61 / 63
第1話 真珠と海と誇りと
③初めてのランチから半年後、大島がエラを誘った
しおりを挟む
初めてのランチから半年が経った或る日、大島がエラを誘った。
エラの腕をぐいと引いて大島が連れて行ったのは町の宝石店だった。
彼はアクアマリンの指輪を選び、エラの左手薬指にそれを滑らせた。
「まあ、素敵!」
エラにとって最高に幸せな瞬間だった。
「さあ、これから海を見に行こうよ」
エラが微笑いながら答えた。
「あなたは毎日、海を見ているじゃないの」
「何言っているんだい。僕は海の底に潜っているだけだよ。青い空と白い砂浜の海辺を君と一緒に見たいんだ、僕は」
二人は町の西方約四キロに在るケーブル・ビーチへ出かけた。其処には紺碧の海と真っ白の砂浜が見渡す限り続いていた。
一八八九年にシンガポールとブルームを結ぶ電信用の海底ケーブルがインド洋に敷設され、オーストラリアとイギリスの間が電信で結ばれたが、ブルームの町の近くの長い砂浜に海底ケーブルの陸揚地点が設けられ、その海底ケーブルに因んでこの砂浜がケーブル・ビーチと呼ばれるようになったのである。
澄んだターコイズ色の海、ビーチは長く遠浅で、優しく打ち寄せる波と戯れて、二人は泳ぎ、日の光を浴び、貝殻拾いに興じた。
大島の泳ぎが他の誰よりも群を抜いて長けていたのは当然だったが、エラの泳ぎもなかなかのものだった。
大島が驚きの声を上げた。
「エラ、君の泳ぎは真実に綺麗だね、まるで人魚のようだよ」
「子供の頃から海は大好きだったの。よく此処へも来たわ、家族と一緒に」
それから、エラは大島に、潜りを教えて欲しい、と強請った。が、大島はそれは拒んだ。
「大事な君にもしものことが有ったら取り返しがつかない。海の中は一寸先が闇だ。これだけは駄目だ!」
エラが思いもしなかった強い拒否だった。彼女は改めて自分を思ってくれる大島の真情に心を震わせた。
干潮時には砂浜が鏡のように空や雲を映し、其処に立っていると、自分が海に居るのか空に居るのか解らないような感覚に陥った。
夕暮れには、紺碧の空がピンク、オレンジ、赤、そして、金色に変化し、それが逆さ鏡のように砂浜に映る美しさは、到底、言葉では表せなかった。
「・・・・・」
「・・・・・」
二人は言葉を失ったかのように黙り込んで、暫し絶景に見惚れた。
それから、インド洋に沈む夕陽をラクダの背に揺られてゆっくり眺めた。
「このキャメルライドは僕にとっては将に、異国の体験、ってやつだよ」
ブルームの町の中心部からほど近い、ローバック湾に面したダウン・ビーチでは「月への階段」が見られた。
それは、潮の影響で、水平線にまるで階段のような月の輝きが現れる幻想的な現象だった。
エラが優しく大島に説明した。
「“月への階段”が現れるのは満月の晩だけなの。満月の日とその前後合わせた三日間だけしか“月への階段”は見られないの。だから、満月の日とその翌日には、このダウン・ビーチに、お土産に最適なクラフトや食べ物を売るステアケース・マーケットと呼ばれる夜市が開かれるのよ。どう?お祭りみたいに賑やかでしょう」
「ステアケース・マーケット、ってどういう意味なんだい?」
「さしずめ階段市場と言うところかな」
岩だらけの崖と紺碧の海のローバック・ベイはブルームから僅か六キロしか離れていなかったが、其処では引き潮の時だけ海の中から姿を現す一億三千万年前の恐竜の足跡が見られた。
初めてのキス。
白亜のホテルの中庭で、満天の星空の下、二人は抱擁し合った。顎に触れた彼の手の温かさをエラは終生忘れない。
「僕と一緒になって欲しい」
「でも、あなたはいずれ日本に帰るのでしょう?」
「いや、僕は二度と日本には帰らない。ずうっと君と一緒に居る。約束する、必ず君を幸せにする!」
エラは大島の首に回した腕に力を込めた。再びの熱いキス・・・
エラの腕をぐいと引いて大島が連れて行ったのは町の宝石店だった。
彼はアクアマリンの指輪を選び、エラの左手薬指にそれを滑らせた。
「まあ、素敵!」
エラにとって最高に幸せな瞬間だった。
「さあ、これから海を見に行こうよ」
エラが微笑いながら答えた。
「あなたは毎日、海を見ているじゃないの」
「何言っているんだい。僕は海の底に潜っているだけだよ。青い空と白い砂浜の海辺を君と一緒に見たいんだ、僕は」
二人は町の西方約四キロに在るケーブル・ビーチへ出かけた。其処には紺碧の海と真っ白の砂浜が見渡す限り続いていた。
一八八九年にシンガポールとブルームを結ぶ電信用の海底ケーブルがインド洋に敷設され、オーストラリアとイギリスの間が電信で結ばれたが、ブルームの町の近くの長い砂浜に海底ケーブルの陸揚地点が設けられ、その海底ケーブルに因んでこの砂浜がケーブル・ビーチと呼ばれるようになったのである。
澄んだターコイズ色の海、ビーチは長く遠浅で、優しく打ち寄せる波と戯れて、二人は泳ぎ、日の光を浴び、貝殻拾いに興じた。
大島の泳ぎが他の誰よりも群を抜いて長けていたのは当然だったが、エラの泳ぎもなかなかのものだった。
大島が驚きの声を上げた。
「エラ、君の泳ぎは真実に綺麗だね、まるで人魚のようだよ」
「子供の頃から海は大好きだったの。よく此処へも来たわ、家族と一緒に」
それから、エラは大島に、潜りを教えて欲しい、と強請った。が、大島はそれは拒んだ。
「大事な君にもしものことが有ったら取り返しがつかない。海の中は一寸先が闇だ。これだけは駄目だ!」
エラが思いもしなかった強い拒否だった。彼女は改めて自分を思ってくれる大島の真情に心を震わせた。
干潮時には砂浜が鏡のように空や雲を映し、其処に立っていると、自分が海に居るのか空に居るのか解らないような感覚に陥った。
夕暮れには、紺碧の空がピンク、オレンジ、赤、そして、金色に変化し、それが逆さ鏡のように砂浜に映る美しさは、到底、言葉では表せなかった。
「・・・・・」
「・・・・・」
二人は言葉を失ったかのように黙り込んで、暫し絶景に見惚れた。
それから、インド洋に沈む夕陽をラクダの背に揺られてゆっくり眺めた。
「このキャメルライドは僕にとっては将に、異国の体験、ってやつだよ」
ブルームの町の中心部からほど近い、ローバック湾に面したダウン・ビーチでは「月への階段」が見られた。
それは、潮の影響で、水平線にまるで階段のような月の輝きが現れる幻想的な現象だった。
エラが優しく大島に説明した。
「“月への階段”が現れるのは満月の晩だけなの。満月の日とその前後合わせた三日間だけしか“月への階段”は見られないの。だから、満月の日とその翌日には、このダウン・ビーチに、お土産に最適なクラフトや食べ物を売るステアケース・マーケットと呼ばれる夜市が開かれるのよ。どう?お祭りみたいに賑やかでしょう」
「ステアケース・マーケット、ってどういう意味なんだい?」
「さしずめ階段市場と言うところかな」
岩だらけの崖と紺碧の海のローバック・ベイはブルームから僅か六キロしか離れていなかったが、其処では引き潮の時だけ海の中から姿を現す一億三千万年前の恐竜の足跡が見られた。
初めてのキス。
白亜のホテルの中庭で、満天の星空の下、二人は抱擁し合った。顎に触れた彼の手の温かさをエラは終生忘れない。
「僕と一緒になって欲しい」
「でも、あなたはいずれ日本に帰るのでしょう?」
「いや、僕は二度と日本には帰らない。ずうっと君と一緒に居る。約束する、必ず君を幸せにする!」
エラは大島の首に回した腕に力を込めた。再びの熱いキス・・・
2
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
大人への門
相良武有
現代文学
思春期から大人へと向かう青春の一時期、それは驟雨の如くに激しく、強く、そして、短い。
が、男であれ女であれ、人はその時期に大人への確たる何かを、成熟した人生を送るのに無くてはならないものを掴む為に、喪失をも含めて、獲ち得るのである。人は人生の新しい局面を切り拓いて行くチャレンジャブルな大人への階段を、時には激しく、時には沈静して、昇降する。それは、驟雨の如く、強烈で、然も短く、将に人生の時の瞬なのである。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
フリー声劇台本〜1万文字以内短編〜
摩訶子
大衆娯楽
ボイコネのみで公開していた声劇台本をこちらにも随時上げていきます。
ご利用の際には必ず「シナリオのご利用について」をお読み頂ますようよろしくお願いいたしますm(*_ _)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる