悪役令嬢は、宰相殿がお好き

山森おにぎり

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09. 悪役令嬢は、本音がお好き

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 婚約する。



 予想だにしていなかったフィアンナの文言にシルヴァン宰相は頭に石が詰まったような心地になった。



 「お、お前は、これがどういうことかわかって言っているのか?! 婚約ともなれば正式に発表し、心変わりしたとてそうそう簡単に変えることはできず、もはや婚姻したも同然なんだぞ?!」



 そう言うと、勢いよく後ろへ仰け反り、掴まれていた髪の毛を無理やり引き剥がし距離をとるシルヴァン宰相。



 その、まるで「心変わり」をするといわんばかりのシルヴァン宰相に、フィアンナは苛立った。



 「あら、婚約ってそういうものでしょ」

 けろりとして答えるフィアンナはなおもこう続ける。



 「私は貴方が婚約者であることに何の文句もありませんわ。……それとも、年の差を理由に女性に恥をかかせた挙句、国のために行われる大儀を、貴方は断ることができるのかしら」



 ぐぐ、と言葉を詰まらせるシルヴァンだったが、一歩も引くつもりはないようで、冷や汗をかいて頼みの綱とばかりにカアン国王へその口を開いた。



 「国王陛下、お考え直し下さい! 殿下をお助けするのはこの私一人で十分でございます! どうか今一つ、ご判断を!」


 なんとか笑いを必死にこらえようとしていたカアン国王は、呼びかけられたことでいつもの自分を取り戻せたのか。打って変わって、きりりとした面差を作った。



 「……む、まぁ、確かにな」



 じょりじょりと短く生えそろえられた顎髭を摩りながら、う~んと何かに悩むカアン国王。しかし、その曖昧な返事に戸惑ったのはこちらの味方だと思っていたヴィシャス公爵夫妻。



 「国王陛下……同意してどうするのです。先ほど私たちがお話したことは一体どこへいったのかしら?」


 「い、イレーナ落ち着いて……」


 カアン国王の煮え切らない態度に、背後にゴゴゴと憤怒の炎を燃え上がらせるイレーナ公爵夫人と慌てて宥めようとするアルバート公爵。



 しかし、周りの人々のことなど眼中にないのか。カアン国王はまさかの人物に匙を投げた。



 「……のう、ルカよ。お前はどう思うておるのか、一つ皆に聞かせてやれ」


 「……えっ」



 もちろん唐突に話題を振られたルカ殿下は、口ごもるばかりで何も言えるはずもない。



 「ぼ、……俺は」


 何かを言いたいのだろうがもじもじと言っていいものなのかと悩むばかりで実行に移せまいでいるルカ殿下に、フィアンナが背中を押した。



 「殿下、取り合えず言ってみたら宜しいのです! 話してみたらきっとスッキリしますわ」



 先ほどの宣言で謎の自信が沸いたのか、フンスと鼻息荒くして応援をするフィアンナに、勇気づけられてかちらりとそれぞれの顔を見るとゆっくりと話し始める。


 「…………シルヴァンが婚約したくないのに、それを、みんなで無理矢理に、話を進めるのは、どうかと思う」



 そのルカ殿下の言葉に感極まったのか花が咲くように笑うシルヴァン。



 「……殿下!私めはそう言ってくださると」

 「でも、フィアンナのシルヴァンと婚約したいっていう気持ちを蔑ろにするのもよくないと思う」

 「信じて、……ぇ」



 ぽかんと口を開けて動転するシルヴァンに構わず、カアン国王はどんどんと話を続ける。



 「ほぉ、ではどうすればいいと思う?」

 「ッ、それは……」



 またも追加された質問だが、どうすればいいのか。という漠然としすぎた内容に困ってしまうルカ王子。



 そんな様子を見かねてか、黙っていたイレーナがカアン国王へと発言した。



 「本当にどういうおつもりですの? 今ここで掘り返すような話ではないことは、貴方様が一番よくわかっているでしょう。皇太子殿下にまでこのように質問をして」




 パシリ、パシリと扇を手で叩き、憤りを感じていることを隠さないイレーナにアルバートは胃が痛くなるばかりだった。




 「いや、いや、確かに先ほどまでそう思っていたのだがな。元々、この茶会は、ルカとそちらのお嬢さんの婚約が目的の茶会であったであろう」



 「な」



 驚いた声を発したのは、ルカ殿下。
 恐らく、自分とフィアンナが婚約を計画されていたことなど夢にも思っていなかったのだろう。



 「なればこそ、ルカにも決めてもらったほうが良いとは思わんか。……別に、シルヴァンが嫌なのならば、ルカでも構わんだろう。支えるという点ではルカの婚約者でも問題あるまい」


 予想だにしていなかった会話の流れに、ヴィシャス公爵一家は顔色を悪くさせた。



 「父上、お言葉ですが、僕は!……」

 「――僕は、その続きを言ってみないか」



 ん?と威圧感をたっぷり含めたそれにすっかりルカ王子は委縮してしまう。



 「僕は……」



 このルカ殿下を責めるようなカアン国王に、ことの成り行きを見守っていたシルヴァン宰相はついぞ口を開き、ルカ殿下をかばうようにして国王の目から遠ざけた。



 「殿下! こんなことに付き合わずとも宜しいのです。陛下、殿下はひどくお疲れでございます! どうか、どうか王宮へ帰る許可を――」

 「ならぬ。お前のその甘やかしがルカをひ弱にさせるのだ。選択の時はいつでもこちらの都合関係なしに舞い降りる、今、決めねばいつ決める」


 カアン国王はぴしゃりとそういうと、シルヴァンを勢いよく押しのけ、歩みを進めると、ルカ王子の目線に合わせ膝をついた。


 「なぁ、ルカよ。此度のこの婚約騒動。あちらを立てればこちらが立たず。全くもって解決しそうのない課題だ。内輪のことだからまだいいが、いずれお前が私に代わり、王になった時。選択するということすら逃げられなくなる」



 だから。――



 「……今一度問おう。此度のこの騒動、お前はどうすればよいと思う」




 一同は静寂の中、その答えを、待った。



 「――僕は。」



 ルカ殿下は深く深呼吸をすると決心を決めた。




 「僕は、シルヴァンとフィアンナ、僕とフィアンナ。――どっちの婚約も選ばない!」



 その答えに満足げにするカアン国王。



 「ふむ、それでは」


 どちらも選ばない。
 それではヴィシャス公爵一家の気持ちを無碍にするのか。




 そうもの問おうとするカアン国王に、想像以上の結果が飛び出した。




 「――だから、どちらの気持ちを無下にしないために、フィアンナに試練を与えればいい」



 ――ほう。と誰しもが息を吐いた。



 試練。



 ……試練?



 予期せぬその言葉に、うんうんと自信ありげにそれぞれの話を聞いていたフィアンナは徐々に血相を変えていく。




 「だから」




 「だからフィアンナは、魔法学園《マジックキャッスル》の入学試験を受ければいい!」」


 



 ………………………なにゆえ?!






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