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第一話 転身
⑨後藤造園へ足を踏み入れてから三年の歳月が流れた
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専門学校や職業訓練校、設計事務所等の研修を終えて一区切りがついた頃、後藤造園の皆が美香を激励し慰労する会を催してくれた。初めて後藤造園へ足を踏み入れてから三年の歳月が経っていた。
「良く頑張りましたね、美香さん」
そう言って、今年三十六歳になる先輩の女性庭師が皆を代表して花束をプレゼントしてくれた。
社長の後藤俊介が簡単な挨拶を行った後、最年長の五十五歳のベテラン造園士が乾杯の音頭を取って楽しい宴が始まった。今日の料理は主人公の美香に合わせてイタリアンだった。美味しいパスタを食し円やかな白ワインを飲んで皆と歓談し、美香にとっては忘れられない夜が更けて行った。仲間達に対する感謝の念で美香の胸は一杯になった。
仕事の話は誰もが殆ど口にしなかった。酒席では会社の話や仕事の話をしないのが最上のエチケットだと皆が心得ていた。
「人生、山あり谷ありだよな。でも、そのことから何かを掴み取って立ち上がることが大切なんだな」
「色んな辛いことをバネにしている人の方が、人間味が有って他人の痛みも解る人になるのよね」
美香は、言われていることがまるで自分のことのようで、身につまされて涙が出そうになったし元気を貰った気もした。
終わり際に俊介が美香に言った。
「今日でうちの実習は終わりにする。此の儘うちに残って仕事を続けても良いし、独立して自分でやっても良い。但し、独り立ちでやっていくにしろ、うちからの仕事は最優先でやってくれることが大前提だぞ」
美香は俊介の思いやりが嬉しかった。独りでやっても食っていける保証は無い、後藤造園の下請をしながら当分の間は食い繋ぎ、その間に自分のお客さんを増やす努力をしろよ、そう言っているのが眼に見えていた。
「独り立ちでやらせて下さい」
美香は、自分の人生をやり直す為にも、普通の人の堅気の人生に仲間入りする為にも、自力で、独力で立ち上がらなければならない、と強く心に秘していた。
「美香さん、独りでやるにしても私達は皆、これからも仲間だからね。ずうっと仲間だからね」
先程の女性庭師がそう言って美香の肩を抱いた。
「有難うございます・・・」
言った切り顔を伏せて、美香は後の言葉が継げなかった。涙が頬を伝って落ちた。これまで、弾かれて憤怒の涙を流したことは幾度もあったが、受け入れられて感涙を溢すのは初めてだった。
皆と別れて俊介と二人になった時、美香は彼に心から感謝の言葉を述べた。
「後藤さん、この三年間、真実に有難う。あなたのお陰で私は水商売の世界から足を抜いて、普通の人の人生に仲間入りするスタートが切れることになった。あなたが居なかったらこんな夢みたいなことは出来なかったわ。あなたの、陰に成り日向に成っての大きな支えと励ましがあったからこそ、何とか今日までたどり着くことが出来たの。月並みな言い方しか出来ないけれど、改めて、真実に、有難う!」
「何言っているんだよ。頑張ったのはお前だ。俺は別に大したことをした訳じゃないよ。俺は唯、お前にもう一度、学生の頃の輝きを取り戻して欲しかっただけだ」
美香はもう俊介のことを、以前のように「後藤君」と軽々しく呼ぶことは出来なくなっていた。美香の口を突いて出た「後藤さん」という呼び方に、彼への深い感謝の思いと淡い思慕の情が篭っていた。
程無くして、美香はなけなしの貯金を叩いて「有限会社花木園」を設立した。
「良く頑張りましたね、美香さん」
そう言って、今年三十六歳になる先輩の女性庭師が皆を代表して花束をプレゼントしてくれた。
社長の後藤俊介が簡単な挨拶を行った後、最年長の五十五歳のベテラン造園士が乾杯の音頭を取って楽しい宴が始まった。今日の料理は主人公の美香に合わせてイタリアンだった。美味しいパスタを食し円やかな白ワインを飲んで皆と歓談し、美香にとっては忘れられない夜が更けて行った。仲間達に対する感謝の念で美香の胸は一杯になった。
仕事の話は誰もが殆ど口にしなかった。酒席では会社の話や仕事の話をしないのが最上のエチケットだと皆が心得ていた。
「人生、山あり谷ありだよな。でも、そのことから何かを掴み取って立ち上がることが大切なんだな」
「色んな辛いことをバネにしている人の方が、人間味が有って他人の痛みも解る人になるのよね」
美香は、言われていることがまるで自分のことのようで、身につまされて涙が出そうになったし元気を貰った気もした。
終わり際に俊介が美香に言った。
「今日でうちの実習は終わりにする。此の儘うちに残って仕事を続けても良いし、独立して自分でやっても良い。但し、独り立ちでやっていくにしろ、うちからの仕事は最優先でやってくれることが大前提だぞ」
美香は俊介の思いやりが嬉しかった。独りでやっても食っていける保証は無い、後藤造園の下請をしながら当分の間は食い繋ぎ、その間に自分のお客さんを増やす努力をしろよ、そう言っているのが眼に見えていた。
「独り立ちでやらせて下さい」
美香は、自分の人生をやり直す為にも、普通の人の堅気の人生に仲間入りする為にも、自力で、独力で立ち上がらなければならない、と強く心に秘していた。
「美香さん、独りでやるにしても私達は皆、これからも仲間だからね。ずうっと仲間だからね」
先程の女性庭師がそう言って美香の肩を抱いた。
「有難うございます・・・」
言った切り顔を伏せて、美香は後の言葉が継げなかった。涙が頬を伝って落ちた。これまで、弾かれて憤怒の涙を流したことは幾度もあったが、受け入れられて感涙を溢すのは初めてだった。
皆と別れて俊介と二人になった時、美香は彼に心から感謝の言葉を述べた。
「後藤さん、この三年間、真実に有難う。あなたのお陰で私は水商売の世界から足を抜いて、普通の人の人生に仲間入りするスタートが切れることになった。あなたが居なかったらこんな夢みたいなことは出来なかったわ。あなたの、陰に成り日向に成っての大きな支えと励ましがあったからこそ、何とか今日までたどり着くことが出来たの。月並みな言い方しか出来ないけれど、改めて、真実に、有難う!」
「何言っているんだよ。頑張ったのはお前だ。俺は別に大したことをした訳じゃないよ。俺は唯、お前にもう一度、学生の頃の輝きを取り戻して欲しかっただけだ」
美香はもう俊介のことを、以前のように「後藤君」と軽々しく呼ぶことは出来なくなっていた。美香の口を突いて出た「後藤さん」という呼び方に、彼への深い感謝の思いと淡い思慕の情が篭っていた。
程無くして、美香はなけなしの貯金を叩いて「有限会社花木園」を設立した。
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