上 下
13 / 50

14話 ナクトビジョン

しおりを挟む

 メアリーが死体の脇にしゃがみ込み、僕もその後ろから覗き込むようにナクトの画面を見た。まず現れたのはいつもの真っ暗な映像。すぐに少しではあるが画面が明るくなる。おそらく夜の街並みだろう。

「やっぱり……屋上から侵入したのね」

 彼女の言葉に僕ははてなマークを顔に浮かべた。僕の方をちらりと見たメアリーが盛大に溜息を吐く。

「ほんとに鈍いなぁコウヤっちは。どう見てもこいつ、あっこいつって言っちゃった。まいいか。どう見てもこいつは下着泥棒でしょ?」

 メアリーが言うには、最近この辺りで下着の盗難が多発していると母親から聞いたらしい。手口としては、目撃されにくい深夜帯を狙って犯行に及んでいたという。

「でも夜中に洗濯物干す人なんているのかな?」

「私もそう思ったの。それで試しに昨日夜に干してたら、ご覧の通りよ。まさか九階で狙われるなんて思わなかったけど」

 引き続きナクトで映像を見ていると、ゴーグル男は屋上からロープを垂らしメアリー宅の隣のベランダにまずは降りたようだ。 

「下がり蜘蛛か……隣は空き部屋だから、確かにこれがベストな方法ね」

「下がり蜘蛛って?」

「空き巣とかの手口の一つよ。屋上とかからロープを使って侵入するの。高層階狙いで使われる手よ」

 ロープを伝い下へと降りる男の視点映像が流れる。するするとその動きは滑らかのようだ。

「こんな暗いのに器用なもんだね」

「褒めてどうするのコウヤっち。あとこれ暗視ゴーグルだから。ナクトにも赤外線とかついてないの?」

「残念ながら安い中古のスマホでして……」

 メアリーは軽く「ちっ」と舌打ちをして、すぐににっこりと微笑んだ。
 
 その後、男の視点はベランダ越しにメアリーの部屋を覗いていた。かなり暗くてわかりづらいが、どうやら干してある下着に手を伸ばしているようだった。ぎりぎり届かないようで、ついに身を乗り出してベランダに掴まりながら移動した。

「普通ここまでやる? どんだけよ……」

 メアリーは完全に呆れていた。確かにこの熱量は他の事に傾けるべきだっただろう。見事目的を達成した男の手が下着へと伸びる。わずかだがそれを頭から被る様子も伺え、メアリーが険しい顔になった。

「一応見とこうかな」

 メアリーが立ち上がりベランダの方へと向かう。外にはまだ下着が干してあり、それが映り込む角度で窓にナクトを当てた。そこにはパンツを被りゴーグルをした怪しい出で立ちの男が他の下着を物色していた。

 しばらくすると男は何かに気が付きこちらを見た。すると画面の映像が横にスーッと動いた。おそらく窓が開けられたんだろう。

「あちゃー、やっぱ鍵締めてなかったか」

「ちょっとメアリー……」

 僕らは再び中に入り、今度はベランダ側の室内の壁にナクトを当てた。男は静かにカーテンを開け中へと入る。そしてベッドに寝ているメアリーに気付く。結末を知ってはいても、僕はじわっと手に汗が滲んだ。

 そろりそろりと男が忍び寄る。だがその時、男は胸を搔きむしるようにして倒れ込んだ。そしてしばらくして男は動かなくなった。ちらっとメアリーが頭を上げて、またすぐ寝たようにも見えたが気のせいだろうか?

「メアリー、今一瞬起きた……?」

「寝返り寝返り! 寝相悪くて~えへへぇ」

 その意味深な笑顔に漠然とした恐怖を覚えた。彼女が真夜中、一人でノートになにやら書き込んでいる光景が頭に浮かぶ。いやもはや彼女自身が死神なのか……。

「おそらく死因は心筋梗塞ね。でも私が確かめたいのはそんなことじゃないのよね。死因なんて検案すればわかるから」


 彼女は手袋をはずしナクトの時間を設定し始めた。ぱっと僕に向かって見せてきたのは今日の8時。彼女が僕に電話をしてきた少し前だ。彼女はかがみ込みながら遺体の首筋、つまり直接肌に触れるようにしてナクトを当てた。

 画面に現れたのはメアリー本人。真上から怪訝な顔で男を見ているようだ。そして映像の中の彼女はおもむろに首筋辺りに指を当てていた。

「これが遺体発見時の私。じゃあ今度は時間を最初の午前3時に戻すわね」

 彼女は時間を3時に合わせ、再び同じ個所にナクトを当てる。だが2,3分待っても画面にはなにも映らない。他にも遺体の手や頭(パンツの隙間)あたりの肌に直接当てるがやはり画面は真っ暗だ。

「やっぱりそうね」

 と言ってメアリーは立ち上がり、ナクトを顔の横でふりふりと左右に振った。

「ナクトは生体には反応しない。つまりその人が生きてる間に見た映像は見ることが出来ない。おそらく人だけじゃなく他の生物もそうでしょうね。でも――」

 彼女は男が倒れた時刻、午前3時40分に時間を合わせた。そして遺体の頭(パンツの隙間)に押し当てると、今度はメアリーの部屋の様子が映し出された。

「おそらく生命維持活動が終了した時点で『物体』と判断されるようね。たぶん有機物、無機物は関係ない」

「それを確かめたかったの?」

「うんそう。スーパーでお肉買って検証してもよかったんだけど、なんか味気ないじゃない?」

「そんなもんかな……?」

「それにこれだったら、かなり正確な死亡推定時刻がわかるでしょ? いや、もはや推定なんて言葉は不要ね。母さんが知ったらきっと力尽くで奪いにくるわよ」

「やっぱり警察へ自首した方が……」

「ダメダメ! 確かにそれも有意義な使い道ではあるんだけど、ナクトはもっと壮大な夢を果たすためのものなのよ!」

 まるで伝説の剣を手に入れた勇者の如く、メアリーはナクトを天に掲げた。大空を見上げ瞳はキラキラと輝きを放っている。

「はっ……またやっちゃった。ごめん」

「メアリーが何を企んでいるかなんとなくわかったよ。でもなんか楽しそうだね」

「でしょ~。任せて! 大学なんていつでも辞めるから」

「そ、そこまでするの!?」

「当たり前よ。時間は有限。光陰矢の如しでしょ? 光矢っち」


 メアリーと世界のミステリーを解明していく。うん、悪くないかもしれない。その前に諸々決着つけないとな。なんだかメアリーには毎回元気をもらってる気がする。

「メアリー。いつもあり――」

「あっ! もう警察呼んじゃうからコウヤっちはさっさと帰って。はいこれ」

 そう言ってナクトをぞんざいに渡され、僕は背中を押されながら玄関へと運ばれた。

「今日はバイト深夜だったよね? じゃあ後で!」


 バタンとドアの閉まる音がやけに響いた。伝説の剣『ナクト』もなんとなく寂しそうに見えた。 





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

俺がカノジョに寝取られた理由

下城米雪
ライト文芸
その夜、知らない男の上に半裸で跨る幼馴染の姿を見た俺は…… ※完結。予約投稿済。最終話は6月27日公開

悲しいことがあった。そんなときに3年間続いていた彼女を寝取られた。僕はもう何を信じたらいいのか分からなくなってしまいそうだ。

ねんごろ
恋愛
大学生の主人公の両親と兄弟が交通事故で亡くなった。電話で死を知らされても、主人公には実感がわかない。3日が過ぎ、やっと現実を受け入れ始める。家族の追悼や手続きに追われる中で、日常生活にも少しずつ戻っていく。大切な家族を失った主人公は、今までの大学生活を後悔し、人生の有限性と無常性を自覚するようになる。そんな折、久しぶりに連絡をとった恋人の部屋を心配して訪ねてみると、そこには予期せぬ光景が待っていた。家族の死に直面し、人生の意味を問い直す青年の姿が描かれる。

帰ってきたら彼女がNTRされてたんだけど、二人の女の子からプロポーズされた件

ケイティBr
恋愛
感情の矛先をどこに向けたらいいのか分からないよ!と言う物語を貴方に ある日、俺が日本に帰ると唐突に二人の女性からプロポーズされた。 二人共、俺と結婚したいと言うが、それにはそれぞれの事情があって、、、、 で始まる三角関係ストーリー ※NTRだけど結末が胸糞にならない。そんな物語だといいな? ※それにしても初期設定が酷すぎる。事に改めて気づく。さてどうしたもんか。でもこの物語の元ネタを作者なりに救いたい。

季節は夏の終わり

ななしのちちすきたろう
恋愛
豊満な乳房の柔らかい感触。 女の汗ばむ体の熱量が男の手の中で伝わっていくのだった。 揉みしだかれる女の乳房の先からは、じんわり白いミルクがにじみ出てきていた…。

君と僕の一周年記念日に君がラブホテルで寝取らていた件について~ドロドロの日々~

ねんごろ
恋愛
一周年記念は地獄へと変わった。 僕はどうしていけばいいんだろう。 どうやってこの日々を生きていけばいいんだろう。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

俺の彼女が『寝取られてきました!!』と満面の笑みで言った件について

ねんごろ
恋愛
佐伯梨太郎(さえきなしたろう)は困っている。 何に困っているって? それは…… もう、たった一人の愛する彼女にだよ。 青木ヒナにだよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

寝取られた義妹がグラドルになって俺の所へ帰って来て色々と仕掛けて来るのだが?(♡N≠T⇔R♡)

小鳥遊凛音
恋愛
寝取られた義妹がグラドルになって俺の所へ帰って来て色々と仕掛けて来るのだが?(♡N≠T⇔R♡) あらすじ 七条鷹矢と七条菜々子は義理の兄妹。 幼少期、七条家に来た母娘は平穏な生活を送っていた。 一方、厳格ある七条家は鷹矢の母親が若くして亡くなった後 勢力を弱め、鷹矢の父親は落ち着きを取り戻すと、 生前、鷹矢の母親が残した意志を汲み取り再婚。 相手は菜々子の母親である。 どちらも子持ちで、年齢が同じ鷹矢と菜々子は仲も良く 自他共に認めていた。 二人が中学生だったある日、菜々子は鷹矢へ告白した。 菜々子は仲の良さが恋心である事を自覚していた。 一方、鷹矢は義理とは言え、妹に告白を受け戸惑いつつも本心は菜々子に 恋心を寄せており無事、付き合う事になった。 両親に悟られない淡い恋の行方・・・ ずっと二人一緒に・・・そう考えていた鷹矢が絶望の淵へと立たされてしまう事態に。 寮生活をする事になった菜々子は、自宅を出ると戻って来ない事を告げる。 高校生になり、別々の道を歩む事となった二人だが心は繋がっていると信じていた。 だが、その後連絡が取れなくなってしまい鷹矢は菜々子が通う学園へ向かった。 しかし、そこで見た光景は・・・ そして、菜々子からメールで一方的に別れを告げられてしまう。 絶望する鷹矢を懸命に慰め続けた幼馴染の莉子が彼女となり順風満帆になったのだが・・・ 2年後、鷹矢のクラスに転入生が来た。 グラビアアイドルの一之瀬美亜である。 鷹矢は直ぐに一之瀬美亜が菜々子であると気付いた。 その日以降、菜々子は自宅へ戻り鷹矢に様々な淫らな悪戯を仕掛けて来る様になった。 時には妖しく夜這いを、また学校内でも・・・ 菜々子が仕掛ける性的悪戯は留まる事を知らない。 ようやく失恋の傷が癒え、莉子という幼馴染と恋人同士になったはずなのに。 古傷を抉って来る菜々子の振る舞いに鷹矢は再び境地へ・・・ そして彼女はそれだけではなく、淫らな振る舞いや性格といった以前の菜々子からは想像を絶する豹変ぶりを見せた。 菜々子の異変に違和感をだらけの鷹矢、そして周囲にいる信頼出来る人物達の助言や推測・・・ 鷹矢自身も菜々子の異変をただ寝取られてしまった事が原因だとは思えず、隠された菜々子の秘密を暴く事を決意する。 変わり果ててしまった菜々子だが、時折見せる切なくも悲しげな様子。 一体どちらが本当の菜々子なのか? 鷹矢は、菜々子の秘密を知る事が出来るのだろうか?

処理中です...