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東の大陸編
51話 ヒジャウ王子の隠し事
しおりを挟むヒジャウ王子は小さな湯桶で頭からお湯をかぶると、やれやれといった表情になった。
「やはりみなさんを欺くのは無理でしたか」
先程垣間見せた仮面のような顔は鳴りを潜め、いつものようにからっとした笑みを浮かべた。
「みなさん長旅でお疲れでしょう。話は食事で英気を養ってから、としましょう」
そう言い残し、ヒジャウ王子は大浴場を後にした。のぼせでもしたのか、パンバルが体から湯気を出しながらぐたーっと床の上に寝転がっていた。
三人で食事の席へ向かうとすでにヒジャウ王子は座って待っていた。おれ達が急遽来たからであろう、それ程豪華なものではなかったが見た事もないような料理が並んでいた。
「さあさあ食べましょう。我が国は食材には乏しいが味は保証します。うちの料理長の腕前は大陸一ですから」
各々席へ着くと、クプクプがパタパタと飛んできてアピの前にちょこんと座った。目の前に広がる料理の品々に、ほくほく顔で手を叩いていた。
砂漠の料理は見た目こそ難があったが、王子が言うように味は格別だった。普段割と静かに食事をするラウタンもその味が気に入ったのか、美味しそうに頬張りながら次々に料理を口に運んでいた。
クプクプはいつものように自分より数倍大きい肉に齧り付き、時折両手で頬を押さえながらくるくると飛んでいた。きっと舞うほど美味しいのだろう。
「この肉美味しい! なんの肉なの?」
アピが厚切りのステーキをもぐもぐと食べながら王子に尋ねる。
「それは砂海ミミズの輪切り肉だ。脂がのってて美味いだろ!」
アピの口の動きがぴたりと止まった。皿の上の肉をしばらく見つめた後、ごくりとその肉を胃袋へ流し込んだ。
おれはそれを横目で見ながら必死に笑いを堪えた。ここで笑いでもすれば、アピの両手からナイフとフォークが飛んで来るのは間違いない。誤魔化すように一度咳ばらいをし、おれは王子に質問した。
「砂海とは?」
「砂海とはこの宮殿よりさらに東に行った場所にある砂の海です。そこは非常にきめ細かい砂で、一たび足を踏み入れればまるで底なし沼のように沈んでいく。まさに蟻地獄のように。東の大陸ダンジョンの入り口はその砂海の中央の島にあるんです」
「その砂海は大きいんですか?」
ヒジャウ王子はゆっくり首肯し、両手を大きく広げた。
「まるで海のように広い。しかも砂海は年々拡がってます。いつかはこの大陸全体が飲み込まれてしまうかもしれない」
東の大陸の食糧不足は有名だ。雨が少ないとはいえ水魔術師がいないわけではない。工夫さえすれば作物は育つだろう。だがそれを植える農地がなければどうしようもない。ヒジャウ王子は僅かの間黙り込むと、一度大きく息を吐いてから再び話を続けた。
「これは我々が贖うべき天罰だと思ってます」
王子は席を立つと、すでに日が落ちた景色を窓から眺めた。
「その昔、この大陸の山々にも緑が溢れていた。そこにあった大樹達は少ない雨を上手に蓄え、その麓の街や村にも恩恵を与えてくれていた。だがより多くの鉱物資源を求め、我々はその山々を切り崩した。当然水は涸れ果て、山の残骸は砂と化し、風に運ばれ砂の海となった……本当に滅ぶべきは我々の方かもしれない」
彼は物悲し気な顔でこちらへと振り向いた。「ドゥーカ殿」と呼ばれおれは王子の顔を見た。
「実はこの数年、魔物による襲撃は減ってきています。もしかしたら邪神は、我々が勝手に滅びていくのを待っているだけかもしれない。それでも邪神を討伐されますか?」
「はい。それがおれ達の使命であり目的でもあります。そして目指す先にあるのは全ての邪神の討伐。それこそがマジャラ・クジャハの終着点です」
おれの言葉を聞いて、ヒジャウ王子は頬を僅かに緩めた。そして軽く頷くと再び席へと腰を下ろした。
「わかりました。それならば我々も協力は惜しみません。もちろん私も最大限の力添えを致しましょう。我が守護精霊と共に」
「えっ!? どういう事!?」
王子の言葉に驚いたアピが思わず立ち上がり、おれと王子を交互に見るように顔を巡らせた。王子はアピだけでも騙せたのが嬉しかったのか、からからと笑いながら答えた。
「実は私もみなさんと同じように精霊の護りが宿っています。この事を知っているのはディンディングくらいです。国王にも、もちろん姉や兄にも内緒にしてます」
「それで、ボラタナは何処にいる?」
おれの横にいたリリアイラが突然口を開いた。アピとラウタンには聞こえるが、おそらく王子にその声は届かない。
「ヒジャウ王子。あなたの精霊はボラタナというのか?」
「ほぉ、やはりご存じでしたか。ええ、土魔法を操る精霊ボラタナ。それが私の守護精霊の名です。もっとも、今はとある場所に封印しておりますが」
「けっ! どうりで対の線が繋がらねえはずだ。ドゥーカ、ボラタナをどこに封じているのか訊いてくれ」
「精霊はどこに封印しているのですか?」
「まあそう慌てなくとも。続きはデザートを食べてからにしましょう。このサボテンのジェラートがまた美味いんだ」
そう言って彼はガラスの器に入ったジェラートを食べ始めた。甘いものに目がないアピはすでに完食しており、クプクプはまた嬉しそうにくるくるとテーブルの上を飛んでいた。
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第51話を読んで頂き誠にありがとうございます。
ただいま現実世界ではありますがラブコメの作品を連載しております。
お時間ある時にでも是非読んでやってください。
「不必要な僕の偉大な発明」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/139298292/795815092
応援ありがとうございます!
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