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20話 悪魔降臨
しおりを挟む嘲笑いながらこっちを見ているロディをおれは睨み返していた。右手で剣を鞘から抜きながら、深手を負っているアンクバートを地面に座らせた。
「すまんヴァレント。おれは加勢出来そうにねえ」
「気にするな。おれがきっちりけりを付ける」
そう言っておれがその場を離れようとするとプルジャがこちらへと駆け寄ってきた。彼女の背後にはセンシアさんがぴたりと宙に浮いていた。そのままアンクバートへと近付くと治癒魔法を掛け始めた。
「それはセンシアさんの力か?」
おれの問い掛けにプルジャは軽く頷いた。
「そう。今は私が使役してる。あの人のペンダントを使って」
プルジャはそう言いながらちらりと後ろを振り向いた。その視線の先には影のような黒い羽根に覆われた人物がいた。
「あれはレベリオか? なんなんだ、あの姿は……」
「あれは禁術とされる悪魔憑依。かなりの力を得る事が出来るけど長く憑依させてると自我が崩壊する」
「崩壊するとは?」
「憑りつかれ、体を乗っ取られる。たぶんもうあまり時間は残ってないかも」
「そうか……」
おれは改めてレベリオの方を見た。すでに彼女の姿が残っているのは顔の半分だけ。片目の彼女とわずかに視線が交錯した。
その瞳から一滴の涙が零れ、そして微笑むように弧を描いた。
本当は言いたい事がたくさんあった。話したい事が山ほどあった。もっとじっくり彼女の話に耳を傾ければよかった、と今さらながら後悔の念が押し寄せる。だがそれはもう叶わぬだろう。おそらくすでに彼女は覚悟を決めている。
「少し離れてろプルジャ。狂気発動」
おれが狂乱状態になったと同時にロディは魔法陣を展開した。
「ようやくおまえを殺せる時が来たよ! ヴァレント! 夫婦まとめてあの世に送ってやるよ!! 大厄災!!」
一瞬でおれの周りに暴風が巻き起こった。無数の風の刃に切りつけられ、そして稲妻が絡みつくように焼き付き、体は凍りついていく。
「くっ!!」
おれは身動きどころか踏ん張っているのがやっとだった。するとその時、レベリオが翼を羽ばたかせながらおれの目の前に現れた。
「闇夜の帳」
呪文を発したその声はすでに彼女のものではなかった。黒い幕が渦を巻きながら拡がっていく。まるでロディの魔法を吸い込んでいくように嵐は徐々に治まっていった。
レベリオは再び翼を広げ飛び立つと一気にロディへと肉薄した。彼女が腕を振り上げるとそれは剣へと形を変えた。
「おのぉれぇぇーー!! 雷光の槍!!」
ロディが後へ飛び退きながら次々に魔法を放つ。だがそれはいとも簡単にレベリオによって打ち消されていく。
「ぐぅぎゃああああーーー!!!」
レベリオが振るった黒い剣がロディの左腕を切り落とした。傷口を必死で押さえながらロディが地面を転げ回る。その体を踏みつけるように降り立つと、レベリオはロディの腹へと深くその剣を沈めていった。
「ぐふぇっ!」
血を吐きながら零れた断末魔。空を見上げるように倒れたままロディは動かなくなった。それと同時にレベリオががくりと膝をついた。おれは急いで彼女の元へと駆け寄った。
「おいっ大丈夫か!? ぐっ!」
ふらりと倒れかけた彼女の体を支える。しかしその体に触れただけで体が焼けるように熱くなった。
「もう全て終わった……術を解くんだレベリオ」
「ヴァレント……早く殺して……私を殺し――ぎゃあああああーーー!!」
まるで魔物の咆哮のような悲鳴を彼女があげた。その瞬間、黒い羽根が彼女の顔を覆い尽くす。彼女がばさりと翼を羽ばたかせただけでおれは吹き飛ばされた。
ゆっくりと空へと舞い上がる悪魔の姿。
真っ赤に染まった口を大きく開き、そして悍《おぞ》ましいまでの嗤い声を周囲に響かせた。
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