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公爵令嬢の病

公爵令嬢の病1

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最近暑いですね

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 ピッ……ピッ……ピッ……

 しん、と静まり返った部屋に無機質に電子音が流れる。
 そこには、今にも消えてなくなりそうな少女が、ベッドの上に寝かされており、見守るかのように、その少女の両親であろう美女と大柄な男、そして杖を持つ魔法使いのような風貌の男がいた。

 男は、ごくりと息を飲み、少女を観察する。
 透き通るようで、少し青白い肌。淡いピンクの魅惑的な唇。想像できるであろう瞳は閉じたままであるが、美少女であるといっても過言ではない。

 ちらり、と少女の両親を横目で見る。旦那は野獣のような大柄な男で、そう見えていてもこの国の貴族の二代頂点の一家である公爵だ。そして、その隣に佇み、何か辛辣に堪えている様子の美女。それが涙であることは承知の上だ。そして、少女が母親似なのは、もはや疑いようがない。

 美女の涙を見てしまい、すごい居た堪れなくなった男は寝ている少女に視線を戻す。そして、自分が呼ばれた理由を思い出し、呪文を唱え始めながら、思う。
 

「――――――」
(…報酬が多くて依頼を受けたが、気軽に頷くもんじゃなかったな)


 
 時は2時間前に遡る



 ***



 男は、冒険者である。惰眠を貪り、魔物を狩り、ダンジョンに潜り、冒険者仲間と冒険し、金を稼ぐ。そんな毎日だ。

 今日も、特に決まった予定はなく、新規依頼を受けるため冒険者ギルドへ訪れていた。
 ふと、依頼ボードに緊急と貼られた紙が目に止まった。
 

「聖魔力、回復術、医療魔法使える者……?は?400ゴールド?!」
 

 400ゴールド。それは男が5年馬車馬のように働いて漸く貯まるであろう金額だ。どうしても治したい病気、怪我があるのだろう。依頼主の方に目が行き、同時に納得する。某公爵家だ。公爵令嬢が病で倒れたと言う噂は本当だったのか。

 ちょいと話を聞いてみるか。

 報酬に釣られた男は紙を取り、受付へと足を向ける。

 どんっ、とすれ違い様誰かとぶつかった。


「っと、すまんな」
「……っいや、いい気にすんな」


 ぶつかったのは、この国である意味有名な男。職業は薬師らしい。らしいと言うのは勿論男のやっている薬屋に行ったことがないからである。

 なぜ有名なのか。この国には、七不思議という噂が存在する。長くなるから割愛するが、そのうちの一つが確実に当てはまるからだ。
 

 曰く、死神が店主の薬屋がある


 冗談ではあればよい。そしてそれが、本来の意味でなければなお良い。だが、男の風貌を見れば噂がたつのを納得してしまう自分がいる。

 薬屋と名乗ってはいるが、黒のシャツに黒のズボン、黒の革靴に黒のフード付きコート。薬屋のイメージは、偏見だが白や緑が多い。だが、その男は黒を基調とした服を着ており、世間のイメージとはかけ離れている。いや、どの服を着るかはそれぞれの自由だ。だが、死神だと思わせるのは服装だけではなかった。

 今まで一度も外に出たことがないのではないかと思わせる程、どこか人間味のない、陶器のような白い肌。よく女の同僚が言う透明感ってのは分からなかったが、こんな感じなのでは?と思わせられた。ストレートな黒髪は濡鴉のようで、目元が隠れている為顔全体の風貌は分からず、逆に怪しさを醸し出していた。だが、比較的顔だちは整っているように思える。ふと刺すような視線は威圧感を出し、どこか冷たさを感じさせた。すらりとした手足をゆったりと動かし、男は外へと脚を向けた。

 どうやらここでの用事は終わったようだ。

 薬屋がなぜここへ?とも思ったが、冒険者は薬の仕入れも受け付けていることを思い出した。大方、薬を売りに来たんだろう。

 無理矢理にでも自分を納得させ、受付へ向かう。
 

「こんにちは」
「こんにちは、ご依頼ですか?依頼の受領ですか?」
「いや、この依頼の説明を聞きたくてね」
「お預かりします」


 依頼の紙を渡すと、受付嬢は手元を操作する。


「……と、この依頼の説明会がもうすぐ始まりますね。依頼人がくるようです。参加されますか?」
「お願いします」
「かしこまりました。冒険者カードをお預かりします。ありがとうございます。開始時刻は今から20分後。3階の中広場で行われます。こちらの紙を記入した後、受付に提出し、向かわれてください。」
「ありがとう」
「いってらっしゃいませ」


 受付嬢から冒険者カードと紙を受け取り、机のある方へと向かった。


「ふむ…」


 紙には、名前、役職、スキル(任意)と書かれており、下の方には後ほど依頼主が回収するとあった。

 説明会があるなら、依頼を受けたい冒険者が多かったんだろう。そして公爵は、見極めたいといったところか。任意とはあるが、これは強制だな。回復系統のスキルで、決めたいのだろう。

 男は、持っているスキルのうち、回復系統のスキルを記入し、紙を受付に預け、三階へと脚を運んだ。

 扉を開け、軽く部屋を見渡す。ざっと20人ほど。つまり、約20人があの依頼の報酬に釣られた、もしくはよっぽどの善人ってわけだ。部屋の中へと足を進める。

 その時、ざわっと空気が変わった。

 俺か?いや、俺じゃない。後ろか!

 ばっ、と後ろを振り向くと、先程すれ違ったばかりの薬屋の男が扉前に佇んでいた。何故ここに?


「はいはーい、時間なので始めますよー」


 薬屋の男の後ろから顔を覗かせたのは、下にいた受付嬢である。気がつくと、薬屋の男は俺の横をすり抜け、窓際の棚に軽く腰掛けていた。いつの間に。

 受付嬢の後ろから続いて歩いてくるのは、執事服を纏い、片目のモノクルを纏った40代くらいの男だ。件の公爵の執事であろう。


「えー、こちらの執事さんは、今回の依頼主の執事さんです。詳細は彼から。不正等ないよう、私はここで見守らせていただきますが守秘義務がありますので口出しはしません。では、どうぞ」

「……お初にお目にかかります、わたくしはオキザリス公爵家執事ザトーと申します。この度はご参加いただき、誠にありがとうございます。では、依頼内容の確認と詳細の説明を。依頼主は我が主である、オキザリス公爵閣下。依頼内容は、公爵閣下の愛娘である公爵令嬢の病のでございます。」

 
 


 

 
 
 
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