人生の時の瞬

相良武有

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第4話 大晦日の夜に

③妻の入院と子供たちの結婚

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「わたしが脱子宮に罹って手術入院した時、あなたは真実に良くしてくれました。今でも心から深く感謝していますよ」
「あの時は、もう子供達も大きくなっていたし、それほど大儀なことでもなかったんだ」
「いえいえ、子供達の事だけでなく、毎日病院へ見舞いに来てくれて、とても心強かったですよ。わたしはあの時、出産以来の入院でしたから結構不安だったんです。あなたの元気な姿が見えるとホッとしたものです。面会時間の切れる十分ほど前に、慌てて駆け込んで来るあなたを見た時には、涙が零れそうになったのを覚えていますから」
「然し、あの時には、手術に踏み切るまでに相当悩んだんじゃないのか?」
「そうですね。婦人科の先生から、女の先生でしたけど、子宮にリングを填めて暫く様子を見るか、子宮を全部摘出するか、何方かを選択して下さい、と言われて・・・。結局、何れ摘出しなければならないのなら、思い切って今やろう、って決心したんです、あなたも後を押してくれましたし、ね」
「だが、退院後、お前はかなり落ち込んでいた」
「ええ。何だか女でなくなったような気がして。子宮が無くなって子供が産めない体になりましたし、女らしい優しさやしおらしさや可愛さが自分から失われてしまったように感じたんです。だから、それが哀しくて・・・」
吉井は、それは男の俺には解らぬことだった、俺は其処まで考えを及ぼすことが出来なかった、と改めて苦い悔やむ思いを胸に沸き立たせた。
「それに、その後あなたは、わたしが求めない限り、わたしを抱こうとはなさいませんでしたしね」
「それはお前の身体のことを第一に考えたからだよ、他に他意なんか無かったよ」
「外に女でも出来たのかと気を揉みましたよ」
「何を馬鹿なことを言っている!俺は生涯、お前ひとりだよ」
「どうだか解るもんですか」
妻は、貌は微笑いながら、上目遣いに吉井を睨む仕草をした。

「娘が結婚の相手を引き合わせた時は、複雑な気持ちでしたね、特にあなたはそうだったんじゃないですか?」
「嫁に行く日なんか来なけりゃ良い、と男親なら誰でも思うもんだ。俺だって人の親だし人の子だ、そう思っても不思議じゃないだろう。結婚式のあいつは綺麗だった、一生に一度有るか無しかの輝いた顔だった。あの輝きの何分の一かでも持ち続けることが出来れば、それはあいつの幸せと言うものだ、とあの時つくづくそう思った」
「挙式の前の晩には親子四人で細やかな祝膳を囲みましたね、祝い懐石をお取り寄せして」
「そうだったな。あいつは改まって、お父さんお母さん、二十数年間も大事に慈しんで育ててくれて有難う、なんて頭を下げるもんだから、俺もお前も涙をポロポロ溢して、な」
「おまけに、息子が、娘よ、なんて言うヒット歌謡を聴かせるものだから益々感極まって、あなたはもうメロメロでしたよ」
「その割には、息子の結婚の時は、それほどにも感じなかったな。やっぱり、男だから大丈夫、という安心感が在ったのだろうかね」
「わたしは寂しかったですよ。嫁になる人に息子を手渡すのは当然のことながら、ああ、これでもう私の手の届かない処へ行ってしまう、そう思うと複雑な気持ちでした」
「女親の息子に対する思い入れはそんなものなんだろうよ、きっと、誰でも」
「日本は、否、日本だけじゃなく、生き物はすべからく男社会、牡社会ですから、やはり、娘の方が心配になるんですね、ほんとうにしっかり自立して生きて行けるのかと」
吉井も、それはそうだな、と肯んじた。
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