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50話 冬の青空と
しおりを挟む澄み切った青空に乾いた風の音が鳴り響いていた。
私の横を歩くセオリンが顔にカイロを当てながら真っ白な息を吐いている。
「いいな~私も持ってくればよかった。ホッカイロ」
「こういう場所はきっと寒いだろうと思いまして。貸しませんよ」
奪い取られてなるものかと、彼女はわずかに背を向けた。時折見せる彼女の子供っぽい仕草。私は思わずくすりと笑った。
しばらく歩くと目的の場所に辿り着いた。私は持ってきた花束を墓石の前にそっと手向けた。瀬織ちゃんが線香に火を点けるとほのかに煙の匂いが鼻をついた。
二人でお墓に向かい手を合わせる。しばらく目を閉じているとセオリンの小さな声が聞こえてきた。
「犯人は無事捕まりました……あなたの無念、少しは晴らせたでしょうか?」
冷たく吹きつけていた風が少し穏やかになったような気がした。その時後ろの方から声を掛けられた。
「来て頂いてたんですね」
振り返るとピンクのかすみ草の花束を持った男性が一人、そこに立っていた。私たちが軽く会釈をすると、少し顔を綻ばせながらこちらへ歩いて来た。すでに置いてあった花束の横に、同じピンクのかすみ草が並べられる。
しゃがみ込んで長いこと手を合わせる彼を、私たちは静かに見守っていた。涙を堪えているのか、彼の肩はわずかに震えていた。
犯人は捕まったが彼女が戻って来ることは決してない。残された人の悲しみが消えることなんてこの先ずっとないのかもしれない。願わくば彼の心の傷が少しでも癒えますように……そんな思いを馳せながら私は冬の青空を見上げていた。
刺された傷もすっかり完治し、僕はようやく退院の日を迎えた。今日メアリーは学校が忙しいらしく残念ながらお出迎えには誰もいない。
思えばここ最近、立て続けに病院のお世話になっている。やっと頬の傷が治ったと思えば、今度はお腹に刺し傷。いつから僕はこんなワイルドな男になってしまったのだろうか……。
何事もなく無事にメアリー宅へと帰還した僕は玄関のドアを開けた。「ただいまー」と声を掛けるが当然のごとく室内は静まり返っている。メアリーが帰ってくるまでゆっくりしてよう、などと考えながらリビングの扉を開けた時だった――
「コウヤっち退院おめでとーー!!!」
クラッカーがパァーンと鳴らされ笑顔のメアリーが駆け寄ってきた。部屋の中はまるでお誕生日会のように飾り付けされていた。続けざまにクラッカーが鳴り、「おめでとう」の声が次々に聞こえてきた。
鳳月さんに孔雀さん。西田くんに真綸ちゃんとそこにはみんなが勢ぞろいしていた。
「椋木さん、退院おめでとうございます」
笑顔の瀬織ちゃんが僕に花束を渡してきた。それを受け取りながら、僕は思わず涙ぐんでしまった。
「ちょっとコウヤっち! なんで泣いてるの!?」
「だって……こんな盛大にお祝いしてもらえるなんて思ってもなかったから」
困ったような顔をしながらメアリーは笑った。鼻水まで垂らしている僕に鳳月さんがティッシュを差し出す。
「そんなに喜んでくれるならやってよかったわー。でも本当はこれ、クリスマスパーティーも兼ねてるのー」
おほほと口を押えながら鳳月さんは笑っていた。確かによく見ればみんなクリスマスっぽい衣装を着ている。てっきりサンタは西田くんがやっているかと思えば、どうやら彼はトナカイ役のようだった。
キョロキョロと部屋の中を見渡していると、リビングの奥からサンタの格好をした人物がのそのそと歩いて来た。彫りの深い顔立ちは白い付け眉と付け髭が妙に似合っていた。
「やあ! 君がコウヤくんだね! はじめまして、メアリーの父です」
そう言いながら彼は大きな手を差し出してきた。そういえばメアリーのお父さんはアメリカ人だった。サンタの衣装が似合うのも頷ける。
「は、はじめまして。椋木光矢です」
僕が握手をするとぎゅっと思い切り握り返された。心なしか目が笑ってないような気もする……。
「ちょっとパパ! いい加減その付け髭取ってよ!」
「ああ、すまんすまん」
メアリーパパが笑いながら付け髭と帽子を脱いだ。改めてその顔を見た瞬間、僕は思わず驚きの声を上げた。
「まっ! マテウスさん!?」
そこにいるのは紛れもなく、あのドイツ人の発明家、自称エジソンの生まれ変わりのマテウスさん本人だった。
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