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第8話 帰れる幸せな場所
㉒帰れる幸せな場所(3)
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有希は直ぐに克彦に電話を入れて状況を話した。
「天災なんだから仕方が無いよ。又の機会にしよう、な。それにしても、大変だったな」
克彦は優しく有希を労った。
東京と福岡の距離は凡そ九百キロ、飛行機に乗っても二時間を要し、新幹線なら五時間もかかる。そんな遠すぎる距離を二人はインターネット回線だけで埋めて来たのだった。克彦も有希も、東京と福岡の遠距離恋愛が想像以上に大変だ、ということを実感した。
「躰のスキンシップが出来ないから、意思の疎通が上手く行かないのね。キスでうやむやに出来る小さなことが無駄に長引くし、仲直りセックスも出来ない。綺麗な景色も美味しい御飯も一緒に共有出来ない」
「うん。普通に恋愛していたら味わえる筈の楽しみを我慢しなきゃいけない。それでも遠い東京に居る君と繋がっていたい。だから、二人の愛は成り立って居る。我慢の連続だから、忍耐力がないと成立しないと僕も思うよ」
「だからこそ、日頃のやり取りが大切になって来るのよね。遠距離恋愛は電話とメール、つまりは、言葉と文章だけで繋がっている関係なのだから・・・」
「そうだな。だからこそ、できるだけ同じ気持でいる努力をしないと・・・一方の愛が冷めたら修復が難しいし、挽回不能となる」
突然、有希が、踏ん切りをつけるように、言った。
「わたし、今日、思ったの、これは天から下された裁きだって」
「どういう意味なんだ、それは?」
「これだけ、逢いたい、逢いたい、と思っている私たちが、四カ月振りにやっと逢おうという将にその日に、選りに選って、台風の強風によって妨げられるなんて、これが天の裁きでなくて何だと言うのかしら?」
「君、それは違うよ。これは、偶々の偶然、って奴だ。そんな風に考えるのは止そうよ」
克彦は、この際もう一度、自分の思いを明確にしっかり伝えなければ、と思った。
「君の心の片隅に、前のご主人のことが引っ掛かって居るのは、僕も解かっている」
「違うの、そう言うことじゃないの」
確かに、近頃の有希は、心の中で毅に掌を合わせるのが辛くなっていた。
「いや、良いんだ。彼のことを胸の奥深くに仕舞って、彼の愛を心の中に大切に秘めておく、それは人間として当然に有って然るべきことなんだ。寧ろ、無い方が“人でなし”と言うべきかも知れない。人生の幾期間かを互いに愛し合い、幾日かを共に暮らした相手のことを心の中に大事に仕舞って置くのは当たり前のことじゃないか。そのことを、君が何も、僕に対して、引け目を感じたり、ひた隠したり、卑屈に思ったりする必要は無いんだよ。ましてや、彼はもうこの世に居ない。君が生涯、彼のことや彼の愛を大事に心の中に温めなくて、誰がそれを出来ると言うんだ?」
「あなた・・・」
「僕は、その上で、僕と一緒に暮らすこれから先のことを君に考えて欲しい、そう強く願っているんだよ」
克彦の言葉に有希の心はゆるゆると溶け解れた。
「あなた、それで良いのね?真実に、それで良いのね?」
「ああ、それで良いんだよ、僕は」
受話器の向こうで有希の声が震え出した。彼女は嗚咽を堪えようとしていたが、次第にすすり泣く声が漏れて来た。
克彦は彼女が泣き止むのを暫く待った。
人は誰しも、思いを話して共有することでストレスを発散させる。ましてや、辛い、悲しいなどのネガティブな感情はエネルギーを強く発散しないと尚更ストレスが溜まる。心の安定を保つ為に、人は「解って欲しい」と話をするのだろうから・・・
有希も啜り上げながら思っていた。
あの人が今日までいつも積み重ねてくれた「愛している」という言葉のお蔭で、わたしの心は満たされて来た。そして、今日のように「大丈夫か?」って気遣って貰って、より一層、あの人への信頼は高まった・・・
有希は、もう一度、克彦との愛を深め直そう、と心に改めて思った。
塵も積もれば山となる。遠距離恋愛では少しの苛立ちや不満が別れに直結する。どんどん思いを伝え合って、偶には、その思いが擦れ違うことは有っても、お互いの温度差と距離感を詰めて行かないと・・・
漸く泣き止んだ有希が言った。
「帰る場所が一緒なのが、何よりも幸せなことなのね」
「今日のように、仮令、飛行機が空港へ降りられなくても、君の帰る場所は、一人暮らす部屋では無くて、僕と一緒に暮らす二人の家なんだよ」
「どんなに時間がかかっても、其処に帰れば良いんだ、と思えることが幸せなのね」
「帰れる幸せな場所が在ると、遠くまでも行ける、って訳だ」
有希が改めて訊ねた。
「ねえ、来月、もう一度、其方へ行っても良いかしら?」
「ああ、もう一度、是非、計画して欲しいよ。今度はもう台風は来ないから・・・」
「そうね、来ないわよね、きっと・・・」
夜は既に深更に及んでいた。
「天災なんだから仕方が無いよ。又の機会にしよう、な。それにしても、大変だったな」
克彦は優しく有希を労った。
東京と福岡の距離は凡そ九百キロ、飛行機に乗っても二時間を要し、新幹線なら五時間もかかる。そんな遠すぎる距離を二人はインターネット回線だけで埋めて来たのだった。克彦も有希も、東京と福岡の遠距離恋愛が想像以上に大変だ、ということを実感した。
「躰のスキンシップが出来ないから、意思の疎通が上手く行かないのね。キスでうやむやに出来る小さなことが無駄に長引くし、仲直りセックスも出来ない。綺麗な景色も美味しい御飯も一緒に共有出来ない」
「うん。普通に恋愛していたら味わえる筈の楽しみを我慢しなきゃいけない。それでも遠い東京に居る君と繋がっていたい。だから、二人の愛は成り立って居る。我慢の連続だから、忍耐力がないと成立しないと僕も思うよ」
「だからこそ、日頃のやり取りが大切になって来るのよね。遠距離恋愛は電話とメール、つまりは、言葉と文章だけで繋がっている関係なのだから・・・」
「そうだな。だからこそ、できるだけ同じ気持でいる努力をしないと・・・一方の愛が冷めたら修復が難しいし、挽回不能となる」
突然、有希が、踏ん切りをつけるように、言った。
「わたし、今日、思ったの、これは天から下された裁きだって」
「どういう意味なんだ、それは?」
「これだけ、逢いたい、逢いたい、と思っている私たちが、四カ月振りにやっと逢おうという将にその日に、選りに選って、台風の強風によって妨げられるなんて、これが天の裁きでなくて何だと言うのかしら?」
「君、それは違うよ。これは、偶々の偶然、って奴だ。そんな風に考えるのは止そうよ」
克彦は、この際もう一度、自分の思いを明確にしっかり伝えなければ、と思った。
「君の心の片隅に、前のご主人のことが引っ掛かって居るのは、僕も解かっている」
「違うの、そう言うことじゃないの」
確かに、近頃の有希は、心の中で毅に掌を合わせるのが辛くなっていた。
「いや、良いんだ。彼のことを胸の奥深くに仕舞って、彼の愛を心の中に大切に秘めておく、それは人間として当然に有って然るべきことなんだ。寧ろ、無い方が“人でなし”と言うべきかも知れない。人生の幾期間かを互いに愛し合い、幾日かを共に暮らした相手のことを心の中に大事に仕舞って置くのは当たり前のことじゃないか。そのことを、君が何も、僕に対して、引け目を感じたり、ひた隠したり、卑屈に思ったりする必要は無いんだよ。ましてや、彼はもうこの世に居ない。君が生涯、彼のことや彼の愛を大事に心の中に温めなくて、誰がそれを出来ると言うんだ?」
「あなた・・・」
「僕は、その上で、僕と一緒に暮らすこれから先のことを君に考えて欲しい、そう強く願っているんだよ」
克彦の言葉に有希の心はゆるゆると溶け解れた。
「あなた、それで良いのね?真実に、それで良いのね?」
「ああ、それで良いんだよ、僕は」
受話器の向こうで有希の声が震え出した。彼女は嗚咽を堪えようとしていたが、次第にすすり泣く声が漏れて来た。
克彦は彼女が泣き止むのを暫く待った。
人は誰しも、思いを話して共有することでストレスを発散させる。ましてや、辛い、悲しいなどのネガティブな感情はエネルギーを強く発散しないと尚更ストレスが溜まる。心の安定を保つ為に、人は「解って欲しい」と話をするのだろうから・・・
有希も啜り上げながら思っていた。
あの人が今日までいつも積み重ねてくれた「愛している」という言葉のお蔭で、わたしの心は満たされて来た。そして、今日のように「大丈夫か?」って気遣って貰って、より一層、あの人への信頼は高まった・・・
有希は、もう一度、克彦との愛を深め直そう、と心に改めて思った。
塵も積もれば山となる。遠距離恋愛では少しの苛立ちや不満が別れに直結する。どんどん思いを伝え合って、偶には、その思いが擦れ違うことは有っても、お互いの温度差と距離感を詰めて行かないと・・・
漸く泣き止んだ有希が言った。
「帰る場所が一緒なのが、何よりも幸せなことなのね」
「今日のように、仮令、飛行機が空港へ降りられなくても、君の帰る場所は、一人暮らす部屋では無くて、僕と一緒に暮らす二人の家なんだよ」
「どんなに時間がかかっても、其処に帰れば良いんだ、と思えることが幸せなのね」
「帰れる幸せな場所が在ると、遠くまでも行ける、って訳だ」
有希が改めて訊ねた。
「ねえ、来月、もう一度、其方へ行っても良いかしら?」
「ああ、もう一度、是非、計画して欲しいよ。今度はもう台風は来ないから・・・」
「そうね、来ないわよね、きっと・・・」
夜は既に深更に及んでいた。
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