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第三話 転生
⑤由香、「酷使による右手指血行障害」と診断される
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今季、オールスター戦が終わった夏頃から由香の調子は芳しくなかった。
試合後半の五~六回辺りになると急に球が走らなくなり、変化球の切れも悪くなった。ボールを握る指の感覚が薄れて来て、キャッチャーの構えるミットにうまくコントロール出来なくなった。由香はスローボールを多投し、打者の心理を読み取りつつタイミングを外して、何とか七回を投げ切った。然し、それもシーズンが進むに連れて次第に通用しなくなり、試合の終盤に打ち込まれてリリーフを仰ぐ機会が増え始めた。由香は無念の思いを噛み締めてマウンドを降りた。
レギュラーシーンも終わり、チームの秋季合宿練習が終了したその打上げ会場で、チームメイトと賑やかに立食談笑していた由香の手から、突然、箸がパラパラと落ちた。由香は、アレっと思いつつ、しゃがみ込んで右手で箸を拾おうとした、が、それは上手く掴めなかった。
他の選手に知られないように由香は慌てて左手で箸を拾い直したが、右手の指先は感覚が殆ど無く、痺れて痛みも少し在った。
ボールを握る指の感覚が無くなっている、ピッチャーである私がボールを投げられなくなる!・・・
驚愕した由香は翌日、大きな市立総合病院の専門科を受診した。
四十歳前後の若い医師がカルテを見乍ら訊ねた。
「どんな状態ですか?」
「指先に力が入らないんです」
「もっと具体的に言って下さい。痺れるとか、動き難いとか、感覚が悪いとか、冷たいとか、痛いとか・・・」
「痺れるとか痛いとかの感じは少しありますが、兎に角、指先に力が入らないんです」
改めてカルテに眼をやった医師が、エッっという顔つきで由香を見た。
「女子プロ野球の選手なのですか?」
「はい。ピッチャーです」
「一日にどれくらいの球数を投げるのですか?」
「登板した試合では百球余りですし、練習の日にもそれくらいは放うります」
「春のキャンプなんかではどうですか?」
「キャンプでは一日百球、全体で二千球の投球を自分の目標に掲げてやって来ました」
それから医師は、レントゲンを撮りMRIを受けることを指示し、腕の筋力や握力を測定した後、精密検査を行う、と由香に言った。
半日余りを費やして告げられた結果は、酷使による右手指血行障害だった。
「投球する時、直球だけでなくカーブやスライダー、或いは、シュートやフォークボールを投げますね」
「はい」
「そう言った変化球を投げると、特定の指、特に人差指に強い衝撃が加えられて指先の血管が細くなって行き、次第に血液が上手く流れなくなるんです。また、毎日毎日、腕を振り続けてボールを投げた結果、指先に血液が滞留して手の感覚が鈍くなることもあります」
「もう、ボールは投げられないのでしょうか?」
「原因となっている物理的ストレスを取り除くのが一番ですが、そうかと言って、ピッチングをやらない訳にも行かないでしょう。上手く障害と付き合って調整することですね」
「具体的にはどうすれば良いのでしょうか?」
「女子プロ野球は七イニングス制でしたね」
「はい」
「はっきり言って、完投は無理でしょうね」
「どれ位なら可能なのでしょうか?」
「人によって違いますから定かには言えませんが、一日に五十球程度が限度でしょうね」
「はぁ・・・」
由香は頭の中が真っ白になって後の言葉が出て来なかった。
医師はそれから、水分を小まめに摂ること、体を温める飲み物を呑むこと、入浴時には良く温まること、ストレッチとウオームアップを入念に行うことなど、手指への血行を良くすることを積極的に採り入れるよう勧めた。
「水分は喉が渇いたから摂るのではなく、血液の流れを良くする為に摂るのだと意識を変えて下さい」
「はい、解りました」
「静脈に血栓が出来て血の流れが滞ると大変ですから、血行を良くする薬を一日三回食後に服用して下さい」
医師は最後にそう言って抗凝固剤を投与した。それは血栓が出来るのを抑え、血管を拡げて血液の流れを良くする薬で、痛みや冷えの改善にも効果のあるものだった。
試合後半の五~六回辺りになると急に球が走らなくなり、変化球の切れも悪くなった。ボールを握る指の感覚が薄れて来て、キャッチャーの構えるミットにうまくコントロール出来なくなった。由香はスローボールを多投し、打者の心理を読み取りつつタイミングを外して、何とか七回を投げ切った。然し、それもシーズンが進むに連れて次第に通用しなくなり、試合の終盤に打ち込まれてリリーフを仰ぐ機会が増え始めた。由香は無念の思いを噛み締めてマウンドを降りた。
レギュラーシーンも終わり、チームの秋季合宿練習が終了したその打上げ会場で、チームメイトと賑やかに立食談笑していた由香の手から、突然、箸がパラパラと落ちた。由香は、アレっと思いつつ、しゃがみ込んで右手で箸を拾おうとした、が、それは上手く掴めなかった。
他の選手に知られないように由香は慌てて左手で箸を拾い直したが、右手の指先は感覚が殆ど無く、痺れて痛みも少し在った。
ボールを握る指の感覚が無くなっている、ピッチャーである私がボールを投げられなくなる!・・・
驚愕した由香は翌日、大きな市立総合病院の専門科を受診した。
四十歳前後の若い医師がカルテを見乍ら訊ねた。
「どんな状態ですか?」
「指先に力が入らないんです」
「もっと具体的に言って下さい。痺れるとか、動き難いとか、感覚が悪いとか、冷たいとか、痛いとか・・・」
「痺れるとか痛いとかの感じは少しありますが、兎に角、指先に力が入らないんです」
改めてカルテに眼をやった医師が、エッっという顔つきで由香を見た。
「女子プロ野球の選手なのですか?」
「はい。ピッチャーです」
「一日にどれくらいの球数を投げるのですか?」
「登板した試合では百球余りですし、練習の日にもそれくらいは放うります」
「春のキャンプなんかではどうですか?」
「キャンプでは一日百球、全体で二千球の投球を自分の目標に掲げてやって来ました」
それから医師は、レントゲンを撮りMRIを受けることを指示し、腕の筋力や握力を測定した後、精密検査を行う、と由香に言った。
半日余りを費やして告げられた結果は、酷使による右手指血行障害だった。
「投球する時、直球だけでなくカーブやスライダー、或いは、シュートやフォークボールを投げますね」
「はい」
「そう言った変化球を投げると、特定の指、特に人差指に強い衝撃が加えられて指先の血管が細くなって行き、次第に血液が上手く流れなくなるんです。また、毎日毎日、腕を振り続けてボールを投げた結果、指先に血液が滞留して手の感覚が鈍くなることもあります」
「もう、ボールは投げられないのでしょうか?」
「原因となっている物理的ストレスを取り除くのが一番ですが、そうかと言って、ピッチングをやらない訳にも行かないでしょう。上手く障害と付き合って調整することですね」
「具体的にはどうすれば良いのでしょうか?」
「女子プロ野球は七イニングス制でしたね」
「はい」
「はっきり言って、完投は無理でしょうね」
「どれ位なら可能なのでしょうか?」
「人によって違いますから定かには言えませんが、一日に五十球程度が限度でしょうね」
「はぁ・・・」
由香は頭の中が真っ白になって後の言葉が出て来なかった。
医師はそれから、水分を小まめに摂ること、体を温める飲み物を呑むこと、入浴時には良く温まること、ストレッチとウオームアップを入念に行うことなど、手指への血行を良くすることを積極的に採り入れるよう勧めた。
「水分は喉が渇いたから摂るのではなく、血液の流れを良くする為に摂るのだと意識を変えて下さい」
「はい、解りました」
「静脈に血栓が出来て血の流れが滞ると大変ですから、血行を良くする薬を一日三回食後に服用して下さい」
医師は最後にそう言って抗凝固剤を投与した。それは血栓が出来るのを抑え、血管を拡げて血液の流れを良くする薬で、痛みや冷えの改善にも効果のあるものだった。
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