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31話 希望か絶望か
しおりを挟む孔雀タクシーは環状線をひた走っていた。途中、反対車線で事故があったらしくパトカーが何台が停まっていた。少しスピードを落として見たが事故を起こしていたのは黒い車ではなかった。
『孔雀さん。例の車を見たって連絡が入りました』
無線から聞こえてきた声に孔雀さんがマイクを握った。
「本当か!? 場所は?」
『平和島の方です。京急の駅の――』
わりと細かい場所を伝えているようで無線相手が説明し終わるまで孔雀さんは何度も頷いていた。
「了解した。ありがとよ。ところで警察から捜査の協力要請なんかは来てるか?」
『いえ今のところはなにも』
無線を終えてすぐ、今度は僕のスマホが鳴る。画面に表示されたのは西田くんの名前だった。それに気付いた瀬織ちゃんが僕の方へと向き直る。
「もしもし西田くん。警察の方はどうだった?」
『それがようやく解放されて……解放されたというか放置されたというか』
「どういうこと?」
西田くんが言うには、最初警察はメアリーが連れ去られたのは痴話喧嘩の類かと思っていたそうだ。確かに僕とメアリー、僕と天助の関係性を聞いたらそう捉えられなくもない。ところがメアリーの母親の名前を出した瞬間、顔色が変わったという。
『なんか鑑識課の女帝らしいですよ』
まだ会ったことはないけど、メアリーを見ているとなんとなくわからなくもない。僕が変に納得していると、横から瀬織ちゃんがスマホに向かって話しかけた。
「では本格的な捜査が始まったと見ていいんですね?」
『ええ、みんな血相変えてましたから。今はパトカーが一台だけ残ってます』
「じゃあ今私たちが向かっている場所を警察に伝えてもらっていいですか?」
先程聞いた黒い車の目撃地点を西田くんに伝えてから電話を切った。僕らの会話を聞いていた孔雀さんがわずかに横を向きながら言った。
「いずれにせよ平和島に着くのはおれたちが早いだろうよ。いいかお嬢ちゃんたち。くれぐれも危ない真似だけはしちゃ駄目だぜ。あくまで行き先を突き止めるのが先決だ。そっから先は警察の領分だからな」
「はい、もちろんです」
「わかりました」
二人でほぼ同時に答えた。さすがの瀬織ちゃんもそこまで無茶はしないだろう。でもスニーカーの靴紐を結び直しているのは気のせいだろうか……。
「あの瀬織ちゃん? その……突撃とかしないよね?」
「はい。備えあれば憂いなし。これは転ばぬ先の杖みたいなものです」
靴紐をキュッと結び終え、彼女はニッコリと微笑んだ。
車が速度を落とし、シャッターが上がるような音が聞こえた。やがて車のエンジンが止まり、なにやら人の話し声がトランクの中にいる私にまで聞こえてきた。
単独犯だと思ったがどうやら仲間がいるらしい。となるとここはアジトのような場所なのか? シャッターがあるということはガレージみたいな所だろうか?
その時トランクのロックがかちゃりと外れる音がした。私は目を閉じまだ麻酔が効いている振りをした。
「なんだよ、まだ寝てるじゃねーか。量が多かったんじゃねえか?」
「麻酔なんて初めて使ったからな。どんくらい打てばいいかなんてわかんねーよ」
ケラケラと笑う声に腸が煮えくり返る。糞素人が麻酔薬なんか使いやがって。過剰投与で死んでたらどうする気だ。
そしてそんな思いと同時にひとつの懸念が生じる。麻酔薬はそう簡単に手に入るものじゃない。こいつらは一体何者なのか? 半グレかもしくはそれに近いグループか?
いずれにせよ非常にまずい状況だ。私が行方不明になったと誰かが気付くのにどれくらいかかるだろう? 母さんが早く帰ったとしても、私が遅くに帰ることもままある。早くて日付が変わる時間。もしかしたら母さんは寝てしまい翌朝になるかもしれない。
それでも果たしてこの男に辿り着けるか? でもコウヤっちならきっと……。
“Plan for the worst, hope for the best.”
今は最悪に備え最善を望むより他ない。まずは自力での脱出を考えよう。
「それよりほんとに極上な女だなぁ。どこで見つけたんだ?」
「まぁちょっとな。それより本当に売れるんだろうな?」
「ああ大丈夫だ。そのルートはおれにも当てがある。これなら高く売れるだろう。しっかしほんとイイ女だなぁ。売る前におれらも少し楽しむか」
下衆な言葉の数々に思わず体が震えそうになる。
落ち着け。怒りを鎮めろ。そして怯えるな。
「とりあえずこいつの目が覚めるまで一発キメとくか? いいのが入ってるぜ」
「そいつはいいな。最近使い過ぎてちょうど切らしてたんだ」
バタンと再びトランクが閉められる。閉まる直前、私は薄目を開け周囲を見た。近くにいたのは二人。そしてかすかだがリフトに載せられた自動車が見えた。オイルの臭いもしていたから、おそらくここは自動車修理工場とかだろう。
「まずはこのトランクから脱出しないと……」
男たちの声が遠くなるのを待って、私は走行中に切れる寸前まで削っていた手の結束バンドを引き千切った。
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