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第28話 喝采の陰に
84 刑事が若原美樹のマンションへ到着した
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夕方四時過ぎ、黒木ともう一人の刑事が若原美樹のマンションへ到着した。
「早速にお話をお伺いしますが」
「あ、はい」
「有名な作曲の先生やプロデューサーのお声掛りなら素人でもテレビに出られるってことがあるそうですね」
「はい、そりゃもう・・・」
「そこらを平田は利用していたんじゃないですかね」
「はい、まあ」
「見返りは金ですか?」
「お金の時も有りますし・・・女の子の時も有るんじゃないでしょうか、噂ですけど」
「女の子って言うのは?」
「卵です、タレントや歌手の」
「近頃はテレビに出る為なら平気で躰を売る若い娘が居るって噂ですけど、真実にそういうのが居るんですかね?」
「躰をアレした人は、居るみたいです。わたしはそんなことしなかったけど」
「・・・・・」
「わたしはしていません、絶対に!」
黒木が美樹の顔をじっと視て、労わるように言った。
「大変なんだなあ、君たちも・・・君は確か宇治市の出身だとか?」
「はい。わたしは宇治市の西郊の大倉町で育ちました。今は町から若い人がどんどん出て行って、高齢化も進んで、空き家が随分と増えていますが、私が子供の頃は未だ住宅街としてとても賑わっていました」
同じ頃、岩井刑事が取調室で村山と向き合っていた。
「俺がいけないんです。甘かったんです、俺が・・・」
「どういうことかね?」
「テレビに出ることが決って、純子、有頂天になって、故郷の父親や親戚や友達に知らせたりして・・・それが、映像が放映された翌日に蒼い顔でやって来て、平田から、今夜七時にシティホテルの八〇三号室に行け、其処に作曲家の嶋崎先生が居るから、と言われたって」
「ホテルへ呼び出された理由は、何か話していたかね?」
「なんでも、デビュー曲の打ち合わせじゃないかって。純子、未だ自分の持ち歌が無かったものだから、真実にデビュー曲が頂けるなら、それは夢のような話なんです」
「それで?・・・」
「でも、俺はおかしいと思いました。だって、ピアノも楽器も無いホテルで曲の打ち合わせなんて出来る訳ないでしょう。案の定・・・」
そこまで言って、村山はぐっと唇を噛み締めた。必死に何かを堪えている様子だった。
「あいつが歌手になりたいって言った時、東京に行けって勧めたのは俺なんです。仕事はどんどん無くなって行くし、町に居てもどうしようもなかったし・・・」
浩次が勤めた板金工場は二年も経たない内に倒産の憂き目に遭い、浩次は仕事探しに難渋した。彼は止む無く、商店街の裏にある小さなバーにバーテン見習いとして勤め始めた。
「丁度、テレビのスカウト番組が京都で有るって聞いて、俺、強引に申し込ませました」
「それで?」
「時の流れに身を任せ、を唄ったんです、テレサ・テンの・・・あいつの亡くなった母親が良く唄っていた歌です。そしたら合格して、レコード会社からも声が掛かって、ゲスト出演していた女性歌手のマネージャーから東京に来ないかって誘われて・・・」
「うん」
「純子が東京に行く日、俺、京都駅まで送って行ったんです。でも、何だか急に不安になって、やっぱり、止めてくれないかな、って思ったんです。そしたら、あいつも解ったらしくて、帰れって言うんなら何時でも帰って来るわ、って言ったんです」
「でも結局は東京へ来て居着いてしまった」
「ええ。折角の歌手になるチャンスを俺の手で潰す訳にも行きませんから」
純子が東京へ旅立って半年後に、浩次も故郷に見切りをつけて、彼女の後を追うようにこの街にやって来た。勤めたのは渋谷の小粋なバー「紫苑」だった。
「で、彼女はホテルへ行ったのかね?」
「ええ、行きました」
「早速にお話をお伺いしますが」
「あ、はい」
「有名な作曲の先生やプロデューサーのお声掛りなら素人でもテレビに出られるってことがあるそうですね」
「はい、そりゃもう・・・」
「そこらを平田は利用していたんじゃないですかね」
「はい、まあ」
「見返りは金ですか?」
「お金の時も有りますし・・・女の子の時も有るんじゃないでしょうか、噂ですけど」
「女の子って言うのは?」
「卵です、タレントや歌手の」
「近頃はテレビに出る為なら平気で躰を売る若い娘が居るって噂ですけど、真実にそういうのが居るんですかね?」
「躰をアレした人は、居るみたいです。わたしはそんなことしなかったけど」
「・・・・・」
「わたしはしていません、絶対に!」
黒木が美樹の顔をじっと視て、労わるように言った。
「大変なんだなあ、君たちも・・・君は確か宇治市の出身だとか?」
「はい。わたしは宇治市の西郊の大倉町で育ちました。今は町から若い人がどんどん出て行って、高齢化も進んで、空き家が随分と増えていますが、私が子供の頃は未だ住宅街としてとても賑わっていました」
同じ頃、岩井刑事が取調室で村山と向き合っていた。
「俺がいけないんです。甘かったんです、俺が・・・」
「どういうことかね?」
「テレビに出ることが決って、純子、有頂天になって、故郷の父親や親戚や友達に知らせたりして・・・それが、映像が放映された翌日に蒼い顔でやって来て、平田から、今夜七時にシティホテルの八〇三号室に行け、其処に作曲家の嶋崎先生が居るから、と言われたって」
「ホテルへ呼び出された理由は、何か話していたかね?」
「なんでも、デビュー曲の打ち合わせじゃないかって。純子、未だ自分の持ち歌が無かったものだから、真実にデビュー曲が頂けるなら、それは夢のような話なんです」
「それで?・・・」
「でも、俺はおかしいと思いました。だって、ピアノも楽器も無いホテルで曲の打ち合わせなんて出来る訳ないでしょう。案の定・・・」
そこまで言って、村山はぐっと唇を噛み締めた。必死に何かを堪えている様子だった。
「あいつが歌手になりたいって言った時、東京に行けって勧めたのは俺なんです。仕事はどんどん無くなって行くし、町に居てもどうしようもなかったし・・・」
浩次が勤めた板金工場は二年も経たない内に倒産の憂き目に遭い、浩次は仕事探しに難渋した。彼は止む無く、商店街の裏にある小さなバーにバーテン見習いとして勤め始めた。
「丁度、テレビのスカウト番組が京都で有るって聞いて、俺、強引に申し込ませました」
「それで?」
「時の流れに身を任せ、を唄ったんです、テレサ・テンの・・・あいつの亡くなった母親が良く唄っていた歌です。そしたら合格して、レコード会社からも声が掛かって、ゲスト出演していた女性歌手のマネージャーから東京に来ないかって誘われて・・・」
「うん」
「純子が東京に行く日、俺、京都駅まで送って行ったんです。でも、何だか急に不安になって、やっぱり、止めてくれないかな、って思ったんです。そしたら、あいつも解ったらしくて、帰れって言うんなら何時でも帰って来るわ、って言ったんです」
「でも結局は東京へ来て居着いてしまった」
「ええ。折角の歌手になるチャンスを俺の手で潰す訳にも行きませんから」
純子が東京へ旅立って半年後に、浩次も故郷に見切りをつけて、彼女の後を追うようにこの街にやって来た。勤めたのは渋谷の小粋なバー「紫苑」だった。
「で、彼女はホテルへ行ったのかね?」
「ええ、行きました」
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