・・・
清水は車を停めて、水面すれすれに川下の方へ姿を消すつばめを見送った。今年初めて見るつばめだった。今年どころか、もう何年もつばめなど見たことは無かったように思う。
清水は少し浮き立つ心を抱えて後藤の店への道を急いだ。
後藤の店は清水が思っていたよりも遥かに立派だった。
場所は以前と変わらなかったが、四階建てのビルになっていたし、玄関入口には「有限会社後藤造園」の看板が架かっていた。事業は工事から維持管理までかなり手広く展開されているようであった。
簡単な説明と打合せの後、後藤が早速に専門学校への入学手続きを執ってくれた。費用は全額清水が出すと後藤を押し切った。清水は再出発の人生を、たとえ親友の後藤であってもその力を出来るだけ借りずに、自分の力だけでスタートさせたかった。
「あのな、此処へ来る途中でな」
清水は後藤に話しかけた。頭上を飛び過ぎたつばめの姿が頭に思い浮かんでいた。
「先程、つばめを見たんだよ。あれ、今年初めて見たような気がするんだが・・・」
「つばめ?そうか、初つばめか。初つばめは何か良いことがある前兆だと言うからな。初端から幸先が良いじゃないか。まあ、しっかり頑張うや、な」
後藤はそう言って清水を励ました。
これで更生出来る、人生を再出発することが出来る、前科者という烙印は消えないかも知れないが、俺はもう罪を償って綺麗な身体だ、卑下したり卑屈になったりすることは無い、そう思った清水の胸に優子の笑顔が幻の如くに浮かんだ。出来ることなら、これまで献身的に支え尽してくれた優子と一緒にこれからの人生をやり直したい、封印して来た優子への愛しさが清水の胸一杯に溢れた。
翌日、清水は優子を呼び出し、造園師として人生を再出発することを告げた。
「良かったですね、清水さん。私に手伝えることがあったら、何でも言って下さいね」
優子は満面に溢れるばかりの笑みを浮かべて、自分のことのように、否、自分のこと以上に、歓んでくれた。
それから清水は、真直ぐな眼差しで優子の眼をじっと見つめて、言った。
「二年掛かるか三年掛かるか判らないが、俺がちゃんと更生出来たら、君を迎えに行っても良いか?」
優子は大きな瞳を更に見開いて、暫くの間、清水の眼をじっと凝視していた、が、それから、はっきりと頷いた。眼から大粒の涙が溢れ出た。
「待って居ても良いんですね、真実に良いのですね」
「然し、真実に俺で良いのか?」
「あなたじゃ無きゃ駄目なんです」
テーブルの上に置かれた清水の左手に自分の右手を重ねて優子は言った。
「私、何年でも待ちます。あなたが自分の更生に納得が行くまで、何年でも待ちます」
優しく微笑んだ優子の顔を見て清水は、こいつを一生守らねば!と思った。
途中、通りを横切って川の袂に出た所で、フロントガラスの前をすいと掠め過ぎたものがあった。それはあっという間に白く濁った空へ駆け上がり、射差しを受けてきらりと腹を返すと、今度は矢のように水面に降りて来た。
あっ、つばめだ・・・
清水は車を停めて、水面すれすれに川下の方へ姿を消すつばめを見送った。今年初めて見るつばめだった。今年どころか、もう何年もつばめなど見たことは無かったように思う。
清水は少し浮き立つ心を抱えて後藤の店への道を急いだ。
後藤の店は清水が思っていたよりも遥かに立派だった。
場所は以前と変わらなかったが、四階建てのビルになっていたし、玄関入口には「有限会社後藤造園」の看板が架かっていた。事業は工事から維持管理までかなり手広く展開されているようであった。
簡単な説明と打合せの後、後藤が早速に専門学校への入学手続きを執ってくれた。費用は全額清水が出すと後藤を押し切った。清水は再出発の人生を、たとえ親友の後藤であってもその力を出来るだけ借りずに、自分の力だけでスタートさせたかった。
「あのな、此処へ来る途中でな」
清水は後藤に話しかけた。頭上を飛び過ぎたつばめの姿が頭に思い浮かんでいた。
「先程、つばめを見たんだよ。あれ、今年初めて見たような気がするんだが・・・」
「つばめ?そうか、初つばめか。初つばめは何か良いことがある前兆だと言うからな。初端から幸先が良いじゃないか。まあ、しっかり頑張うや、な」
後藤はそう言って清水を励ました。
これで更生出来る、人生を再出発することが出来る、前科者という烙印は消えないかも知れないが、俺はもう罪を償って綺麗な身体だ、卑下したり卑屈になったりすることは無い、そう思った清水の胸に優子の笑顔が幻の如くに浮かんだ。出来ることなら、これまで献身的に支え尽してくれた優子と一緒にこれからの人生をやり直したい、封印して来た優子への愛しさが清水の胸一杯に溢れた。
翌日、清水は優子を呼び出し、造園師として人生を再出発することを告げた。
「良かったですね、清水さん。私に手伝えることがあったら、何でも言って下さいね」
優子は満面に溢れるばかりの笑みを浮かべて、自分のことのように、否、自分のこと以上に、歓んでくれた。
それから清水は、真直ぐな眼差しで優子の眼をじっと見つめて、言った。
「二年掛かるか三年掛かるか判らないが、俺がちゃんと更生出来たら、君を迎えに行っても良いか?」
優子は大きな瞳を更に見開いて、暫くの間、清水の眼をじっと凝視していた、が、それから、はっきりと頷いた。眼から大粒の涙が溢れ出た。
「待って居ても良いんですね、真実に良いのですね」
「然し、真実に俺で良いのか?」
「あなたじゃ無きゃ駄目なんです」
テーブルの上に置かれた清水の左手に自分の右手を重ねて優子は言った。
「私、何年でも待ちます。あなたが自分の更生に納得が行くまで、何年でも待ちます」
優しく微笑んだ優子の顔を見て清水は、こいつを一生守らねば!と思った。
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