59 / 85
第10話 イヌになった男の殉愛
㉗イヌになった男の純愛(2)
しおりを挟む
一年後のある晩、土門英が数人の地回りと一緒に「祇園」に入って来た。彼等は揃ってジンジェレラ・ハットを被っていた。土門英は誰彼と無く声をかけて、奥へ進んで行った。が、その晩、「祇園」にはあまり良い女が居なかった。で、地回り達も引き上げることにしたが、連中はその前に、勘定の支払いのことでいちゃもんをつけた。
「俺達は四人で一杯ずつしか飲んで無ぇのに、何故、十杯もの酒代が付いているんだ?あん?」
「いえ、確かにお客様はお一人二杯ずつお飲みになりましたし、ホステスにも二杯お奢りになりましたが・・・」
「そうかえ。それじゃ、摘みのピーナツとチョコがこんなに高いのも俺たちが袋ごと喰っちまったと言うことか?あん?」
「それは、当店の格別に安い料金でご提供致して居ります、はい」
地回りの一人がカウンター越しにスツールを放り投げた。次いで、別のならず者がバーテンに灰皿を投げつけた。更に別の一人がビールの看板を壊した。その間、土門英は両手をポケットに突っ込んで、涼しい貌で壁に凭れかかっていた。
数日後、厳つい大男が、レストランの前で二重駐車していた赤い大きなオールズモビルに車をぶつけた。オールズモビルから小男が独り、カンカンに怒って飛び出して来た。
「手前ぇ、何てことをしやがるんだ!一体俺を誰だと思っていやがるんだ?」
「さあぁ、誰だい、あんた?」
「俺は土門英だぞ!」
「ほう、そうかい。それじゃ、俺はスーパー・マンだ」
大男は右の一発で土門英をのしてしまい、自分の車を駆って走り去った。車は覆面パトカーだった。
その後、土門英が組んでいた地回り達の何人かが姿を消した。彼等は京都やその近辺都市の刑務所に収監され始めたのである。
土門英が警察の犬になった、あいつが地回り達を売ったんだ、という噂がその筋を駆け巡った。彼は麻薬の密売人たちと一緒に捕まったのだが、ジンジェレラ・ハットを被った男たちが刑務所にぶち込まれても、土門英だけはそうならずに済んだ。
間も無く、土門英は近所から姿を消した。彼は逃亡生活を始めたのだった。
京都夕日ケ浦温泉のガソリンスタンドで働いた。滋賀県雄琴温泉のスタンドにも暫く居た。兵庫県の有馬温泉にも居たが神戸市内は避けた。そうかと思うと南部を渡り歩いて、勝浦や白浜と言った温泉街にも居た。土門英は地回りたちの眼の届く大都市を避け、温泉街の小さな木賃アパートで目立たぬようにひっそりと息を殺して暮らした。
そのうち、例のならず者たちが出所して来た。彼等は歳を取ったものの、特別改心した風も無く、また麻薬や人身を売買する稼業に戻った。
土門英は哀れな流浪の旅を続けた。異郷の街を渡り歩きながら彼がどんな思いで居たか、誰も知らない。彼は日記をつけなかったし、手紙も書かなかった。彼は、自分の裏切り行為によって、京都とその灯りや女たちから、東山や嵐山の賑わう公園から、鴨川や桂川沿いの静かな歩道から、そして「祇園」のような幾多の酒場からも隔てられて、あれやこれやの半端仕事を続け乍ら流離い続けた。その生活は十五年にも及び、それは殆ど、終身刑にも等しかった。
「俺達は四人で一杯ずつしか飲んで無ぇのに、何故、十杯もの酒代が付いているんだ?あん?」
「いえ、確かにお客様はお一人二杯ずつお飲みになりましたし、ホステスにも二杯お奢りになりましたが・・・」
「そうかえ。それじゃ、摘みのピーナツとチョコがこんなに高いのも俺たちが袋ごと喰っちまったと言うことか?あん?」
「それは、当店の格別に安い料金でご提供致して居ります、はい」
地回りの一人がカウンター越しにスツールを放り投げた。次いで、別のならず者がバーテンに灰皿を投げつけた。更に別の一人がビールの看板を壊した。その間、土門英は両手をポケットに突っ込んで、涼しい貌で壁に凭れかかっていた。
数日後、厳つい大男が、レストランの前で二重駐車していた赤い大きなオールズモビルに車をぶつけた。オールズモビルから小男が独り、カンカンに怒って飛び出して来た。
「手前ぇ、何てことをしやがるんだ!一体俺を誰だと思っていやがるんだ?」
「さあぁ、誰だい、あんた?」
「俺は土門英だぞ!」
「ほう、そうかい。それじゃ、俺はスーパー・マンだ」
大男は右の一発で土門英をのしてしまい、自分の車を駆って走り去った。車は覆面パトカーだった。
その後、土門英が組んでいた地回り達の何人かが姿を消した。彼等は京都やその近辺都市の刑務所に収監され始めたのである。
土門英が警察の犬になった、あいつが地回り達を売ったんだ、という噂がその筋を駆け巡った。彼は麻薬の密売人たちと一緒に捕まったのだが、ジンジェレラ・ハットを被った男たちが刑務所にぶち込まれても、土門英だけはそうならずに済んだ。
間も無く、土門英は近所から姿を消した。彼は逃亡生活を始めたのだった。
京都夕日ケ浦温泉のガソリンスタンドで働いた。滋賀県雄琴温泉のスタンドにも暫く居た。兵庫県の有馬温泉にも居たが神戸市内は避けた。そうかと思うと南部を渡り歩いて、勝浦や白浜と言った温泉街にも居た。土門英は地回りたちの眼の届く大都市を避け、温泉街の小さな木賃アパートで目立たぬようにひっそりと息を殺して暮らした。
そのうち、例のならず者たちが出所して来た。彼等は歳を取ったものの、特別改心した風も無く、また麻薬や人身を売買する稼業に戻った。
土門英は哀れな流浪の旅を続けた。異郷の街を渡り歩きながら彼がどんな思いで居たか、誰も知らない。彼は日記をつけなかったし、手紙も書かなかった。彼は、自分の裏切り行為によって、京都とその灯りや女たちから、東山や嵐山の賑わう公園から、鴨川や桂川沿いの静かな歩道から、そして「祇園」のような幾多の酒場からも隔てられて、あれやこれやの半端仕事を続け乍ら流離い続けた。その生活は十五年にも及び、それは殆ど、終身刑にも等しかった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

半欠けの二人連れ達
相良武有
現代文学
割烹と現代料理の店「ふじ半」の厨房から、店へやって来る客達の人生の時の瞬を垣間見る心揺するハートフルな物語の幾つか・・・
人は誰しも一人では不完全な半人前である。信頼し合う二人が支え合い補い合って漸く一人前になる。「半欠け」の二人が信じ合い解り合って人生を紡いで行く・・・
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【Vtuberさん向け】1人用フリー台本置き場《ネタ系/5分以内》
小熊井つん
大衆娯楽
Vtuberさん向けフリー台本置き場です
◆使用報告等不要ですのでどなたでもご自由にどうぞ
◆コメントで利用報告していただけた場合は聞きに行きます!
◆クレジット表記は任意です
※クレジット表記しない場合はフリー台本であることを明記してください
【ご利用にあたっての注意事項】
⭕️OK
・収益化済みのチャンネルまたは配信での使用
※ファンボックスや有料会員限定配信等『金銭の支払いをしないと視聴できないコンテンツ』での使用は不可
✖️禁止事項
・二次配布
・自作発言
・大幅なセリフ改変
・こちらの台本を使用したボイスデータの販売
大人への門
相良武有
現代文学
思春期から大人へと向かう青春の一時期、それは驟雨の如くに激しく、強く、そして、短い。
が、男であれ女であれ、人はその時期に大人への確たる何かを、成熟した人生を送るのに無くてはならないものを掴む為に、喪失をも含めて、獲ち得るのである。人は人生の新しい局面を切り拓いて行くチャレンジャブルな大人への階段を、時には激しく、時には沈静して、昇降する。それは、驟雨の如く、強烈で、然も短く、将に人生の時の瞬なのである。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる