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第一話 女渡世人
⑥「先生、私にも剣術を教えて頂けないでしょうか?」
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お倫は床板を激しく踏み鳴らす音や木刀がカンカンと打ち合う音で目覚めた。辺りは未だ仄暗く、夜は明け切ってはいない。音は庵の表の方から聞こえて来るようであった。
お倫は夜着に外衣を羽織って、そおっと、音のする方へ足音を忍ばせて様子を見に行った。それほど広くは無いが剣術の道場が有った。
そこで老客十内と若い剣客風の男が激しく打ち合っていた。ピーンと張り詰めた厳粛な空気が流れ、二人の気迫がそっと見詰めるお倫の身体に圧し迫まって来た。思わずお倫は跪きその場に正座して二人を凝視した。
半刻ほど激しく打ち合った二人は、やがて、蹲踞の姿勢をとり一礼を交し合って、朝稽古は終わった。
十内が正座しているお倫に声をかけた。
「お倫、倅の与一郎だ」
「菅谷与一郎と申します。以後お見知り置きを」
丁寧に挨拶した歳の頃、二十七、八歳の剣客にお倫は見覚えがあった。城下で「菅谷道場」を開いている先生だと直ぐに思い出した。習い事の稽古に通う道で何度か出逢ったことがある。が、大勢の若い武士に稽古をつけている道場の先生がこんなに若いとは、面と向かって顔を仰いで、初めて知った。
お倫は正座したまま両手を突いて挨拶を返した。
「福元屋の倫と申します。どうぞ宜しくお願い申し上げます」
お倫は二人の朝稽古を見て、胸の中に、庵へ来て初めて、一条の爽やかな風がすうっと吹き抜けたような気がした。
十内と与一郎の朝稽古はほぼ三日に一度の割合で続けられた。お倫は都度、道場の入口に正座して二人の申し合いを見詰めた。清冽な空気と二人の気迫にお倫は雑念を振り払われて、身も心も洗われるようであった。これまでに浸ったことの無い厳かで清々しい気持が身体内に満ち亘った。
幾日かが経った或る日、お倫は、稽古を終えて顔や額の汗を拭っている菅谷十内に両手を突いて頭を下げた。
「先生、私にも剣術を教えて頂けませんでしょうか?」
ほおっ、という顔付きで十内はお倫の顔を覗き込んだ。
暫くして、十内はお倫の眼をじいっと見詰めて問うた。
「お倫、何故じゃ、何故に剣術を習いたいのじゃ?」
「はい、両先生があの張り詰めた緊張の中で、裂ぱくの気迫を以って追い求めておられるものを、私も探求してみたいと存じます」
十内はもう一度、ほおっ、という表情でお倫の顔を見詰めた。
「自分を立て直し、これからの生きる背骨を心の中にしっかりと獲ち得たいと存じます」
お倫は十内の顔を真直ぐに見て、縋る表情を浮かべた。
「お倫、それだけか?それだけでは無かろうが、うん?」
然し、十内は、それ以上は聞かなかった。
「まっ、良いか、よし解った。与一郎、明日からお前がお倫に稽古をつけてやりなさい」
「畏まりました、父上」
そして、お倫の方へ顔を向けた与一郎は「宜しくお願い致します」と軽く頭を下げた。
お倫は恐縮して床に顔を擦り付けんばかりに低頭した。
お倫は夜着に外衣を羽織って、そおっと、音のする方へ足音を忍ばせて様子を見に行った。それほど広くは無いが剣術の道場が有った。
そこで老客十内と若い剣客風の男が激しく打ち合っていた。ピーンと張り詰めた厳粛な空気が流れ、二人の気迫がそっと見詰めるお倫の身体に圧し迫まって来た。思わずお倫は跪きその場に正座して二人を凝視した。
半刻ほど激しく打ち合った二人は、やがて、蹲踞の姿勢をとり一礼を交し合って、朝稽古は終わった。
十内が正座しているお倫に声をかけた。
「お倫、倅の与一郎だ」
「菅谷与一郎と申します。以後お見知り置きを」
丁寧に挨拶した歳の頃、二十七、八歳の剣客にお倫は見覚えがあった。城下で「菅谷道場」を開いている先生だと直ぐに思い出した。習い事の稽古に通う道で何度か出逢ったことがある。が、大勢の若い武士に稽古をつけている道場の先生がこんなに若いとは、面と向かって顔を仰いで、初めて知った。
お倫は正座したまま両手を突いて挨拶を返した。
「福元屋の倫と申します。どうぞ宜しくお願い申し上げます」
お倫は二人の朝稽古を見て、胸の中に、庵へ来て初めて、一条の爽やかな風がすうっと吹き抜けたような気がした。
十内と与一郎の朝稽古はほぼ三日に一度の割合で続けられた。お倫は都度、道場の入口に正座して二人の申し合いを見詰めた。清冽な空気と二人の気迫にお倫は雑念を振り払われて、身も心も洗われるようであった。これまでに浸ったことの無い厳かで清々しい気持が身体内に満ち亘った。
幾日かが経った或る日、お倫は、稽古を終えて顔や額の汗を拭っている菅谷十内に両手を突いて頭を下げた。
「先生、私にも剣術を教えて頂けませんでしょうか?」
ほおっ、という顔付きで十内はお倫の顔を覗き込んだ。
暫くして、十内はお倫の眼をじいっと見詰めて問うた。
「お倫、何故じゃ、何故に剣術を習いたいのじゃ?」
「はい、両先生があの張り詰めた緊張の中で、裂ぱくの気迫を以って追い求めておられるものを、私も探求してみたいと存じます」
十内はもう一度、ほおっ、という表情でお倫の顔を見詰めた。
「自分を立て直し、これからの生きる背骨を心の中にしっかりと獲ち得たいと存じます」
お倫は十内の顔を真直ぐに見て、縋る表情を浮かべた。
「お倫、それだけか?それだけでは無かろうが、うん?」
然し、十内は、それ以上は聞かなかった。
「まっ、良いか、よし解った。与一郎、明日からお前がお倫に稽古をつけてやりなさい」
「畏まりました、父上」
そして、お倫の方へ顔を向けた与一郎は「宜しくお願い致します」と軽く頭を下げた。
お倫は恐縮して床に顔を擦り付けんばかりに低頭した。
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