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第三章 敗残編
長安失陥
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鄧禹が長安を手に入れて半年近くが過ぎた。
鄧禹の軍は規律がよく、更始陣営や赤眉のような狼藉をおこなう者はまずいない。また食糧についても北地からの輸送もあって、豊富とはいえないまでも、暮らしてゆくには不自由しない程度には賄えている。完全な復興や安定には程遠いながら、今の長安は小康状態と言ってよかった。
「とはいえ、ここから先が難しい…」
長安の長として多忙を極める鄧禹は、腕を組んで考え込むことが多くなっている。確かに当初の目的通り長安の掌握には成功したが、その維持と支配を完璧にするには、三輔(長安周辺)も完全に手中にし、なおかつ司隷(首都圏)から劉秀のいる大陸東部までの領域を結びつけなければならない。
だが劉秀は今、梁を本拠地として皇帝即位を宣言した劉永と争っており、長安まで手を伸ばす余裕はない。
長安から洛陽までを鄧禹一人で網羅するのは不可能であった。
またこの時期、長安周辺で最も活発に激突を繰り返していたのは、劉嘉、李宝、そして延岑である。
この三人は本来更始帝の陣営に属していたが、主君が滅亡したため、なし崩し的に独立勢力となってしまっていた。
劉嘉はその氏名が示す通り劉氏であり、青年期に劉秀の亡き長兄・劉縯とともに長安へ遊学(留学)した仲で、劉秀にとっては族兄にあたる。性格は仁厚で、劉縯の挙兵には初期から参加しており、小長安の敗戦では妻子を喪っている。
その後は更始帝により漢中王に封ぜられ、漢中郡(長安の南にある郡)を治めていた。
延岑はもともと劉嘉に属していた将軍だが彼に叛乱。劉嘉を漢中から武都郡(漢中郡の北西にある郡)へ追い落としてしまう。
延岑はそのまま劉嘉を追撃するが、このとき、武都郡にいた李宝に迎撃され、天水郡(武都郡の北にある郡)へ逃走する羽目に陥った。
そして李宝はそのまま劉嘉の相となると、彼と共に三輔で延岑と転戦を繰り返すこととなる。
鄧禹としてはいずれ彼らと雌雄を決さなければならないが、今はその余裕がなかった。兵も長安の治安に相当数あてなければならず、打って出て彼らを攻め落とせる確信は持てなかったのだ。
またこの状況で彼らの方から攻め込まれるのも困る。たとえ長安の城門を閉じて籠城しても援軍のあてがない。救援の望みなしに籠城しても長く持ちこたえられるはずもなく、結局のところ長安を明け渡さなくてはならなくなるだろう。
つまるところ鄧禹の長安占拠は薄氷の上に維持されているに過ぎない状態だったのだ。
「だがまだ望みはある」
この苦境の中、それでも鄧禹には目算があった。
三輔を割拠する彼らにしても簡単に長安へ攻め込むことはできないはずである。そんなことをすれば長安を包囲する背中を別の陣営に襲われてしまう。
またたとえ彼らのうち誰かが長安の主となっても、常に他の誰かに狙われる状況になるのは鄧禹と変わらない。そして彼らには鄧禹と違い、劉秀のような将来の援軍のあてもないのだ。
それゆえ鄧禹としては、なるべくこの膠着状態を維持し、劉秀が劉永を撃ち破り、長安方面へ戦力を向けられる時期を待つことが重要であった。
鄧禹は疲弊していた。
表情には出さず、また自覚も薄かったかもしれないが、おそらくすでに限界に近かっただろう。
長征に出立したときに帯同した将軍はすでに半数の三人になっている。もともと突出して高い能力を持っている将たちではなかったかもしれないが、それでも総大将である鄧禹を補佐するには必要な人材だった。
それが半数になった上に残っているのは、ありていにいえば失われた三人より能力が劣る方の三人なのだ。軍事面において鄧禹の負担は増えることはあっても減ることはなく、そこへ長安の維持・防衛という政治的な分野が加わったのだから飽和状態になってもおかしくはなかった。
それゆえか、鄧禹は普段の彼ならありえない失策を犯していた。
赤眉の動向についてまったく考慮も探索もしていなかったのである。
赤眉が長安を出発して西北にある涼州へ向かったのは一月。三輔よりはるかに寒く厳しい自然にすり潰されるか、涼州を拠点としている隗囂に叩き潰されるかするだろうと安易に考えていたのだが、秋に近くなる頃、赤眉がこちらへ戻ってきていると聞き、仰天した。
「それはまことか!」
赤眉は確かに隗囂の将・楊広に撃退され、風雪にさらされ、多数の兵を喪った。もともと何の展望もなくなし崩しに西進を図っていたのだが、事破れ、敗残の集団と化しつつあった。
それでも滅亡はしなかった。それどころかいまだ鄧禹をはるかに上回る勢力を維持したまま、再度長安を目指してきているのだ。
しかしとにかく迎え撃たなくてはならない。
鄧禹は兵を派遣し、その兵は郁夷で赤眉と激突したが、大敗した。
このときの赤眉は幽鬼のように見えたかもしれない。長安を出て西へ向かい、更始帝の残党ともいうべき将軍と戦い、そこからさらに北へ向かい、大雪に遭って多数の兵をなくした。
このような無残な経験を経た彼らは疲労と絶望に心身を真っ黒に染め、それでも死にたくないという意思だけを糧に長安へ戻ってきたのだ。そんなどす黒い怨念のような士気を持つ大軍に、今の鄧禹の兵が勝てるはずもなかった。
敗報を聞いた鄧禹は苦渋のかたまりのようになった。
赤眉が弱っていると考えたことに誤りはなかった。だが敗兵の報告を聞くと、すでに赤眉の兵は人とは思えない様相を呈していたという。
「常軌を逸しているということか…」
思案のしどころだった。もし赤眉が燃え尽きる蝋燭のような状態ならば、このまま長安にたてこもっての籠城戦を選ぶこともできる。彼らは短時日で崩壊し溶けてなくなるだろう。
だが現在の赤眉は常識の枠を越えた勢いがあるらしい。そんな相手にまともな籠城が効果的だろうか。
それに籠城戦に負けて赤眉が長安へ突入してくれば、そのまま市街戦に移らざるを得ない。それではせっかく数か月をかけて復興してきた長安の街が再び荒廃してしまう。
「…退くしかないか…」
長い時間沈思していた鄧禹は、絞り出すような声でつぶやいた。長安を放棄し、撤退するということである。長征を経てようやく占拠した長安を手放すのは断腸の思いであるし、民を見捨てて逃げることでもある。
だがここで意地を張って長安に固執すれば、鄧禹軍は潰滅し、街は焼かれ、多数の民が死傷してしまうのだ。無念と無責任とにさいなまれながら、鄧禹は決断するしかなかった。
しかし撤退と言ってもこのまま劉秀のもとへ帰るわけではない。長安の近くに軍を留め、赤眉の動向を探り、機を見て再奪取をはかるのだ。赤眉が弱体化していることに違いはなく、彼らは長安を食い潰して西進したのだから、同様のことが起こる可能性は充分にある。
「長安を放棄する」
鄧禹の命令を聞いた諸将は驚き抗議するが、説明を聞かされると黙り込むしかなかった。彼らにしても今の赤眉の異様さは認識していたのだ。
「では、撤退の準備を急げ」
鄧禹は内心の無念を隠しながら諸将に再度命令を下した。
向かう先は雲陽。長安の北にあり、北道に近い左馮翊の県である。鄧禹は栒邑を根拠地に長安をうかがっていたときと同じことをしようとしているのだ。
そして建武二年(西暦26)九月、赤眉は再び長安へ入った。
鄧禹の長安占拠は、約八か月で終わった。
鄧禹の軍は規律がよく、更始陣営や赤眉のような狼藉をおこなう者はまずいない。また食糧についても北地からの輸送もあって、豊富とはいえないまでも、暮らしてゆくには不自由しない程度には賄えている。完全な復興や安定には程遠いながら、今の長安は小康状態と言ってよかった。
「とはいえ、ここから先が難しい…」
長安の長として多忙を極める鄧禹は、腕を組んで考え込むことが多くなっている。確かに当初の目的通り長安の掌握には成功したが、その維持と支配を完璧にするには、三輔(長安周辺)も完全に手中にし、なおかつ司隷(首都圏)から劉秀のいる大陸東部までの領域を結びつけなければならない。
だが劉秀は今、梁を本拠地として皇帝即位を宣言した劉永と争っており、長安まで手を伸ばす余裕はない。
長安から洛陽までを鄧禹一人で網羅するのは不可能であった。
またこの時期、長安周辺で最も活発に激突を繰り返していたのは、劉嘉、李宝、そして延岑である。
この三人は本来更始帝の陣営に属していたが、主君が滅亡したため、なし崩し的に独立勢力となってしまっていた。
劉嘉はその氏名が示す通り劉氏であり、青年期に劉秀の亡き長兄・劉縯とともに長安へ遊学(留学)した仲で、劉秀にとっては族兄にあたる。性格は仁厚で、劉縯の挙兵には初期から参加しており、小長安の敗戦では妻子を喪っている。
その後は更始帝により漢中王に封ぜられ、漢中郡(長安の南にある郡)を治めていた。
延岑はもともと劉嘉に属していた将軍だが彼に叛乱。劉嘉を漢中から武都郡(漢中郡の北西にある郡)へ追い落としてしまう。
延岑はそのまま劉嘉を追撃するが、このとき、武都郡にいた李宝に迎撃され、天水郡(武都郡の北にある郡)へ逃走する羽目に陥った。
そして李宝はそのまま劉嘉の相となると、彼と共に三輔で延岑と転戦を繰り返すこととなる。
鄧禹としてはいずれ彼らと雌雄を決さなければならないが、今はその余裕がなかった。兵も長安の治安に相当数あてなければならず、打って出て彼らを攻め落とせる確信は持てなかったのだ。
またこの状況で彼らの方から攻め込まれるのも困る。たとえ長安の城門を閉じて籠城しても援軍のあてがない。救援の望みなしに籠城しても長く持ちこたえられるはずもなく、結局のところ長安を明け渡さなくてはならなくなるだろう。
つまるところ鄧禹の長安占拠は薄氷の上に維持されているに過ぎない状態だったのだ。
「だがまだ望みはある」
この苦境の中、それでも鄧禹には目算があった。
三輔を割拠する彼らにしても簡単に長安へ攻め込むことはできないはずである。そんなことをすれば長安を包囲する背中を別の陣営に襲われてしまう。
またたとえ彼らのうち誰かが長安の主となっても、常に他の誰かに狙われる状況になるのは鄧禹と変わらない。そして彼らには鄧禹と違い、劉秀のような将来の援軍のあてもないのだ。
それゆえ鄧禹としては、なるべくこの膠着状態を維持し、劉秀が劉永を撃ち破り、長安方面へ戦力を向けられる時期を待つことが重要であった。
鄧禹は疲弊していた。
表情には出さず、また自覚も薄かったかもしれないが、おそらくすでに限界に近かっただろう。
長征に出立したときに帯同した将軍はすでに半数の三人になっている。もともと突出して高い能力を持っている将たちではなかったかもしれないが、それでも総大将である鄧禹を補佐するには必要な人材だった。
それが半数になった上に残っているのは、ありていにいえば失われた三人より能力が劣る方の三人なのだ。軍事面において鄧禹の負担は増えることはあっても減ることはなく、そこへ長安の維持・防衛という政治的な分野が加わったのだから飽和状態になってもおかしくはなかった。
それゆえか、鄧禹は普段の彼ならありえない失策を犯していた。
赤眉の動向についてまったく考慮も探索もしていなかったのである。
赤眉が長安を出発して西北にある涼州へ向かったのは一月。三輔よりはるかに寒く厳しい自然にすり潰されるか、涼州を拠点としている隗囂に叩き潰されるかするだろうと安易に考えていたのだが、秋に近くなる頃、赤眉がこちらへ戻ってきていると聞き、仰天した。
「それはまことか!」
赤眉は確かに隗囂の将・楊広に撃退され、風雪にさらされ、多数の兵を喪った。もともと何の展望もなくなし崩しに西進を図っていたのだが、事破れ、敗残の集団と化しつつあった。
それでも滅亡はしなかった。それどころかいまだ鄧禹をはるかに上回る勢力を維持したまま、再度長安を目指してきているのだ。
しかしとにかく迎え撃たなくてはならない。
鄧禹は兵を派遣し、その兵は郁夷で赤眉と激突したが、大敗した。
このときの赤眉は幽鬼のように見えたかもしれない。長安を出て西へ向かい、更始帝の残党ともいうべき将軍と戦い、そこからさらに北へ向かい、大雪に遭って多数の兵をなくした。
このような無残な経験を経た彼らは疲労と絶望に心身を真っ黒に染め、それでも死にたくないという意思だけを糧に長安へ戻ってきたのだ。そんなどす黒い怨念のような士気を持つ大軍に、今の鄧禹の兵が勝てるはずもなかった。
敗報を聞いた鄧禹は苦渋のかたまりのようになった。
赤眉が弱っていると考えたことに誤りはなかった。だが敗兵の報告を聞くと、すでに赤眉の兵は人とは思えない様相を呈していたという。
「常軌を逸しているということか…」
思案のしどころだった。もし赤眉が燃え尽きる蝋燭のような状態ならば、このまま長安にたてこもっての籠城戦を選ぶこともできる。彼らは短時日で崩壊し溶けてなくなるだろう。
だが現在の赤眉は常識の枠を越えた勢いがあるらしい。そんな相手にまともな籠城が効果的だろうか。
それに籠城戦に負けて赤眉が長安へ突入してくれば、そのまま市街戦に移らざるを得ない。それではせっかく数か月をかけて復興してきた長安の街が再び荒廃してしまう。
「…退くしかないか…」
長い時間沈思していた鄧禹は、絞り出すような声でつぶやいた。長安を放棄し、撤退するということである。長征を経てようやく占拠した長安を手放すのは断腸の思いであるし、民を見捨てて逃げることでもある。
だがここで意地を張って長安に固執すれば、鄧禹軍は潰滅し、街は焼かれ、多数の民が死傷してしまうのだ。無念と無責任とにさいなまれながら、鄧禹は決断するしかなかった。
しかし撤退と言ってもこのまま劉秀のもとへ帰るわけではない。長安の近くに軍を留め、赤眉の動向を探り、機を見て再奪取をはかるのだ。赤眉が弱体化していることに違いはなく、彼らは長安を食い潰して西進したのだから、同様のことが起こる可能性は充分にある。
「長安を放棄する」
鄧禹の命令を聞いた諸将は驚き抗議するが、説明を聞かされると黙り込むしかなかった。彼らにしても今の赤眉の異様さは認識していたのだ。
「では、撤退の準備を急げ」
鄧禹は内心の無念を隠しながら諸将に再度命令を下した。
向かう先は雲陽。長安の北にあり、北道に近い左馮翊の県である。鄧禹は栒邑を根拠地に長安をうかがっていたときと同じことをしようとしているのだ。
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(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
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