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擁立
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劉縯たちは苑城を囲んだ。だが簡単には落ちない。
それも当然で、なかなか落ちない堅城だからこそ劉縯たちは苑を欲しているのである。
また彼らは実戦を経験し実力もたくわえてきたが、城攻めはほとんど初体験だったのだ。ゆえに攻城用の兵器もさほど所持しておらず、持っていても使いこなせる兵がほとんどいない。
「荘尤らを破っておいてよかった」
劉縯は心の底から息をついた。
城を攻めるには守備側の三倍の兵が必要だと言われる。もし自分たちより優秀で数も多い荘尤と陳茂の軍が苑に立てこもっていたならどうしようもなかったろう。しかしそのおかげで現実に相手にするのは苑に残された守備兵だけである。時間をかければ素人同然の劉縯たちでも落とせることだろう。
「問題はその時間か」
劉縯は腕を組んで真剣な表情になる。
城を守る側において最も重要で必要なのは食糧と援軍である。
苑に食糧は充分あるだろう。そして新の援軍がやってくることも必至である。どれだけの兵が送りこまれてくるかわからないが、大軍であることは間違いない。
「一刻も早く落とさねば」
劉縯は表情を引き締めた。
だが王莽の援軍が到着する前に、思いもかけない難題が味方の中から沸きあがってきた。
苑攻略に心血を注いでいた劉縯は、あるとき新市や平林の首領に呼び出され「劉玄を皇帝に即位させる」と告げられたのだ。
「甄阜や梁丘賜を破ってから我が軍に帰順する者が後を絶たぬのはおぬしも知っていよう。その数はすでに十万を越えた。これだけの人数をこれまで通りあやふやなままでは治めるのは不可能だ。劉氏を立て漢を再興させ正式に王朝を建てるに如かず」
首領たちはそう主張する。
確かに十万を越える民を統制するのにある程度の地位や組織は必要かもしれない。事実、劉縯もこの時期は柱天大将軍を号して兵を統率していた。
それに劉縯も、劉氏を立てて人望をまとめようという話が諸将会議で上がっていることは知っていた。新は漢を亡ぼして成立した王朝である。その新を亡ぼすには劉氏を持つ男を皇帝として擁立し対抗させるのが、大義名分としても説得力があるのだ。そして擁立すべき劉氏として自分の名が挙がっていることも劉縯は知っていた。
「……」
劉縯としては驚くと同時に、自分の立場がいささか微妙になっていることも悟った。劉玄は劉縯にとって族兄にあたり、長幼の順からすれば彼が皇帝になるのは正しい。だが劉玄は性情に惰弱なところがあり、この難局で帝位に就かせるには不安があった。
劉縯にも野心はある。自らが皇帝となる未来を想像しなかったとまでは言わない。それゆえいま劉玄の即位に反対すれば、それは嫉妬であり私心から発せられた卑しいものと取られかねないのだ。
それでも劉縯は異見を唱えた。新市・平林の首領だけでなく、そろっている他の豪族や将軍たちにも向かって声をあげる。
「諸将軍が宗室(劉家)を尊立させたいと欲する想い、その徳の高さは幸いなることだ。しかし愚鄙(自らを謙遜して使う言葉)の意見は諸将と異にいたす。今、赤眉は青洲・徐州にあり、その数は数十万という。もし我らが南陽で皇帝を立てたと知れば、彼らも同じように別の劉氏を立てて皇帝とするに違いない。そうなれば二帝が正統を争い、劉氏の内訌となってしまう。今はまだ王莽は健在で、そのような状況で宗室同士が争うこととなれば、天下の民は劉氏の権威に疑いを持つであろう。それでは漢の正当性は損なわれ、王莽を破るどころではなくなってしまう」
赤眉とは前述したように新末後漢初の乱世を開いた叛乱勢力で、この時期の中華では最大規模のそれと言ってよかった。そんな彼らが自らの力を恃んで皇帝を擁立する可能性は大いにある。
「また真っ先に兵を挙げて天子を号するは陳勝や項籍のように終わりのよくない者が多い。我らは中華全土どころか、いまだ舂陵から苑までのわずか三百里を手に入れただけにすぎぬ。この程度の勢力でにわかに皇帝を名乗っても他の勢力の標的となるのみで、我らがそれらの攻撃に疲弊したところを他の者に利をかすめとられる結果が待つだけであろう。とてものこと得策とは言えぬ」
陳勝と項籍(項羽)とは秦末に兵を挙げた者たちで、特に陳勝は赤眉と同様、秦に対し真っ先に兵を挙げ、王を名乗って敗滅した。
そのような先例も含めた自説に豪傑たちが聞き入っているのを確認すると、劉縯はさらに続ける。
「十万を越えた兵や民を統治するためにある程度の高位を自称する必要があるのは確かだろう。ゆえにまずは帝ではなく王を称するにとどめるべし。然るにもし赤眉が擁立した皇帝が賢者ならば我らもその者に従えばよい。もし赤眉が皇帝を立てることがなければ、我らが王莽を破り赤眉を降し、そののちに皇帝を擁立しても遅くはない。願わくば、諸将、このこと深く検討していただきたい」
劉縯が言葉を結ぶと聞き入っていた豪族たちは軽く我に返り、互いに顔を見合わせる。そしてある者は沈思し、ある者は近くの男と討議をはじめた。
劉縯の言は理にかない、説得力があり、私心の入り込む余地はないように見える。それゆえ討議の方向は当初の予定と変わり始めていた。
また本来、豪族の中には劉玄ではなく劉縯を推す者も多く、彼らにしてみれば劉縯の明哲さをあらためて確認した思いでもある。
討議の場は劉縯の意見を容れる方向で固まり始めた。それに危機感を抱いたのは、もともとこの会合を開いた劉玄と、彼を推している新市・平林の首領たちである。
彼らの質は悪かった。それは彼らが劉玄を皇帝に推した理由からも察せられる。彼らは自らが権を専らにし、放縦を楽しむために劉玄を擁立しようとしているのだ。威があり明敏な劉縯では自由に操れず傀儡にはできない。しかもここで劉縯の意見が通ってしまえば彼の評価はさらに上がり、最終的には劉縯が皇帝に立てられてしまうに違いない。
「然らず!」
豪族たちの意見が劉縯のそれを「善し」としてまとまろうとしたとき、劉玄派首領の一人である張卬は立ち上がり、いきなり剣を抜くと、地を叩き撃った。その音に驚いた豪傑たちが一瞬静まり返ると、張卬は隙を突くように怒号を放った。
「そのような余計なことまで考えていて事が成せるか! この議は本日のみで決する。二度目はない!」
皇帝を立てるかどうか、立てるとすれば誰を立てるのか、それを決める討議は今日のみで二度とおこなわぬ。張卬はそう言い放ったのである。
現在の彼らの勢力はこのような会合が持たれるように合議制ではあるが、それでも上下の分は存在する。張卬らは緑林軍初期からの古参であり、新市や下江が緑林が分かれた存在である以上、彼の発言は大多数の者より影響力があった。劉縯もこの点では他の豪族と立場は同じである。それにこれ以上抗弁しては陣営の分裂が決定的になり、これまでのすべてもこれからのすべても水泡に帰してしまうだろう。
「……」
結局、張卬らの意見が通り、この年二月、劉玄は帝位に就いた。史上、更始帝と呼ばれる皇帝である。
劉縯は大司徒となり、漢信公に封じられた。
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また彼らは実戦を経験し実力もたくわえてきたが、城攻めはほとんど初体験だったのだ。ゆえに攻城用の兵器もさほど所持しておらず、持っていても使いこなせる兵がほとんどいない。
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苑に食糧は充分あるだろう。そして新の援軍がやってくることも必至である。どれだけの兵が送りこまれてくるかわからないが、大軍であることは間違いない。
「一刻も早く落とさねば」
劉縯は表情を引き締めた。
だが王莽の援軍が到着する前に、思いもかけない難題が味方の中から沸きあがってきた。
苑攻略に心血を注いでいた劉縯は、あるとき新市や平林の首領に呼び出され「劉玄を皇帝に即位させる」と告げられたのだ。
「甄阜や梁丘賜を破ってから我が軍に帰順する者が後を絶たぬのはおぬしも知っていよう。その数はすでに十万を越えた。これだけの人数をこれまで通りあやふやなままでは治めるのは不可能だ。劉氏を立て漢を再興させ正式に王朝を建てるに如かず」
首領たちはそう主張する。
確かに十万を越える民を統制するのにある程度の地位や組織は必要かもしれない。事実、劉縯もこの時期は柱天大将軍を号して兵を統率していた。
それに劉縯も、劉氏を立てて人望をまとめようという話が諸将会議で上がっていることは知っていた。新は漢を亡ぼして成立した王朝である。その新を亡ぼすには劉氏を持つ男を皇帝として擁立し対抗させるのが、大義名分としても説得力があるのだ。そして擁立すべき劉氏として自分の名が挙がっていることも劉縯は知っていた。
「……」
劉縯としては驚くと同時に、自分の立場がいささか微妙になっていることも悟った。劉玄は劉縯にとって族兄にあたり、長幼の順からすれば彼が皇帝になるのは正しい。だが劉玄は性情に惰弱なところがあり、この難局で帝位に就かせるには不安があった。
劉縯にも野心はある。自らが皇帝となる未来を想像しなかったとまでは言わない。それゆえいま劉玄の即位に反対すれば、それは嫉妬であり私心から発せられた卑しいものと取られかねないのだ。
それでも劉縯は異見を唱えた。新市・平林の首領だけでなく、そろっている他の豪族や将軍たちにも向かって声をあげる。
「諸将軍が宗室(劉家)を尊立させたいと欲する想い、その徳の高さは幸いなることだ。しかし愚鄙(自らを謙遜して使う言葉)の意見は諸将と異にいたす。今、赤眉は青洲・徐州にあり、その数は数十万という。もし我らが南陽で皇帝を立てたと知れば、彼らも同じように別の劉氏を立てて皇帝とするに違いない。そうなれば二帝が正統を争い、劉氏の内訌となってしまう。今はまだ王莽は健在で、そのような状況で宗室同士が争うこととなれば、天下の民は劉氏の権威に疑いを持つであろう。それでは漢の正当性は損なわれ、王莽を破るどころではなくなってしまう」
赤眉とは前述したように新末後漢初の乱世を開いた叛乱勢力で、この時期の中華では最大規模のそれと言ってよかった。そんな彼らが自らの力を恃んで皇帝を擁立する可能性は大いにある。
「また真っ先に兵を挙げて天子を号するは陳勝や項籍のように終わりのよくない者が多い。我らは中華全土どころか、いまだ舂陵から苑までのわずか三百里を手に入れただけにすぎぬ。この程度の勢力でにわかに皇帝を名乗っても他の勢力の標的となるのみで、我らがそれらの攻撃に疲弊したところを他の者に利をかすめとられる結果が待つだけであろう。とてものこと得策とは言えぬ」
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そのような先例も含めた自説に豪傑たちが聞き入っているのを確認すると、劉縯はさらに続ける。
「十万を越えた兵や民を統治するためにある程度の高位を自称する必要があるのは確かだろう。ゆえにまずは帝ではなく王を称するにとどめるべし。然るにもし赤眉が擁立した皇帝が賢者ならば我らもその者に従えばよい。もし赤眉が皇帝を立てることがなければ、我らが王莽を破り赤眉を降し、そののちに皇帝を擁立しても遅くはない。願わくば、諸将、このこと深く検討していただきたい」
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「然らず!」
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「そのような余計なことまで考えていて事が成せるか! この議は本日のみで決する。二度目はない!」
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「……」
結局、張卬らの意見が通り、この年二月、劉玄は帝位に就いた。史上、更始帝と呼ばれる皇帝である。
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