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7話 ヒント

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 不敵に笑う彼女をしばし呆然と見つめていた。ふと我に返り、彼女に顔を近づけると二人にしか聞こえないように小声で叫んだ。

「あなたねぇ、あなたはまだ未成年でしょ! ましてや彼は教師なのよ! それに――」

「先生は彼と付き合ってるんですよね? 彼から聞きました」

 私の言葉を遮り淡々と喋り始めた。私は思わず彼女を睨みつけた。しかし怯む様子もなく彼女は話を続ける。

「誘ってきたのは彼の方からです。何度か音楽室に呼び出されて。最初に体の関係を持ったのは去年の夏休み頃です」

 視線を外すことなくまっすぐに私を見て彼女は言った。彼女の口から吐き出される言葉が私の心を抉っていく。

 去年の夏休みと言えばもちろん文化祭の前だ。彼女と修哉との関係は私よりも先にすでに始まっていたということになる。となると浮気相手は私なのか?
二股を掛けるつもりで私と付き合ったのか?

 辛い時に励ましてくれたあの笑顔。一緒に喜んでくれたあの涙。
そして幸せに包まれた二人の初めての夜。

 あれは全て偽りだったのか? 彼の今までの行動全てに疑問が湧いてくる。
そして昨日見たあの光景。彼は平気な顔で私をずっと騙していた。
ほんの僅かに残っていた彼への愛は消えて無くなりそうになっていた。

 今にも涙が出そうだった。でも生徒の前で泣く訳にはいかない、ましてや彼女の前では。

 顔を見られないよう俯いて、荒くなった呼吸を必死に整える。
だが彼女が次に発した言葉は更なる混乱を私にもたらした。

「桐谷先生、私は彼の事は好きじゃありません。むしろ死ぬほど嫌いです」

 そう言われて私はハッと顔をあげる。一体どういう事? 
それは言葉にしなくともその表情で彼女に伝わった。

 彼女はニコリと微笑むと人差し指をピンと立てた。

「じゃあいろいろ頑張ってる先生にご褒美でヒントをあげます」

 彼女はゆっくりと立ち上がり顔を私に近づける。

「高橋先生が前にいた学校を調べてみてください」

 彼女は私の耳元でそう囁いた。
その言葉の意味がわからず、私は彼女を見つめ呆然と立っていた。
すると城山さんはお昼を買いに行くと言って図書室を出て行った。



 私は腕組みしながら職員室へと続く廊下を歩いていた。修哉の前の学校は確か隣の県だったはずだ。彼が何かしらの不祥事を起こしたという話は聞いたことがない。

 なぜ城山さんが前の学校の修哉を知っているのか。なぜ彼を死ぬほど嫌いなのか。なぜ嫌いな人間とあんな行為をしているのか。

 答えの見えない疑問が次々と湧いてくる。頭をひねりながら歩いていると少し先の教室から女子の大きな笑い声が聞こえてきた。

 その声はどこか聞き覚えがあった。――この笑い声は春香ちゃんかな?

 去年担任をしていた一年C組の生徒だった雨宮春香。厳しいミュージカルの練習でクラスの雰囲気が度々悪くなった。そんな時、彼女は元気を振りまくムードメーカーだった。天真爛漫な彼女には私も何度か助けられた。今は城山さんと同じ2年B組の生徒だ。

「こんにちは春香ちゃん。休みなのに学校にいるなんて珍しいね~」

「あ~桐谷っちじゃん! ハロ~~」

 彼女は二人の生徒と一緒にお昼ご飯を食べていた。ピンクのメッシュの大道寺だいどうじさんと銀髪ギャルの伊集院いじゅういんさん。どちらも名家のお嬢様らしい。

「なんかーうちら数学の成績やばいみたいで~赤点取らないよう特別授業だーとか言って呼び出された~ひどくない?」

「うちらじゃなくて、あんただけだし」

 大道寺さんはだらりと両足を広げ、サンドイッチをかじっていた。
そーそー道連れにしたの~と、春香ちゃんは机に座り笑いながら足をバタバタさせている。

「ちょっと、パンツ見えてるよ春香ちゃん。そうよねぇ、大道寺さんと伊集院さんはは成績上位だもんね」

 春香ちゃん以外の二人を交互に見ながら私は笑った。
その時、伊集院さんがふっと笑ったように見えた。って今笑ったよね?
そう、滅多に笑わない伊集院薫子いじゅういんかおるこさんは氷の令嬢と呼ばれている。

「んで、さっき言ってたおもしろい話ってなに?」

「そーそー! 違う高校の友達から聞いたんだけど~放課後に個別指導とか言って、音楽室に呼ばれるらしいんだ~」

「それ前に聞いたし。しかも美術室って言ってたよ春香」

 あれそうだっけーと頭をこつんとする春香ちゃん。
その時ふと、放課後、個別指導、音楽室というワードが私に昨日の光景を思い出させた。私は春香ちゃんに近づくと彼女の腕を思わず掴んだ。

「その話詳しく聞かせて!」

 彼女は驚き目をぱちくりさせていた。


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