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第2話 チームメイト

④チームメイト(1)

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 流行作家の水木健太郎はタクシーの中で惑っていた。
折角二十五年振りに誘われたのだから会うべきだろう、と得心しては来たものの、斎藤に会っても果たして直ぐに彼だと判るだろうか?二十五年前の高校生の頃の、詰襟姿の斎藤なら記憶に残っている。帽子を前髪が見えるくらい上に持ち上げた格好であみだに被り、少し悪ぶった厳つい奴だった。が、あれから既に二十五年も経っている。二十五年も経てば大概の奴は多かれ少なかれ容姿がかなり変っている筈である。水木にしてからが、頭髪が少し薄くなって光の下では頭皮が透けて見える。顔には四十余年間の人生の皺が刻まれてもいる。
 タクシーを降りると、指定された店は直ぐに判った。
水木はクロークに居た案内の女性に斎藤の来店を確かめた。女性は右掌を少し掲げてカウンターの奥の隅の席に居る斎藤を示してくれた。
見ると、黒縁メガネをかけた背の高いずんぐり太った男がこちらを向いて眼を細く眇めた。齊藤だった。水木は手を挙げ乍ら彼に近づいて行った。
「よう、久し振りだな、何年振りになるかなあ・・・」
齊藤が水木の手を握った。
「その後、調子はどうだ?」
「上々だよ。何を飲む?」
水木は斎藤と同じウイスキーの水割りを注文した。
 それから二人は、あの懐かしい高校時代の野球部員たちの思い出を語らい始めた。
「四番、レフトの野村。口数が少なく平たい顔をしていた奴。あいつはいつも微笑しながらチームメイトを見やっていたな」
「うん。雑誌から切り取った女優の水着姿のピンナップ写真を何時も鞄の中に隠し持っていた」
「あいつはいつも監督と並んでいたな。いかにも九州男児らしい角刈り頭と柔らか味のある細い眼をしていた根本監督。そのくせ、一寸気難しいところのあったあの監督・・・」
「そして、その隣には、がっしりした体格の大柄の奴が立っていた。何と言ったかなあ、あいつの名前は・・・石原だったかな?」
「そうだ、石原紀夫だよ」
水木は残り少なくなったウイスキーを一気に飲み干し、バーテンダーにお代わりを頼んだ。
「五番はサードの中西だったな」
水木は、夏の高校野球大会を広報するポスターに書いた中西の落書きを想い出した。そして、あの「中西、サードに立つ」という落書きをもう一度見たいと思った。
「それから、もう一人、明るく元気で俺たちのマスコットだった女子マネージャー・・・確か、田代と言う名だったよな」
「そう、片頬で笑うあの独特の微笑とえくぼの可愛さは何とも言えなかった」
「ビジネスマンと結婚して、その後、夫と共にニューヨークへ渡ったことまでは知っているが、彼女は今、何処で何をしているのだろうなあ・・・」
 其処まで話した時、斎藤が不意に話題を替えて聞いて来た。
「君はあれから行ってみたことがあるのか?」
「何処へだ?」
「言わずと知れた場所だよ」
齊藤は言った。
「大宮神社だよ、高校の在った」
「いや、一度も行ってない」
水木は答えた。
「俺も、だよ」
水木は水割りを飲みながら、暫く回想に浸った。
 そのもの憂い静かな思いを斎藤がまた遮った。
「君は何故逃げたんだ?」
「逃げた?」
「ああ」
「どういう意味だ、それは?」
「県大会中の、あの喫煙事件のことだよ」
「ああ」
水木は言った。
「あのタバコ事件のことか?」
「そうさ、あのタバコ事件のことだ」
水木は肩をすくめて、それっきり答えようとしなかった。
 
 あの夏の県大会予選。チームは野球部創設以来となる初の一勝を挙げたばかりか、二回戦、三回戦も勝ち進んでとうとう準決勝戦を闘うことになった。三年生になって抜擢された水木が投手として獅子奮迅の活躍をし、あれよあれよの無欲の勝利で快進撃を続けた。
水木たちは公立高校の野球部員だったが、学校は県でも有数の進学校だった。毎年、浪人組も含めて四十人余りもの生徒が国立大学に合格していた。従って、部員たちも将来、有名国立大学を卒業することを夢見ていたので、野球で身を立てようなどと考える者は誰一人として居なかった。ましてやプロに進もうなどと考える者は皆無だった。部員の力量も到底そんなレベルではなかった。彼等は純粋に青春の高揚する一時期を、我を忘れて没頭できる野球に夢中になったのだった。それだけにチームの結束は固かった。価値観の異なる異分子は居ない、と皆の友情は熱かった。自分たちの戦う意義を信じていた。
フォア・ザ・チーム、自分のことは二の次・三の次、一人はみんなの為に、みんなは一人の為に、ただチームが勝つ為に全力を尽くすだけ・・・その単純明快な理念に疑いを抱く者は誰一人として居なかった。勝って球場に校旗が掲揚され校歌が流れると、誰もが感動に打ち震えたのだった。
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