上 下
27 / 29

26話 優しい笑顔

しおりを挟む


 突然、桐谷先生が後ろで倒れた。驚いて振り返るとそこには高橋が立っていた。奴は手にワインボトルを握っていた。彼女はあれで殴られたのか。

「まったく……おまえも四葉も余計なことをしてくれる」

 私は椅子から立ち上がり奴を睨み付けた。足元には先生が頭から血を流して倒れている。私は見えないよう、後ろ手にテーブルの上に手を伸ばした。

「話は全部聞いてたよ。どいつもこいつもちょっと優しくしただけで調子に乗りやがる。そのくせ簡単に裏切りやがって……」

「裏切ったのはおまえだっ! お姉ちゃんも桐谷先生も……おまえが傷つけたっ!」

「うるさいっ! おれは彼女達が望むものを与えただけだ。それのどこが悪い?」

「どこまでも腐ってる……でもそれも終わりだ。この動画をネットに晒しておまえの本性を暴いてやる!」

 私はスマホ大袈裟に掲げる。奴は顔色を変え私に襲い掛かってきた。ワインボトルが鈍い音を立て床に転がった。

「そんなことさせるかっ! 寄こせっ!」

 逃げようとするが私は髪を引っ張られ床に倒れ込んだ。その拍子にスマホが落ち、床の上を滑っていく。

 奴は私の体を抑えつけ馬乗りになる。そして薄笑いを浮かべ私を見下ろした。

「これは立派な正当防衛だ。おれは脅されてるんだからな。筋書きはこうだ。おれは恋人と浮気相手の言い争いに巻き込まれた。二人を必死に止めたが突然殴り合いを始めた。そしておまえは四葉を殴り殺したことで動揺しベランダから飛び降りる。まるで姉を追いかけるようにな」

 くっくっと奴は笑った。そして前屈まえかがみになって私に顔を近付けた。奴が吐き出す生温かい息が顔に掛かる。それでも私は目を逸らさずに奴を睨んだ。

「やっと愛伊香に会えるじゃないか! おれがその願いを叶えてあげるよ!」
 
 唾を撒き散らしながら奴は叫んだ。その時、私は隠し持っていたフォークを思いっ切り奴の目に突き立てた。

「うぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」

 奴は顔を抑え後ろへと倒れ込んだ。

「痛ぇぇえええええ! ひぃっひぃっ、目…目がぁぁあああーーー!」

 奴の左目からはだらだらと血が流れ始めた。床を転がりのた打ち回っている。
 
 私は体を起こし急いで桐谷先生へと近づいた。

「先生っ! 先生っ!」

 声を掛けるが反応がない。ここは一旦外に出て助けを呼ぼう。そう思って立ち上がろうとした時、後ろから髪を強く引っ張られた。床に激しく叩きつけられ、奴が再び馬乗りになってきた。

「ふざけやがってぇぇっ! 殺してやるっ!」

 奴の手が首に食い込む。息ができなくなり、意識が遠のいていく……

 
 薄れていく意識の中でお姉ちゃんの笑顔が浮かんだ――



「バリィィィーーンン!!!」


 ガラスが割れるような激しい音と共に奴の手が首から離れる。奴の体は真横にドサッと倒れた。目の前には割れたワインボトルを持った桐谷先生がよろめきながら立っていた。


「はぁはぁ……私のかわいい生徒に何してくれてんのよっ!!」 

「ゲホッッ! ゲホッ!」

「大丈夫!? 祐加理ちゃん!!」

 先生は慌てて私に近寄るとそっと抱き起してくれた。私はゆっくり少しずつ息をした。高橋は床に突っ伏していた。どうやら気を失ったみたいだ。


「先生こそ……大丈夫ですか? 血が出てます」

「平気平気! あんなひょろひょろした奴に殴られたってたいしたことないわ」

 
 額から血を流しながらも彼女はにこっと笑った。

 その優しい笑顔は、小さい頃いじめっ子から守ってくれた時のお姉ちゃんと同じだった。

 私は先生に思い切り抱きついた。目からは涙が止めどなく溢れてくる。


「うぅ……先生……せんせぇいーー! ありがとう! ありがとぉーー!」
 
 先生は私をゆっくり抱きしめ、頭を撫でてくれた。

 その暖かさはまるでお姉ちゃんのようだった。



 ありがとう――愛伊香お姉ちゃん。

   
   
 
 私はお姉ちゃんの妹でとっても幸せだったよ。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

竜人王の伴侶

朧霧
恋愛
竜の血を継ぐ国王の物語 国王アルフレッドが伴侶に出会い主人公男性目線で話が進みます 作者独自の世界観ですのでご都合主義です 過去に作成したものを誤字などをチェックして投稿いたしますので不定期更新となります(誤字、脱字はできるだけ注意いたしますがご容赦ください) 40話前後で完結予定です 拙い文章ですが、お好みでしたらよろしければご覧ください 4/4にて完結しました ご覧いただきありがとうございました

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

処理中です...