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25話 セオリー通り
しおりを挟むカフェに入ると彼女はチャイとミルクレープを注文し、商品を受け取ると少しにやつきながら空いてるテーブル席へと座った。僕も急いで追いかけ彼女の正面の席に腰を下ろす。
「改めてさっきは本当にありがとう。僕は椋木光矢。よかったら名前教えてもらえるかな?」
「私は西宮瀬織、高校一年です。友達からはセオリーの愛称で親しまれてます」
「……僕も愛称で呼んだ方がいいのかな?」
「お好きにどうぞ」
すでに彼女の意識はミルクレープに支配されていた。口に入れる瞬間、ちょっとだけ微笑む顔がなによりの証拠だ。三つ編みに眼鏡と一見地味に見えるが、よーく見るとかなりの美少女ではないだろうか? メアリーとは違って大和撫子といった風な感じだ。
「そういえばセオリーは駅員室で何をしてたの?」
言ってから気が付いたがセオリーとメアリーはちょっとかぶってる。やっぱりちゃん付けにしよう、と思いながら僕は彼女の答えを待った。
「とても大切な物を失くしてしまい、遺失物で届いてないか聞いてたんです」
「大切な物? お財布とかじゃないよね?」
「祖母からもらったお守りです。カバンに付けてたけど見当たらなくて。こう見えて実はどうしようかと途方に暮れています」
「そんなに大事な物なんだ……」
「はい。私おばあちゃん子でしたから。GPSでも入れとけばよかった……」
相当落ち込んでいるのだろう。ミルクレープを食べる手が止まってしまった。これは恩に報いるチャンスだろう。彼女にはなぜかナクトの秘密を明かしてもいいような気がした。
「よかったら探すの手伝わせてもらえないかな? 君は超常現象とか信じるかい?」
彼女はすっと顔を上げ、眼鏡をくいっと持ち上げる。キランと光る眼鏡のレンズ。そのまた奥の瞳が更にキラリと光った。
「ものにもよりけりですが。椋木さんはダウジング使いとかですか?」
「なんか新手の敵キャラみたいだね……。実は僕は発明家でね。最近もの凄い発明品を作ってしまったんだ」
「………………ごちそうさまでした」
「ちょちょーっと待って! ほんとにほんとなんだよ!」
すっくと立ち上がる彼女をなんとか宥めすかし椅子に座らせる。僕はナクトを取り出し周囲を窺う。相変わらず怪訝そうな顔でこっちを見ている彼女に構うことなく、やや声を落として説明した。
「ん~いまいち信じられませんねぇ。物質が見た映像というのが……」
「そうだよね。まあ百聞は一見に如かずだから。ちょっと見てて」
僕はナクトの時間を1時間程前に合わせた。そしてカメラを起動して自分の服の袖あたりに押し付けた。すると先程の駅員室の様子が映し出される。僕とスーツの男が言い争っているあたりだ。僕の姿は見えないが、激昂している男の顔が袖の視点から見えていた。
「わっ、ほんとにさっき見たやつだ。あっ私も映ってる」
ナクトの画面には僕らの様子を見ている彼女が端の方に映っていた。しかもなぜかくすくすと笑っているように見える。
「せおりちゃん、なんか笑ってない?」
「はい笑ってました」
「理由をお聞きしても?」
「事情は察してたんですが、揉めてるお二人が被害女性の方を取り合ってるように見えたんです。それで勝手にストーリーを想像してたら、結局二人共振られて最後は泣きながら慰め合うというオチでした。だから可笑しくって」
「えっと……想像力が豊なのかな?」
「頭の回転は早いとよく言われますね」
確かに彼女は返しも早い。興奮モードのメアリーと一度対峙させてみたいものだ。とりあえずナクトの性能はわかってもらえたようなので早速本題に入った。
「お守りをいつ失くしたのかはわかる? 大体の時間でいいんだけど」
「授業が終わって教室を出る時はちゃんとカバンについてました。失くしたことに気付いたのが電車の中だったので、時間は午後3時半から5時くらいの間でしょうか?
お守りを結んでいた紐は最近替えたばかりなので落としたとは考えにくい。盗まれたと仮定すると私がカバンを手に持っていなかった時間。おそらく図書室にいた3時半から4時半の間が最も怪しいです。とりわけ、クラスメイトにお勧めの本を教えて欲しいと頼まれた時が、カバンから最も長い間離れていました。その時間が4時12分です」
「……随分正確な時間だね」
「ちらりと時計を見ましたから。私、捨て目が利くんです」
「捨て目?」
「目に入るものを広く心に留めておくことです。もちろん耳から入る情報も」
「ま、まるで名探偵コナ――」
「それだけにお守りを失くしたことに気付くのが遅れたことが悔やまれます。でも後悔臍を噛む。今は犯人探しに注力しましょう。ナクトをお借りしてもいいですか?」
「はい喜んで」
彼女はナクトを受け取ると時間を4時10分に合わせた。カメラを起動させカバンの横の方に当てる。するとフレームいっぱいにお守りが映し出された。そのままお守り全体が見える角度に少しずらして様子を見る。しばらくするとお守りが引っ張られるようにして画面から消えた。その行方を追いかけるように彼女はナクトを動かす。
「おもしろいですね。まるで物自体がカメラのレンズみたい」
ゲームに夢中の子供のように、彼女はにこにこしながら画面を見ていた。しかしその顔が突如として曇る。ナクトの画面にはひとりの男子生徒が映っていた。彼が手にしていたのはハサミと紐を切られたお守りだった。
「これは誰だかわかる?」
僕の問い掛けに彼女はしばし無言だった。画面の中の男子生徒は周りをキョロキョロ見渡すと、さっとフレームアウトしていった。
「彼は吉岡君という同級生です」
彼女は冷静にそう答えた。ナクトをさらに動かし彼の行動を追跡しようとしている。
「あっそうだ録画! せおりちゃんレックボタン押して」
「もうとっくにやってます」
メアリーといい彼女といい、僕なんかよりよっぽどナクトを使いこなしている。そのうちナクトは僕の手を離れて羽ばたいていくのだろう。
「ありがとうございました」
彼女はカメラを切るとナクトを無事返してくれた。
「ある程度予想通りの結果でした」
「犯人がわかってたってこと?」
「はい。彼には以前告白されて断ったという経緯があります。彼はバレてないと思ってるでしょうが、その後も何度か嫌がらせをされてました」
「そうか……。大丈夫? 僕がその子の親にでも掛け合ってみようか?」
「大丈夫です。これは私自身が解決します。おばあちゃんの名にか――」
「もしもの時は手伝うから。がんばって」
ふふん。さっきの仕返しだよ瀬織くん。
それから録画した映像を渡すためにアドレスを交換しお店を出た。結果は必ず報告すると言い残し、彼女は手を振り帰っていった。おそらく事件解決の吉報はすぐにでも届くだろう。
駅へと向かっているとスマホがポケットの中で鳴り出した。画面に表示されていたのは母の名前。
一難去ってまた一難。今度お守りを授かりに神社へ行こうと僕は心に誓った。
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