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15話 罪と穢れの中で
しおりを挟むすっかり暗くなった街路樹沿いを私は独り、とぼとぼと歩いていた。今日は早く帰って夕飯を作り、コーヤと久し振りに家で食事をと思っていたのに。
「こんな日に限って残業なんだもんな……」
今まで残業を理由に、天助くんと会っていたことへのしっぺ返しだろうか。自分の過ちに気が付いてからというもの、全てが悪い方へと転がり落ちていく未来しか想像できない。因果応報の影が自分の背後にぴったりとくっついてきているみたいだ。
でもこんな状況でもコーヤと離れたくないと強く思ってしまう。潔く現実を受け入れ罰を被れという自分と、まだ取り返せる、藻掻け足掻けという自分。この二つが常に私の思考と感情を引っ張り合う。
なんだこのご都合主義な女はとも思う。自分で蒔いた種にたくさん泥を被せ、知らん顔して逃げようとしているのだ。全て白状して彼の審判を請う。こんな単純なことさえ今の私には出来ない。果たしてコーヤはどこまで知っているのか? もし全てを知っていたら、と考えるだけで全身から血の気が引く。
すでに22時を回った。コーヤはもうバイトに出てるだろう。ドアを開けると明かりのついてない部屋だけが私を出迎えた。すでにからくり時計は壁に戻してあり、カチカチという音がリビングに響いていた。
いるはずもないのに無意識に足がコーヤの部屋へと向かう。ドアを開けようとすると足元になぜか盛り塩が置いてあった。実験かなにかだろうか? 私はそれほど気にも留めずにそのままドアを開けた。
部屋というのは不思議なもので、例えその人がそこにいなくても、なんとなくその存在を感じることが出来る。作業台で何かを作っているコーヤ。コーヒーを飲むコーヤ。読書をするコーヤ。ベッドで横になるコーヤ。
見ている光景と記憶の中の映像が混じり合い。あたかも今、目の前に笑顔の彼がいるようだった。無性に寂しくなる。無性に会いたくなる。彼と楽しく笑い合ってた自分でさえ、まるで違う誰かのように思えた。
その時インターホンのチャイムが鳴った。カメラに写っていたのは微笑みながら立っている天助くんだった。彼には昼にL1NEで別れたい意思を伝えた。だが返事はなく、しばらく様子を見ようと思っていたところだった。
「……はい」
「ごめんね、いきなり来て。ちょっとだけ話せないかな?」
あの日から天助くんへの想いは劇的に変わった。私の後悔の念がそうしたのかどうかはわからない。ただ今は正直会いたくない。
「ごめん……今日は疲れてて。また今度でいいかな?」
「……今日は兄さんいないよね? 怜奈の顔だけでも見たいんだ。すぐに帰るから」
「本当にごめん……今度ちゃんと話す時間作るから」
「わかった……」
すっと彼の表情から笑みが消える。怒るのは当たり前だろう。インターホンのカメラが消え、私は深く息を吐いた。
食事は取る気になれず、そのまま私はお風呂へと向かった。髪を乾かし部屋へと向かっていると、リビングのソファーに誰かが座っていた。
「ひぃっ!」
小さな悲鳴が思わず漏れる。そこにいたのは天助くんだった。彼はソファーに座ったまま顔だけをこちらに向けていつものように笑っていた。
「さっぱりした?」
それは彼の家で幾度となく聞いた言葉。まるで二人の関係が何も変わっていないかのようなトーンで彼はいった。言い知れぬ恐怖を感じ全身が総毛立つ。
「……な、なんでここにいるの?」
「もちろん怜奈の顔が見たくて」
あぁ……これは話が通じない。私は直感的にそう思った。
「どうやって入ったの?」
彼は鍵をぷらぷらと指先で持って見せながらニヤニヤと笑っていた。
「前、実家に帰った時たまたま兄貴も来ててね。ちょっと拝借して合鍵を作ってたんだ。あのねぇ、怜奈――」
彼はソファーから立ち上がり、ネクタイを緩めながらこちらへと歩いて来た。
「いきなり別れようとかひどいと思わない? なに? 兄貴にばれたとか?」
足がすくんで動いてくれない。私は必死に首を横に振った。
「じゃあ結婚を急かし過ぎちゃった? あーごめんごめん。あれはつい兄貴に嫉妬しちゃってね。おれも急ぐつもりはないから安心してよ」
彼の腕が私の腰に回る。ぐいっと引き寄せられ生温かい息が顔にかかった。
「一個一個ゆっくり解決していこう。誰も傷つかないようにするから。おれに任せてよ」
彼の唇が目の前に迫る。私は目一杯の力を込めて彼の体を押しのけたが、両手で更に抱き寄せられた。
「やめてっ! お願い!」
抱きつかれたまま、その場で後ろへもつれるように倒れ込んだ。彼の手が下着の中へ強引に入ってくる。
「大丈夫、またすぐ思い出すさ。おれ達は体の相性も抜群だから」
私が抵抗すればするほど、彼は余計に興奮していくように見えた。嬉々とした表情を浮かべ、その目は爛々と光っている。遂には強引に下着を剝ぎ取ろうとしてきた。そこから逃れようと、私は床に爪を立てながら手を伸ばした。すると手の先にコーヤの部屋の前の盛り塩が見えた。私はそれを手で掴み、彼の目元へ目掛け擦りつけた。
「痛ぇっっ!」
彼が両手で顔を押さえる。私は這いずるように玄関を目指した。体をぶつけるようにしてドアを開け、裸足で外へと飛び出した。
ドアが閉まる瞬間、彼がなにやら叫んでいた。私は振り返らず、ただ無我夢中で階段を駆け下りた。光矢の名前を何度も何度も口にしながら。
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