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第四話 再生
①キャバ嬢、茉莉の誕生
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愛と結婚を信じ子供まで孕んだ男にあっさりと捨てられた純子は、三日三晩、狭いマンションの一室で、隣人が訝るほどに、気が狂ったほどに、泣きに泣いた。
そして、泣き明かした純子の胸に悲嘆と怨念と憤怒が大きく渦巻いた。それは純子自身が怖くなるほど大きくて激しいものだった。自分の何処にこんな激しい感情があったのだろうかと訝るほどの激しさだった。純子はその憤怒の赴くままに身を任せた。
会社を辞めた純子は数日後、ふらっと店頭の貼り紙を見て、キャバクラの面接を受けた。
純子は居直った。男っていうのはあんなもんだ、精々金を稼いで人生面白おかしく生きてやれ、どうせこの世の中はそんなもんだ・・・純子は自棄になり破れかぶれだった。
純子は自ら素顔を消した。そして、その瞬間から源氏名「茉莉」のキャバ嬢人生を走り始めた。
茉莉が勤めたキャバクラは時間制料金の明朗会計でクラブの高級感を併せ持ち、ショータイムもある大きな店だった。ショーには従業員の「キャバ嬢」が出演して唄やダンスを披露したし、ゲストダンサーが出演する本格的なショーも行われた。
店にはキャバ嬢が三十人余り在籍していたが、十九歳から二十三歳くらいの娘が中心で、二十五歳以上のキャバ嬢は斑で少なかった。二十四歳の茉莉は歳高の方だった。店員は、他には、店内のホール業務を統括する「黒服」と呼ばれる男性とボーイ達、それにキャッシャー、バニーガール、調理担当、バーテン、店長などが居た。キャバ嬢は「キャスト」と呼ばれ、ショーに出る者は「ショーメンバー」と称された。店は風俗営業等取締法の規制を受けて、十八歳未満の者に客の接待をさせることは許されなかったし、十八歳未満の者を入店させてもいけなかった。営業時間も午前零時から日の出までの深夜は営業出来なかった。
茉莉は夕方から午前零時までの勤務で、笑顔を絶やさず、相手に話を合わせながら楽しい気分でお酒を飲ませるのが仕事だった。中には、店外デートや同伴出勤、或いは、閉店後に酒やカラオケに行く「アフター」に誘ったりする客も居た。同伴出勤の回数はキャバ嬢の給与体系に組み込まれ、店内での指名回数やドリンクの売上等と合わせてポイント化されて時給が上下する基準になっていた。
キャバ嬢は一様に、胸や背中の大きく開いた上衣にミニのスカートを穿いていた。彼女達は表面は笑顔を繕っていたが、互いがライバルだった。人気の有る指名の多い者が「同伴」や「アフター」の回数も増え、売上も上位にランクされて、皆がナンバーワンを競っていた。特に若い娘の立ち居振る舞いや態度にその傾向が強かった。茉莉はきりっと締まった細身の知性的な美貌だったので客受けは良く、特に一人で来店するお客から好まれた。特段競った訳ではなかったが、人気は高く指名も多かった。
或る夜に手洗いに立った洗面所でベテランのキャバ嬢から詰られたこともあった。
「一寸くらい顔が良いからって大きな顔をするんじゃないよ」
客の男性は三十歳代から五十歳代くらいまでで、様々な思いを持ってキャバクラへやって来るようだった。
「前の彼女は、俺がキャバクラへ来る度に、別に浮気するとかエッチする訳でもないのに、いちいち詮索しよって、それが憂とうしくなって気持が離れてしまった。今の彼女は、店の外で会うのは浮気だけど、店に行くだけなら付き合いもあるだろうからOKよ、なんて言っているよ」
「男同士で飲みに出ると最後は此処へ来るよな。男だから可愛い女の娘の居る店に誰でも来たがるよ。付き合いもあるけれど、酒を飲む時に隣に可愛い女の娘がうるうる眼で見詰めてくれて居たら気分良く酔えるし、仕事の疲れも吹き飛ぶわ、な」
「彼女と飲んでも気持ち良く酔えないの?」
「彼女も仕事を持っているし、飲むと職場の愚痴を聴くことにもなる。聞き役に徹していたりすると気持ち良く酔えはしないよ」
此処へ来ると癒される、という三十歳代半ばの男性も居た。
「君たちは皆、客に優しいからな。俺の失敗談を黙って聞いてくれるし、会話が咬み合わなくても黙って笑顔で頷いてくれる、それだけで心が和むんだよ」
「キャバに来るのは男の活力源、って言う訳ね」
「別に彼女をないがしろにしている訳じゃないからな、男の身勝手かも知れないけど」
彼女には弱音を吐きたくないし、みっともない姿も見せたくない、恋愛関係の無いキャバ嬢ならその場限りのみっともない話をすることも出来る、兎に角、気が楽ということか、と茉莉は思った。
月に二、三度、接待でやって来る四十歳代前半の営業マンも居た。
「商談で厳しい雰囲気で話をしていた相手でも、隣に女の娘が座ると和やかな雰囲気になるし、しつこくて話のくどい相手の時でも、女の娘に相手をして貰えば俺も楽だし相手の気持も解れる。尤も俺は、プライベートではクラブの方が好きだけどな、あっちの方が大人の雰囲気だからね」
五十歳代の妻子有る男性達が、笑いながら言い合った。
「野朗だけで酒飲んで話していても詰んないから、俺たちおじさんだって連れ立ってキャバに行くことはあるよな。娘よりも若くて可愛い女の娘が横に座ると、俺たちは皆、鼻の下を長く伸ばすよ。別に彼女達とセックスしたいとも思わないし、外でデートしたいとも思わないけどな」
「時々、偶に逢いたいです、なんて言うメールが来ると、此方も営業用のメールだと直ぐに解かるから、僕も逢いたいけど今金欠だよ、なんて返事を返してさ」
そこで皆は、顔を見合わせて爆笑した。
キャバクラはあくまで楽しい大人の遊び場ということか?目的は接待、癒し、心身の疲労回復?然し、店に好みの女の娘が居て、メルアドを交換し外でデートでもするようになれば、恋愛に発展することはあるだろう。中にはそれを目当てに通ってくる客も居る筈だ。現に茉莉も三十歳代の男性客から直裁に誘われたことが有る。
「俺のような安月給ではクラブの女性には手が出ないけど、素人っぽいキャバ嬢なら落とせるかも知れない、別に彼女にしたい訳ではなく、ただセックスが出来れば嬉しいよ」
こういう男の下心にキャバ嬢達は、一応警戒はしていたが、開放的な若い娘の中には、好みの客から口説かれると、思いの外、気安く乗る者も居た。
「同伴」や「アフター」は言葉通りのデートやカラオケだけではなく、「大人の恋愛」を意味するものでもあった。
茉莉にはもう、こうしたい、ああしよう、という前を向いた意思はなかった。男を手玉にとって金を貢がせ、人生面白おかしく、その日その時の感情のままに刹那的に動いた。唯、妙に何かに刃向う逆立つ憤怒だけが在った。茉莉はその滾る憤怒の赴くままに生きた。
働く茉莉の様子は嘗ての純子とは一変していた。控え目で目立たなかった言動が激変し、よく笑いよく喋り、よく踊りよく飲んだ。殆ど口にしなかった酒を客に合わせてぐいぐい飲むようになったし、ダンスも自分から客を誘ったりした。
数人で群れて来る客達も茉莉を指名することが多くなった。指名だけでなく、同伴出勤の回数もアフターの付き合いも驚異的に多くなった。誘われれば何時でも何処へでも誰とでも出かけて行った。当然ながら売上は飛躍的に増大し瞬く間に茉莉はナンバーワンになった。周りの人間からは、それは凄絶で凄惨にさえ見えた。
二十六歳になった茉莉は店から大事にされ、店長初め黒服やバーテンも、それにスタッフ一同もキャバ嬢たちも皆、茉莉に一目置いた。売上は常に一、二を争い、客受けはいつもナンバーワンだった。茉莉の美貌には凄艶ささえ漂っていたが、キャバ嬢としては既に峠を超え、その生き方や暮らしは荒れていた。
そして、泣き明かした純子の胸に悲嘆と怨念と憤怒が大きく渦巻いた。それは純子自身が怖くなるほど大きくて激しいものだった。自分の何処にこんな激しい感情があったのだろうかと訝るほどの激しさだった。純子はその憤怒の赴くままに身を任せた。
会社を辞めた純子は数日後、ふらっと店頭の貼り紙を見て、キャバクラの面接を受けた。
純子は居直った。男っていうのはあんなもんだ、精々金を稼いで人生面白おかしく生きてやれ、どうせこの世の中はそんなもんだ・・・純子は自棄になり破れかぶれだった。
純子は自ら素顔を消した。そして、その瞬間から源氏名「茉莉」のキャバ嬢人生を走り始めた。
茉莉が勤めたキャバクラは時間制料金の明朗会計でクラブの高級感を併せ持ち、ショータイムもある大きな店だった。ショーには従業員の「キャバ嬢」が出演して唄やダンスを披露したし、ゲストダンサーが出演する本格的なショーも行われた。
店にはキャバ嬢が三十人余り在籍していたが、十九歳から二十三歳くらいの娘が中心で、二十五歳以上のキャバ嬢は斑で少なかった。二十四歳の茉莉は歳高の方だった。店員は、他には、店内のホール業務を統括する「黒服」と呼ばれる男性とボーイ達、それにキャッシャー、バニーガール、調理担当、バーテン、店長などが居た。キャバ嬢は「キャスト」と呼ばれ、ショーに出る者は「ショーメンバー」と称された。店は風俗営業等取締法の規制を受けて、十八歳未満の者に客の接待をさせることは許されなかったし、十八歳未満の者を入店させてもいけなかった。営業時間も午前零時から日の出までの深夜は営業出来なかった。
茉莉は夕方から午前零時までの勤務で、笑顔を絶やさず、相手に話を合わせながら楽しい気分でお酒を飲ませるのが仕事だった。中には、店外デートや同伴出勤、或いは、閉店後に酒やカラオケに行く「アフター」に誘ったりする客も居た。同伴出勤の回数はキャバ嬢の給与体系に組み込まれ、店内での指名回数やドリンクの売上等と合わせてポイント化されて時給が上下する基準になっていた。
キャバ嬢は一様に、胸や背中の大きく開いた上衣にミニのスカートを穿いていた。彼女達は表面は笑顔を繕っていたが、互いがライバルだった。人気の有る指名の多い者が「同伴」や「アフター」の回数も増え、売上も上位にランクされて、皆がナンバーワンを競っていた。特に若い娘の立ち居振る舞いや態度にその傾向が強かった。茉莉はきりっと締まった細身の知性的な美貌だったので客受けは良く、特に一人で来店するお客から好まれた。特段競った訳ではなかったが、人気は高く指名も多かった。
或る夜に手洗いに立った洗面所でベテランのキャバ嬢から詰られたこともあった。
「一寸くらい顔が良いからって大きな顔をするんじゃないよ」
客の男性は三十歳代から五十歳代くらいまでで、様々な思いを持ってキャバクラへやって来るようだった。
「前の彼女は、俺がキャバクラへ来る度に、別に浮気するとかエッチする訳でもないのに、いちいち詮索しよって、それが憂とうしくなって気持が離れてしまった。今の彼女は、店の外で会うのは浮気だけど、店に行くだけなら付き合いもあるだろうからOKよ、なんて言っているよ」
「男同士で飲みに出ると最後は此処へ来るよな。男だから可愛い女の娘の居る店に誰でも来たがるよ。付き合いもあるけれど、酒を飲む時に隣に可愛い女の娘がうるうる眼で見詰めてくれて居たら気分良く酔えるし、仕事の疲れも吹き飛ぶわ、な」
「彼女と飲んでも気持ち良く酔えないの?」
「彼女も仕事を持っているし、飲むと職場の愚痴を聴くことにもなる。聞き役に徹していたりすると気持ち良く酔えはしないよ」
此処へ来ると癒される、という三十歳代半ばの男性も居た。
「君たちは皆、客に優しいからな。俺の失敗談を黙って聞いてくれるし、会話が咬み合わなくても黙って笑顔で頷いてくれる、それだけで心が和むんだよ」
「キャバに来るのは男の活力源、って言う訳ね」
「別に彼女をないがしろにしている訳じゃないからな、男の身勝手かも知れないけど」
彼女には弱音を吐きたくないし、みっともない姿も見せたくない、恋愛関係の無いキャバ嬢ならその場限りのみっともない話をすることも出来る、兎に角、気が楽ということか、と茉莉は思った。
月に二、三度、接待でやって来る四十歳代前半の営業マンも居た。
「商談で厳しい雰囲気で話をしていた相手でも、隣に女の娘が座ると和やかな雰囲気になるし、しつこくて話のくどい相手の時でも、女の娘に相手をして貰えば俺も楽だし相手の気持も解れる。尤も俺は、プライベートではクラブの方が好きだけどな、あっちの方が大人の雰囲気だからね」
五十歳代の妻子有る男性達が、笑いながら言い合った。
「野朗だけで酒飲んで話していても詰んないから、俺たちおじさんだって連れ立ってキャバに行くことはあるよな。娘よりも若くて可愛い女の娘が横に座ると、俺たちは皆、鼻の下を長く伸ばすよ。別に彼女達とセックスしたいとも思わないし、外でデートしたいとも思わないけどな」
「時々、偶に逢いたいです、なんて言うメールが来ると、此方も営業用のメールだと直ぐに解かるから、僕も逢いたいけど今金欠だよ、なんて返事を返してさ」
そこで皆は、顔を見合わせて爆笑した。
キャバクラはあくまで楽しい大人の遊び場ということか?目的は接待、癒し、心身の疲労回復?然し、店に好みの女の娘が居て、メルアドを交換し外でデートでもするようになれば、恋愛に発展することはあるだろう。中にはそれを目当てに通ってくる客も居る筈だ。現に茉莉も三十歳代の男性客から直裁に誘われたことが有る。
「俺のような安月給ではクラブの女性には手が出ないけど、素人っぽいキャバ嬢なら落とせるかも知れない、別に彼女にしたい訳ではなく、ただセックスが出来れば嬉しいよ」
こういう男の下心にキャバ嬢達は、一応警戒はしていたが、開放的な若い娘の中には、好みの客から口説かれると、思いの外、気安く乗る者も居た。
「同伴」や「アフター」は言葉通りのデートやカラオケだけではなく、「大人の恋愛」を意味するものでもあった。
茉莉にはもう、こうしたい、ああしよう、という前を向いた意思はなかった。男を手玉にとって金を貢がせ、人生面白おかしく、その日その時の感情のままに刹那的に動いた。唯、妙に何かに刃向う逆立つ憤怒だけが在った。茉莉はその滾る憤怒の赴くままに生きた。
働く茉莉の様子は嘗ての純子とは一変していた。控え目で目立たなかった言動が激変し、よく笑いよく喋り、よく踊りよく飲んだ。殆ど口にしなかった酒を客に合わせてぐいぐい飲むようになったし、ダンスも自分から客を誘ったりした。
数人で群れて来る客達も茉莉を指名することが多くなった。指名だけでなく、同伴出勤の回数もアフターの付き合いも驚異的に多くなった。誘われれば何時でも何処へでも誰とでも出かけて行った。当然ながら売上は飛躍的に増大し瞬く間に茉莉はナンバーワンになった。周りの人間からは、それは凄絶で凄惨にさえ見えた。
二十六歳になった茉莉は店から大事にされ、店長初め黒服やバーテンも、それにスタッフ一同もキャバ嬢たちも皆、茉莉に一目置いた。売上は常に一、二を争い、客受けはいつもナンバーワンだった。茉莉の美貌には凄艶ささえ漂っていたが、キャバ嬢としては既に峠を超え、その生き方や暮らしは荒れていた。
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