5分間の短編集

相良武有

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第28話 喝采の陰に

83 マンションの一室で男が一人殺された

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 午前七時前、サイレンを高く鳴らして一台のパトカーが小さなマンションの入口で停車した。下り立った警察官が数人、管理人に案内されて三階へ駆け上がり、開錠された三号室へ飛び込んだ。その部屋で男が一人殺されていた。
部屋の住人は居なかった。借主は渋谷のバー「紫苑」でバーテンダーをしている村山浩次と言う二十四歳の男だったが、その行方が判らなくなっていた。
 鑑識の現場検証が全て終了した後、所轄の警察署に捜査本部が設けられ、最初の捜査会議の後に課長による記者会見が行われた。
「被害者は平田鉄次、四十歳。暴力団大原組の元組員です。ガイ者は現場で何者かと懇談中、いきなり刺されたものらしく、死因は後部首筋の刺し傷です。凶器は出刃包丁。これは現場に残されています。捜査本部では、部屋の住人である村山浩次が事件の鍵を握る者として行方を捜しておりますが、現在、村山の行方は掴めておりません。ガイ者と村山は顔見知りであったらしく、ちょくちょく出入りしているのが住人に目撃されています」
 村山の本籍地は京都の宇治市だった。彼に友人や知人は極めて少なかったが、それでも三、四人の名前は挙がって来た。板前の幸田宏、スナックのカウンター嬢麻耶、故郷が同じ宇治市で歌手の卵の若原美樹等であった。村山浩次に前科は無かった。
 殺された平田は芸能プロダクションをやっていたが、全く無名の若者ばかりで、その内実は極めてお粗末なもののようだった。
村山の行方はようとして判らなかったが、彼のマンションの近くで目撃者が出現した。
「昨夜十一時半頃、マンションの裏口から村山さんが飛び出して行くのを見ましたよ」

 その翌日の朝、刑事が二人して若原美樹のマンションを訪れた。黒木と岩井と言うベテラン刑事だった。
化粧っ気の無い顔で美樹がドアを開けた。黒木が直ぐに警察手帳を見せた。
「お忙しいところを済みません。早速ですが、村山浩次さんをご存知ですね」
「浩次さん、ハイ、知っています。どうかしたんですか?浩次さんが」
「最後に会ったのはいつですか?」
美樹は考えながら、答えた。
「一週間くらい前かしら」
「その後、連絡は無いですか?」
「ハイ」
「村山浩次さんとは故郷が一緒ですよね」
「ハイ。浩次さんに何かあったんですか?」
黒木たちはその後、二言、三言質して帰って行った。

 事件から三日後、村山浩次が麻雀仲間の一人に付き添われて、警察に出頭して来た。
早速に取調べが始まった。尋問したのは黒木と岩井の二人だった。
「じゃ、十一時十分頃、一度自分の部屋へ帰ったんだな」
「ハ、ハイ」
村山の貌は酷く蒼ざめている。
「何しに?」
「金を取りに、です。麻雀がつかなくて負けが込んで、丁度、二抜けで間が有ったので」
「雀荘へ戻ったのは?」
「十一時、四~五十分頃だったと思います」
「それ以後は朝までずっと皆と一緒にやって居たんだな」
「ハイ」
「死亡推定時刻からすると、あんたは死体を見たことになるな」
「えっ?」
「見たんだろう、ねえ。その時、どうして直ぐ警察に知らせようと思わなかったんだ?」
「・・・怖くて・・・自分が疑われると思って」
暫く、間が開いた。
「じゃぁ、誰か心当たりが他に在るのか?」
村山は頑なに押し黙ってしまった。

 一息入れに刑事部屋に戻った黒木に、聞き込みから帰って来た刑事が報告した。
「この前、週刊誌でちょっと騒がれた、女性歌手の移籍騒ぎ、ってのがあったでしょう。その時に作曲家の嶋崎龍一が黒幕で絡んでいると言う話が出て」
「今、売れっ子の嶋崎が、か?」
「こいつは歌の世界の実力者で、彼に睨まれるとどうしようもないって奴らしいです」
「ほう~」
「ところがこの事件の時、嶋崎の後ろにやくざが着いていると言う噂が囁かれたんですが、その折に、今度殺された平田の名前がチラッと出たことが有ったそうなんですよ」
二人は眼を見つめ合って、頷き合った。
その時、デスクの電話が鳴って、女性事務官が取り次いだ。
「はい、黒木です」
「若原美樹です、昨日来て頂いた・・・あの~、わたし・・・昨日は奥にマネージャーが居たので言えなかったんですけど、真実は、事件の有ったあの晩、わたし、浩次さんとずうっと一緒に居たんです」
「えっ?」
「だから、浩次さん、絶対に犯人じゃありません!」
「詳しくお話をお聞かせ願えませんか?今から直ぐ其方に伺います、良いですね!」
黒木は否応を言わせぬ断定的な言い方で電話を切った。
 取調室に戻った黒木は岩井の耳に何かを囁いて、直ぐに部屋から出て行った。
村山がギクッと蒼白い顔を上げた時、岩井が村山の前に座り込んで言った。
「若原美樹のことを聴きたいんだがね。若原美樹は平田のことを知っていたかね?」
「・・・俺が紹介しました」
「ほう・・・で、いつ?」
「二月ほど前です」
「どういうことで?」
「純子が・・・若本純子と言うのが若原美樹の本名です。純子が、チャンスが欲しい、って言ったんで」
「チャンス?・・・何の?」
村山が答えるのを少し躊躇った。
やがて、ぽつりと呟くように言った。
「テレビに出る為のチャンスです」
「で、チャンスは作って貰えたのかね?」
「ハイ」
だが、村山は何かに必死で耐えているように岩井には見えた。
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