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第22話 大晦日の夜に
68 「早いものでお前が逝ってもう五年が過ぎた」
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柱時計に目をやった彼は、徐にテレビのリモコンスイッチを押した。丁度「行く年、来る年」が始まったところであった。画面には由緒在る神社や寺院、仏閣や旧跡等が映し出されて除夜の鐘がゴーン、ゴーンと響いて来た。
吉井はゆっくりと立ち上がって仏壇に向かい正座した後、その扉を開いて灯明に火を点けた。薄灯りの中に妻の遺影が浮かび上がった。ふくよかに柔和に微笑んでいる。線香に火を点けチーンチーンと鐘を鳴らして吉井は合掌した。
「紗智子、早いものでお前が逝ってもう五年が過ぎた。この五年間、よく加護してくれて有難う、な。俺だけじゃなく娘や息子の家族も良く守ってくれた。心の底から礼を言うよ」
「あら、あなた、今日初めて私を名前で呼んでくれましたわね。私の名前なんかもう忘れてしまったのかと気が気じゃ無かったのよ」
吉井は遺影を見上げて苦笑した。
「あなた、今年も又、誓いを立てるのでしょう、他愛も無い誓いを」
「ああ、立てるよ。今年こそタバコを止める。晩酌を少し控えて週に一日は休肝日を作る。仕事が無い日には一時間は散歩やウォーキングをする。好きな映画やコンサートには月に一回は出かける。通っている週一回の卓球クラブの練習は休まず頑張る。以上だ。別に特別の誓いでもないが、な」
「その他愛も無い誓いが毎年守られたことが無いのですから・・・今年も又、同じ結果にならないようにしっかり頑張って下さいね」
吉井は痛いところを突かれてまた苦笑する。
「でもね、あなた、健康にだけは十分に注意して下さいね。健康診断は定期的に受けて下さいよ。心筋梗塞や脳梗塞、或は、癌や肺炎など、手遅れにならないように、ね」
そして、紗智子の遺影が続けて言った。
「あなたはもう少し元気で長生きして下さいね。あなた自身の為に、子供達や孫たちの為に、未だ暫く此方の世界へ来ては駄目ですよ、良いですね!」
彼は、不意に、胸締め付けられる思いが溢れて涙を溢しそうになった。咄嗟に、妻の遺影をぎゅっと胸に抱き締めて、暫く動かなかった。
やがて食卓に戻った吉井は、ワインのほんの少しの残りをグラスに移して一気に飲み干した。そして、ふぅっと一息ついた後、ふと思い出した。
そうだ、あのワイン酒場は川を挟んだ道路沿いに在ったから「ワインリバー」と言ったんだ・・・!仏壇に祀った妻の遺影の口元がニッと動いたようだった。やっと思い出してくれましたか、とでも言うように・・・。
「さあ、そろそろ眠るとするか」
彼は独り言ちてガウンを脱ぎ、電気毛布で温まったベッドに滑り込んだ。
俺は今もこうして生きている。これからもこうして生きて行くだろう・・・。明日になれば子供たちや孫たちが年賀に集まって来る。久し振りに賑やかになる。
紗智子、安らかに、おやすみ・・・
彼は心の中で合掌して、静かに眼を閉じた。
吉井はゆっくりと立ち上がって仏壇に向かい正座した後、その扉を開いて灯明に火を点けた。薄灯りの中に妻の遺影が浮かび上がった。ふくよかに柔和に微笑んでいる。線香に火を点けチーンチーンと鐘を鳴らして吉井は合掌した。
「紗智子、早いものでお前が逝ってもう五年が過ぎた。この五年間、よく加護してくれて有難う、な。俺だけじゃなく娘や息子の家族も良く守ってくれた。心の底から礼を言うよ」
「あら、あなた、今日初めて私を名前で呼んでくれましたわね。私の名前なんかもう忘れてしまったのかと気が気じゃ無かったのよ」
吉井は遺影を見上げて苦笑した。
「あなた、今年も又、誓いを立てるのでしょう、他愛も無い誓いを」
「ああ、立てるよ。今年こそタバコを止める。晩酌を少し控えて週に一日は休肝日を作る。仕事が無い日には一時間は散歩やウォーキングをする。好きな映画やコンサートには月に一回は出かける。通っている週一回の卓球クラブの練習は休まず頑張る。以上だ。別に特別の誓いでもないが、な」
「その他愛も無い誓いが毎年守られたことが無いのですから・・・今年も又、同じ結果にならないようにしっかり頑張って下さいね」
吉井は痛いところを突かれてまた苦笑する。
「でもね、あなた、健康にだけは十分に注意して下さいね。健康診断は定期的に受けて下さいよ。心筋梗塞や脳梗塞、或は、癌や肺炎など、手遅れにならないように、ね」
そして、紗智子の遺影が続けて言った。
「あなたはもう少し元気で長生きして下さいね。あなた自身の為に、子供達や孫たちの為に、未だ暫く此方の世界へ来ては駄目ですよ、良いですね!」
彼は、不意に、胸締め付けられる思いが溢れて涙を溢しそうになった。咄嗟に、妻の遺影をぎゅっと胸に抱き締めて、暫く動かなかった。
やがて食卓に戻った吉井は、ワインのほんの少しの残りをグラスに移して一気に飲み干した。そして、ふぅっと一息ついた後、ふと思い出した。
そうだ、あのワイン酒場は川を挟んだ道路沿いに在ったから「ワインリバー」と言ったんだ・・・!仏壇に祀った妻の遺影の口元がニッと動いたようだった。やっと思い出してくれましたか、とでも言うように・・・。
「さあ、そろそろ眠るとするか」
彼は独り言ちてガウンを脱ぎ、電気毛布で温まったベッドに滑り込んだ。
俺は今もこうして生きている。これからもこうして生きて行くだろう・・・。明日になれば子供たちや孫たちが年賀に集まって来る。久し振りに賑やかになる。
紗智子、安らかに、おやすみ・・・
彼は心の中で合掌して、静かに眼を閉じた。
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