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45話 負の連鎖

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 しばらくその男は口を半開きにしながらキョロキョロと目を動かしていた。そして犯人たちが逃げたのか、それを追いかけるように目線が動く。そして男は何か思い出したようにハッとするとルームミラーの横に付けてあったドライブレコーダーを操作し始めた。

「事故の瞬間が映ってましたね」

 瀬織ちゃんが眼鏡をくいっと上げた。男はドライブレコーダーを巻き戻して見ているようだった。その時、男の車の横を事故を通報した帝タクシーが通り過ぎる。それを見た男は急いでエンジンをかけ車を動かす。そしてそのまま犯人たちと同じ方向へと走り去った。

「これは犯人を追いかけたってことか?」

 孔雀さんが誰に向けたわけでもなく独り言のように言った。次に口を開いたのはメアリーだった。

「おそらくは……でも犯人は捕まっていない。途中で見失ったとしても事故の映像を警察に届ければ確実な証拠となるはず」

強請ゆすりですかね?」

 首をひねっていた大人三人の視線が瀬織ちゃんに集まった。彼女はすでに事件の全貌が見えているかのように淡々と話を続けた。

「男のドライブレコーダーには事故の瞬間が映っていた。男は犯人を追跡し接触。事故映像を渡す代わりに金銭を受け取った。そんなところでしょうか」

 「うーん」と、聞いていた僕たちは三者三様にそれぞれ頷いた。確かにその推理だとこの事故が未解決なのも納得がいく。どうやらメアリーもその意見に賛成のようだった。

「それだと辻褄が合うわね。よし! じゃあとりあえず犯人を追ってみましょう」

「おっしゃ! じゃあ三人共車に乗ってくれ。今日は貸し切りだ」


 孔雀さん、お仕事の方はいいのだろうか? と思いつつも僕らはナクトを使い、事故当日の犯人の追跡を開始した。




「ちっ!」

 メールの内容を見ておれは思わず舌打ちした。ちょうどソファーに腰を下ろそうとしていた妻の和美が一瞬その動き止め、眉をひそめながらおれに訊いてきた。

「拓真くん、どうしたの?」
 
「いや、なんでもない」

 おれはメール画面を閉じてスマホをテーブルに置いた。妻は「そう」と一言だけ言うとスマホをいじり始めた。
 
 結婚して半年。夫婦仲は特段悪い訳ではないがラブラブという訳でもない。和美はおれが務める会社の社長令嬢。上司の仲介で付き合い始め、二年という交際期間を経て結婚。会社は和美の兄が継ぐ予定なのでおれは婿養子になるとかではなかった。それでも将来的な安定を狙い打算で結婚したのは否定しない。

「ちょっとタバコ吸ってくる」

 おれは立ち上がり自分の部屋へと向かった。椅子に座りタバコに火を点けるとさっきのメールを改めて読み返す。差出人は木下という男。内容は一千万用意しろというものだった。メールには動画ファイルが添付されていた。大方予想はつくがおれはその動画を開いた。

「あの野郎ぉ……コピーしてやがったのか」

 おれはタバコのフィルターを思わずぎりぎりと噛んだ。動画には一年前におれがひき逃げをした様子がはっきりと映っていた。


 あの日、おれは浮気相手の友香を自宅まで送っている途中だった。少し酒も入っていた。人を撥ねた瞬間は頭が真っ白になった。おれが駆け寄った時、女性はまだ息をしていた。すぐに救急車を呼んでいれば助かったかもしれない。だが動揺していたおれは友香の「逃げよう」の言葉に従った。

 あの時はああするしか他はなかったんだ。事故を起こしたとなれば浮気していたこともばれてしまう。会社だってクビになっただろう。あんなミスで全てを失う訳にはいかなかった。


 おれはすぐに知り合いに頼んで車をスクラップにした。当時まだ婚約者だった和美には少し疑われたがなんとか誤魔化せた。幸運なことに事故の目撃者はおらず、監視カメラにも映っていなかった。しばらくしても警察の捜査がおれに及ぶことはなかった。


 しかし事故から一ヶ月が経った頃、木下がおれの前に現れた。いきなり街中で声を掛けてきたあいつはニヤニヤ笑いながら喋り始めた。

「新城さんですよね? あの赤い車はもう乗ってないんですか?」

 まさか目撃者か? と思ったが実際はそれ以上だった。奴は事故瞬間の映像を見せると五百万で買い取れと言ってきた。おれはその要求を呑むより他に道はなかった。

 それで万事解決したはずだった。あの事故も闇に葬られ、おれは平穏な生活を取り戻したはずだった。だが奴は再びおれの前に現れた。

 おれはタバコを乱暴に消すと電話を掛けた。

「もしもし、友香か。あいつがまた脅してきやがった。……ああ、そうだ。おれのこと舐めてやがる。ヤッちまうからおまえも手伝え」

 おれは電話を切り、それから木下に受け渡しの段取りをメールで送った。




 一週間後、おれが友香の部屋に入ると両手に手錠をかけられた木下が怯えた表情で震えていた。

「よお、久し振りだなぁ。プレイは楽しかったか?」

 おれが笑いかけながらそう言うと、猿ぐつわをはめられた木下はただウゴウゴと何か唸っていた。

「何言ってっかわかんねーよ!」

 おれは腹を思いっきり蹴り上げた。奴は悶絶打ちながらだらだらと涎を垂らしていた。

「ちょっと! 怪我させちゃダメだって言ったのタクマでしょ!?」

 女王様姿の友香がおれにそう叫んだ。

「そうだそうだ。自殺に見せかけるんだったな。それにしても似合ってるなおまえ。せっかくだから最後にこいつに良いもん見せてやろう」

 そう言っておれは木下の目の前で友香を四つん這いにならせた。







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