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第13話 哀愁の遠距離恋愛
㊳哀愁の遠距離恋愛(4)
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光子は気持を切り替えるようにして話題を変えた。
「ねえねえ、二人が初めてデートした時のことを覚えている?」
「ああ、憶えているよ。俺が約束の時間に一時間も遅れたのに、君はじっと待って居てくれた。あの姿を見た時、俺は心の底から感動した。もう待ってはいないだろう、と九割方は諦めていたからな」
「わたしはそれ程でもなかったのよ。約束した以上は待つのが当たり前だし、来るのが当然だと思っていた。尤も、遅いなあ、遅いなあ、早く来ないかなあ、とは何度も思っていたけどね」
二人は顔を見合わせて微笑み合った。
「あれから俺たちはかけがえの二人になったんだな」
「そうね、何方が一人居なくても寂しいし、誰かが一人入り込めば喧しくて鬱としいわ」
「君は京都の人間でもなかなか行けない処へ俺を連れて行ってくれた。歌舞練場の都おどりに南座の顔見世歌舞伎、それに能楽堂の薪能・・・」
「あなたも京都人の私が知らない色んな処へ連れて行って教えてくれたわ。嵐山大井川の鵜飼い船に伏見の三十石船、亀岡の保津川下りに嵯峨野のトロッコ列車、鞍馬の火祭、その他にも先斗町や花見小路のクラブやバーなど、どれもこれも初めて見るものばかりだった」
「雪に覆われた三千院と寂光院も絶景だったなぁ。あの真っ白い静寂は厳かで厳粛で身の引き締まる思いがしたよ」
つい三か月前まで二人で過ごした忘れ難い日々を語り合って、光子は、やっと二人の気持が一つに重なったわ、と心が解けたし、靖彦も光子の思いを察して、その後、仕事の話はしなくなった。
「ねえ、私たち、これから毎月一回、此処でこうして逢うことにしない?」
「別に良いけど、然し、毎月一回、と決めると負担になってしんどいんじゃないか?どうしても逢いたくなったら今日のようにこうして逢う、それで良いんじゃないのか?」
「わたしは毎日、何時もこうしてあなたに逢いたいの!」
「君がそう望むなら俺はそれで構わないけど・・・」
なんて攣れない言い方なんだろう、この人は七年振りに実家に戻って、仕事以外のことは安穏と気楽に暮らしているのではなかろうか、光子はそう思って哀しくなった。
「わたしはメールと電話だけじゃなく、こうしてあなたと顔を見交わして、直接、話がしたいのよ。富山と京都の間は遠いわ。逢って話さないと思いが届かない気がする。ねえ、解って欲しいの、わたしはあなたとのことが一番大切なの」
「よし、解った。そうしよう。毎月一回、この福井で逢おう、な、光子」
そう言って靖彦はテーブルに置かれた光子の左手に自分の右掌を重ねた。
シティホテルのレストランで夕食を摂った後、ホームまで見送りに入った靖彦と見送られる光子の二人は、白い早霧の灯りに濡れて列車の到着を待った。
今度会えるのはいつの日だろうか・・・
二人の胸は哀しい別れの切ない思いに咽んだ。
ほどなく入って来た列車に乗り込んだ光子は、座席の窓に頬をすり寄せるようにして靖彦をじっと見つめた。二人は互いに微笑み合って、愛する心の温みを窓の内と外で伝え合った。
発車のベルが鳴って、光子は手を振りながら、又逢おうね、と心の中で呼びかけていたし、
靖彦は光子の乗った列車の影が遠い汽笛に薄れて瞼の奥に消えるまで、独り、ホームに佇んでいた。光子は二十時三十三分発の特急サンダーバードで京都へ帰って行った。
「ねえねえ、二人が初めてデートした時のことを覚えている?」
「ああ、憶えているよ。俺が約束の時間に一時間も遅れたのに、君はじっと待って居てくれた。あの姿を見た時、俺は心の底から感動した。もう待ってはいないだろう、と九割方は諦めていたからな」
「わたしはそれ程でもなかったのよ。約束した以上は待つのが当たり前だし、来るのが当然だと思っていた。尤も、遅いなあ、遅いなあ、早く来ないかなあ、とは何度も思っていたけどね」
二人は顔を見合わせて微笑み合った。
「あれから俺たちはかけがえの二人になったんだな」
「そうね、何方が一人居なくても寂しいし、誰かが一人入り込めば喧しくて鬱としいわ」
「君は京都の人間でもなかなか行けない処へ俺を連れて行ってくれた。歌舞練場の都おどりに南座の顔見世歌舞伎、それに能楽堂の薪能・・・」
「あなたも京都人の私が知らない色んな処へ連れて行って教えてくれたわ。嵐山大井川の鵜飼い船に伏見の三十石船、亀岡の保津川下りに嵯峨野のトロッコ列車、鞍馬の火祭、その他にも先斗町や花見小路のクラブやバーなど、どれもこれも初めて見るものばかりだった」
「雪に覆われた三千院と寂光院も絶景だったなぁ。あの真っ白い静寂は厳かで厳粛で身の引き締まる思いがしたよ」
つい三か月前まで二人で過ごした忘れ難い日々を語り合って、光子は、やっと二人の気持が一つに重なったわ、と心が解けたし、靖彦も光子の思いを察して、その後、仕事の話はしなくなった。
「ねえ、私たち、これから毎月一回、此処でこうして逢うことにしない?」
「別に良いけど、然し、毎月一回、と決めると負担になってしんどいんじゃないか?どうしても逢いたくなったら今日のようにこうして逢う、それで良いんじゃないのか?」
「わたしは毎日、何時もこうしてあなたに逢いたいの!」
「君がそう望むなら俺はそれで構わないけど・・・」
なんて攣れない言い方なんだろう、この人は七年振りに実家に戻って、仕事以外のことは安穏と気楽に暮らしているのではなかろうか、光子はそう思って哀しくなった。
「わたしはメールと電話だけじゃなく、こうしてあなたと顔を見交わして、直接、話がしたいのよ。富山と京都の間は遠いわ。逢って話さないと思いが届かない気がする。ねえ、解って欲しいの、わたしはあなたとのことが一番大切なの」
「よし、解った。そうしよう。毎月一回、この福井で逢おう、な、光子」
そう言って靖彦はテーブルに置かれた光子の左手に自分の右掌を重ねた。
シティホテルのレストランで夕食を摂った後、ホームまで見送りに入った靖彦と見送られる光子の二人は、白い早霧の灯りに濡れて列車の到着を待った。
今度会えるのはいつの日だろうか・・・
二人の胸は哀しい別れの切ない思いに咽んだ。
ほどなく入って来た列車に乗り込んだ光子は、座席の窓に頬をすり寄せるようにして靖彦をじっと見つめた。二人は互いに微笑み合って、愛する心の温みを窓の内と外で伝え合った。
発車のベルが鳴って、光子は手を振りながら、又逢おうね、と心の中で呼びかけていたし、
靖彦は光子の乗った列車の影が遠い汽笛に薄れて瞼の奥に消えるまで、独り、ホームに佇んでいた。光子は二十時三十三分発の特急サンダーバードで京都へ帰って行った。
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