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5話 深夜の来訪者

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 僕は重い足取りで夜の街を歩いていた。

 怜奈の浮気相手が弟という事実がわかり、僕はその続きを見ようかどうか迷った。悩んだ挙句、結局その夜の二人をバッグの目線を通して見ていった。

 レストランを出た二人はタクシーで天助のマンションへ移動。軽く飲み直した後、怜奈が先にシャワーを浴びた。天助を待つ間、彼女はベッドに寝転がりながらスマホをいじる。その日、僕に遅くなると伝えてきたL1NEの送信時間とその時刻が一致している。その後、天助が寝室にやってきてから事が始まった。 

 一度見ていたとはいえ、やっぱり僕は直視できなかった。バッグを倒しその上に『ナクト』を置いた。途中で気付いたのだが、映像は録画することが出来た。一応証拠と言うべきか、僕は念のためレックボタンを押した。


 改めて思うがこの『ナクト』の性能は凄い。探偵業でも始めれば、僕はさぞ優秀な名探偵になれるだろう。

 それよりも『ナクト』の存在が明らかになれば、世界中から事件や犯罪がなくなるんじゃないだろうか。これさえあれば、監視カメラも真っ青の決定的証拠が掴めるのだ。

 そう考えると本当にとんでもないものを作ってしまった。やはりこんなちんけな浮気調査なんかに使っていい代物ではない。この件が落ち着いたら然るべき機関に連絡しよう。


 いろいろ考えて歩いていたら、いつの間にかバイト先のコンビニに到着していた。いつものように制服に着替え、僕は粛々と仕事をこなしていく。


 客足も少なくなり始めた深夜。顔見知りの人物が店を訪れた。

「あ~コウヤっち、今日はいた~」

 ツインテールをぴょこぴょこさせながらやってきたのは日下部くさかべメアリー。僕の大学の後輩だ。

「いた~じゃないよ。こんな時間にひとりで出歩くなんて危ないよ」

「へーきへーき。うちすぐ近所だし。コウヤっち、もう休憩取ったん?」

「今から取るとこ。また夜食一緒に食べる?」

「うん食べる~。ちょっと買うから待ってちょ」

 そう言うと彼女は夜食を選び始めた。コンビニでよく見る何気ない光景。そんな中にいても彼女は絵になる。ダークブロンドの髪に緑色の瞳。肌は透き通るように白く、おまけにスタイル抜群。

 なんでもお父さんがアメリカ人らしく五歳まではニューヨークに住んでいたとか。両親が離婚して母親の故郷である日本に来たらしい。見た目は思い切り外国人なので最初日本語で話し掛けられた時はかなり驚いた。

 大学の後輩とは言ったが、僕とは十個くらい歳が離れている。二年前、たまたまカラクリ同好会のOB会で大学を訪れた時、いきなり声を掛けられた。


「ねぇあなた彼女いる? もしくは結婚してる?」

「ふぇっ?」

 突然、緑色の目をした外人さんにそう言われ、思わず僕は声が裏返った。

「あなためっちゃ私のタイプ。フリーなら付き合ってくれない?」

「ぼ、ぼ、僕に言ってるのかな?」

 ドッキリなんじゃないかと思って、僕は周りをキョロキョロ見渡した。

「うん。もちろん。私は日下部メアリー。お名前は?」

 まるで陶器のように綺麗な手を差し出され、僕はついお手しそうになってしまった。

「椋木光矢《むくのきこうや》です」

「コウヤっちね。それで。付き合ってくれる?」

「……無理です」

「ぶーーー」

 その時の彼女のふくれっ面は未だに忘れられない。聞けば彼女はその時大学に入学したばかりで、たまたまカラクリ同好会を見学に来ていたようだった。僕の素性と断った理由を丁寧に説明すると、渋々ながら納得してくれた。


 その後、僕のバイト先と彼女の住んでるマンションが近いということがわかり、夜な夜なこうして訪ねてくるようになった。ちなみに彼女は母親と二人で暮らしている。


 そんなことを思い出しながらぼーっと彼女を見ていたら、ちらりと横を向いた彼女と目が合った。

「どうしたの~? そんなにジロジロ見て。あっ! まさかノーブラなのばれた?」

 胸元を押さえながらそう言う彼女に、僕は慌てて両手を振った。

「ばれてない!ばれてない! というか早く選んでよ。休憩時間なくなっちゃうよ」

 は~い、と少し不貞腐れながら彼女は結局いつものとろろ蕎麦を持ってきた。ちゃんとレジを通してから、二人でバックヤードに向かった。

 パイプ椅子を並べ、二人揃って「いただきます」と手を合わせる。僕がサンドイッチを食べる横で、彼女はずずずーっと美味しそうに蕎麦をすする。まるでハリウッド女優のような女性が、音を立てて蕎麦をすする姿はなかなか奇妙な光景である。

「ごちそうさまでした」と満足そうに彼女は箸を置くと、一口お茶を飲んだ。そしてなぜかきちんと座り直すと僕の方へと向き直った。

「ねぇコウヤっち。彼女さんたぶん浮気してるよ」

「えっ!?」

 一切もったいぶることなく、そしてそのあまりにタイムリーな内容に、一瞬僕のお尻が椅子から浮いた。

 


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