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第1話 真珠と海と誇りと
⑤大島、真珠の養殖会社を立ち上げる
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三十歳を過ぎた時、大島は五年間生命を懸けて海に潜って来た潜水士の仕事を止めて、真珠の養殖会社を立ち上げた。エラを、否、世界中の女性を自分の作った真珠で美しく飾りたいと思った。それまでは、真珠を身に着けることが出来たのは、貴族や大金持ちなどごく一部の人達に限られていたからである。
資金は潜水で稼いだ金がたんまり有った。
だが、事業は想像以上に手間暇がかかったし、製品化の歩留も悪くて、それは並大抵ではなかった。失敗と挫折、試行錯誤の繰り返しで何年もの歳月を費やさなければならなかった。
「ジャップの馬鹿が・・・!」
陰口が彼方此方から聞こえて来た。
周囲の目は厳しく、エラだけが一緒に寄り添い、見守って、彼を力づけた。
貝の種類は世界中に十万種類ほどあったが、綺麗な真珠が作れる貝は、アコヤガイ、シロチョウガイ、クロチョウガイ、マベガイ、イケチョウガイ、アワビ等ごく僅かに限られていた。大島は大きな真珠が作れるシロチョウガイを主に選んだ。日本から伝来した真珠養殖術の母貝は殆どがアコヤガイだったが、彼は新しいブルームならではのものを志向した。彼の作った大きな真珠は後に南洋真珠と呼ばれるようになった。南洋真珠は他の真珠に比べて極めて大きく、色照りが美しくて、将に宝石の女王と呼ばれるにふさわしい輝きを放った。
真珠の養殖は、貝を育てるところから始まる。
綺麗な真珠を作る為に、先ず良い貝同士を選んで貝の子供を作る。大きくなるまで凡そ二年間、それを育てなければならなかった。
次に、成長した貝の体の中に、厚みのある貝殻を丸く削った「核」と、外套膜を小さく切った「ピース」を入れる手術=「核入れ手術」を行う。
核入れ手術の後、貝をカゴに入れて筏に吊るす。
真珠を取り出すまで、貝の掃除をしたり、赤潮や台風の被害を受けないように大事に育てなければならない。それにも二年もの歳月が必要だった。エラが挫けそうになる大島を励まし、力づけながら、根気よく手伝った。
真珠を取り出す作業は冬に行われた。この収穫作業を「浜揚げ」と言った。
貝を育てるところから始めて、凡そ四年の年月を費やして、漸く真珠が出来上がった。
然し、養殖の途中に貝が死んでしまうこともあったし、採れた真珠も全てが綺麗なものである訳ではなかった。
押し並べて、途中で死んでしまった貝が五十%、真珠と呼べないものが五%、不良真珠が十七%、良質真珠が二十三%で、「花珠」と呼ばれる品質の良い真珠は全体の五%しか収穫出来なかった。
大島は出来た真珠を見て色んな知見を得た。
真珠の成分は炭酸カルシウム、たんぱく質、水などであったが、その構造は炭酸カルシウムの結晶の層が何枚も重なった真珠層で出来ていた。その一枚一枚がたんぱく質のシートによってくっ付けられ、断面はまるでレンガを重ねた壁のようだった。
又、真珠の表面に光が当たると、何千枚にも積み重なった真珠層の内部で光が反射した。この「多層膜干渉」と呼ばれる現象が、真珠特有の柔らかい光沢の出る秘密であった。
真珠には色々な色が在った。真珠貝によって出来る色は違っていたが、大きく分けてピンク、シルバー、ゴールド、ブルーの四色だった。
「このピンクの真珠は、どの部分にも色は着いていないのに、反射した光の作用でピンク色に見えるのね」
大島が説明した。
「そうだ。透明なシャボン玉が色んな色に見えるのと同じ理由だよ」
炭酸カルシウムの結晶が規則正しく綺麗に積み重なっていないと、光の干渉現象が強く起きずに白っぽく見えた。これがシルバー真珠だった。
たんぱく質のシートに色が含まれているとその色が強く見えた。アコヤガイの場合は黄色、クロチョウガイの場合は黒色だった。これがゴールド真珠である。
「養殖の途中で沢山の薄い層の一番下に関係の無いものが含まれると、層の上からそれを見た時に、青色に見えるんだ。そのブルーの真珠がそうだよ」
大島の養殖事業が軌道に乗るのには尚、数年の歳月が必要だった。
その間、大島が仕事で遠くへ出張したり、エラが実家へ里帰りしたりして、離れ離れになると、彼は毎日エラに電話を架けた。
「なぜ、僕を愛しているんだい?」
エラがその度に答えた。
「あなたがあなただからよ」
そして、いつからか、エラは大島のことを「私の命」と呼ぶようになった。
「愛は幸運の財布。与えれば与えるほど中身が増す」
ドイツの詩人ウィルヘルム・ミュラーの言葉を大島はよく口にする。それは二人にぴったり似合う言葉であるように彼には思われた。
生まれた四人の男の子は夫々に日本語名を持って居る。大島とエラが二人三脚で手掛け、息子たちも手伝った養殖会社は成功を収め、オオシマ家はブルームの名士になった。
住宅街に広大な土地を入手して大邸宅を建て、高台に来賓客を迎える為の別荘も購入した。息子たちはブルームを初めオーストラリアの各地で暮らしている。
大島は事業を拡大する一方で、半円真珠だけでなく真円真珠も完成させて特許を取得し、イギリスやフランス、アメリカなどの博覧会や展覧会にそれを出品した。その活動は人種を越えた国際親善を基調とする民間外交活動として内外で高く評価され、養殖真珠の美しさも広く知れ渡って行った。
彼はまた、粗悪真珠を焼却処分して良品販売の模範をも示した。
「近頃は悪い真珠が出回っているので、止むを得ず、こうして焼くのです。まやかしものが出なくなれば、ブルームの真珠は世界中の女性の首を美しく飾ることになるでしょうから」
そう言って粗悪真珠の排除と品質維持に力を注いだ。
資金は潜水で稼いだ金がたんまり有った。
だが、事業は想像以上に手間暇がかかったし、製品化の歩留も悪くて、それは並大抵ではなかった。失敗と挫折、試行錯誤の繰り返しで何年もの歳月を費やさなければならなかった。
「ジャップの馬鹿が・・・!」
陰口が彼方此方から聞こえて来た。
周囲の目は厳しく、エラだけが一緒に寄り添い、見守って、彼を力づけた。
貝の種類は世界中に十万種類ほどあったが、綺麗な真珠が作れる貝は、アコヤガイ、シロチョウガイ、クロチョウガイ、マベガイ、イケチョウガイ、アワビ等ごく僅かに限られていた。大島は大きな真珠が作れるシロチョウガイを主に選んだ。日本から伝来した真珠養殖術の母貝は殆どがアコヤガイだったが、彼は新しいブルームならではのものを志向した。彼の作った大きな真珠は後に南洋真珠と呼ばれるようになった。南洋真珠は他の真珠に比べて極めて大きく、色照りが美しくて、将に宝石の女王と呼ばれるにふさわしい輝きを放った。
真珠の養殖は、貝を育てるところから始まる。
綺麗な真珠を作る為に、先ず良い貝同士を選んで貝の子供を作る。大きくなるまで凡そ二年間、それを育てなければならなかった。
次に、成長した貝の体の中に、厚みのある貝殻を丸く削った「核」と、外套膜を小さく切った「ピース」を入れる手術=「核入れ手術」を行う。
核入れ手術の後、貝をカゴに入れて筏に吊るす。
真珠を取り出すまで、貝の掃除をしたり、赤潮や台風の被害を受けないように大事に育てなければならない。それにも二年もの歳月が必要だった。エラが挫けそうになる大島を励まし、力づけながら、根気よく手伝った。
真珠を取り出す作業は冬に行われた。この収穫作業を「浜揚げ」と言った。
貝を育てるところから始めて、凡そ四年の年月を費やして、漸く真珠が出来上がった。
然し、養殖の途中に貝が死んでしまうこともあったし、採れた真珠も全てが綺麗なものである訳ではなかった。
押し並べて、途中で死んでしまった貝が五十%、真珠と呼べないものが五%、不良真珠が十七%、良質真珠が二十三%で、「花珠」と呼ばれる品質の良い真珠は全体の五%しか収穫出来なかった。
大島は出来た真珠を見て色んな知見を得た。
真珠の成分は炭酸カルシウム、たんぱく質、水などであったが、その構造は炭酸カルシウムの結晶の層が何枚も重なった真珠層で出来ていた。その一枚一枚がたんぱく質のシートによってくっ付けられ、断面はまるでレンガを重ねた壁のようだった。
又、真珠の表面に光が当たると、何千枚にも積み重なった真珠層の内部で光が反射した。この「多層膜干渉」と呼ばれる現象が、真珠特有の柔らかい光沢の出る秘密であった。
真珠には色々な色が在った。真珠貝によって出来る色は違っていたが、大きく分けてピンク、シルバー、ゴールド、ブルーの四色だった。
「このピンクの真珠は、どの部分にも色は着いていないのに、反射した光の作用でピンク色に見えるのね」
大島が説明した。
「そうだ。透明なシャボン玉が色んな色に見えるのと同じ理由だよ」
炭酸カルシウムの結晶が規則正しく綺麗に積み重なっていないと、光の干渉現象が強く起きずに白っぽく見えた。これがシルバー真珠だった。
たんぱく質のシートに色が含まれているとその色が強く見えた。アコヤガイの場合は黄色、クロチョウガイの場合は黒色だった。これがゴールド真珠である。
「養殖の途中で沢山の薄い層の一番下に関係の無いものが含まれると、層の上からそれを見た時に、青色に見えるんだ。そのブルーの真珠がそうだよ」
大島の養殖事業が軌道に乗るのには尚、数年の歳月が必要だった。
その間、大島が仕事で遠くへ出張したり、エラが実家へ里帰りしたりして、離れ離れになると、彼は毎日エラに電話を架けた。
「なぜ、僕を愛しているんだい?」
エラがその度に答えた。
「あなたがあなただからよ」
そして、いつからか、エラは大島のことを「私の命」と呼ぶようになった。
「愛は幸運の財布。与えれば与えるほど中身が増す」
ドイツの詩人ウィルヘルム・ミュラーの言葉を大島はよく口にする。それは二人にぴったり似合う言葉であるように彼には思われた。
生まれた四人の男の子は夫々に日本語名を持って居る。大島とエラが二人三脚で手掛け、息子たちも手伝った養殖会社は成功を収め、オオシマ家はブルームの名士になった。
住宅街に広大な土地を入手して大邸宅を建て、高台に来賓客を迎える為の別荘も購入した。息子たちはブルームを初めオーストラリアの各地で暮らしている。
大島は事業を拡大する一方で、半円真珠だけでなく真円真珠も完成させて特許を取得し、イギリスやフランス、アメリカなどの博覧会や展覧会にそれを出品した。その活動は人種を越えた国際親善を基調とする民間外交活動として内外で高く評価され、養殖真珠の美しさも広く知れ渡って行った。
彼はまた、粗悪真珠を焼却処分して良品販売の模範をも示した。
「近頃は悪い真珠が出回っているので、止むを得ず、こうして焼くのです。まやかしものが出なくなれば、ブルームの真珠は世界中の女性の首を美しく飾ることになるでしょうから」
そう言って粗悪真珠の排除と品質維持に力を注いだ。
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