上 下
54 / 61
東の大陸編

49話 砂の王国

しおりを挟む

 光の王国ベルシナール。東の大陸を統治する王国の名だ。光の王国というと聞こえはいいが、その実、この国のほとんどが砂漠地帯である。南の大陸とは対極的に、この大陸では雨が滅多に降らない。飛び島の半分が「砂時計」と呼ばれているように、ベルシナール王国も陰では「砂の王国」と揶揄されている。


 おれ達が船を降りると奇妙な一団が待ち構えていた。朱色の鎧を身に纏った兵士達。彼らが引き連れているのは赤い肌の戦象。おそらくあれがベルシナール王国が誇る象兵部隊だろう。その奥には天蓋付きの絢爛豪華な馬車があり、赤いレースの垂れ幕が風に揺れている。

 一方その横には藍染の戦闘服を着た騎馬隊の面々。彼らが跨る馬もまた綺麗な青毛の軍馬である。こちらも重厚な馬車を中心に置き、見事な隊列を組んでいる。

 そしてかなりの間隔を空けてぽつんと立っている二人の人物。そのうちの一人はおそらく王族であろう。小さな王冠をかぶり後ろ手に手を組みながら、その男はニコニコと笑っている。その横では丸く太った男が大汗を搔きながらやたらと恐縮していた。

「随分手厚い歓迎ね」

 クプクプを左肩に乗せ、扇子で顔を扇ぎながらアピが不機嫌そうに言った。なぜか火魔術師は暑い所が苦手な者が多い。おれも額の汗を拭いながらアピに答えた。

「たぶんこうなると予想はしてたがな。ここまであからさまとは思わなかったが」


 東の大陸に来る前に、おれはひとつ気がかりな事があった。それはベルシナール王国の覇権争いだ。現在、ベルシナールの国王は病に伏せており、実質的な政務は女王が執り行っている。国王には一女二男の子供がおり、いわゆる後継者問題が勃発しているのだ。

 邪神の討伐は言わずもがな国の最重要課題。それを担うであろう冒険者パーティーが来るともなれば、自らの勢力下に引き入れようとするのは必然の事である。手厚いもてなしは大歓迎だが、内輪揉めのゴタゴタに巻き込まれるのは勘弁だ。

 唐突にどこからともなく楽器の音色が聴こえ始めた。式典さながらの小楽曲を、赤と青それぞれの楽団が競うように演奏している。全く違う曲なのだろう。これではまるで不協和音だ。

「はぁ、音楽まで暑苦しいわね。魔法で遮断してよドゥーカ兄」

「一応挨拶はしないとまずいだろう。ほら、王女と王子のお出ましだ」

 短い曲が終わり兵士達がひざまずく。堂々たる歩みでまずおれ達の前にやって来たのは、深紅のドレスを纏い、長く赤い髪と銀色の瞳をした王女だった。小麦色の肌をした彼女は両手を広げながら快活に笑った。

「我がベルシナール王国へようこそ! マジャラ・クジャハよ! 私は第一王女のメラーだ。長い船旅疲れたであろう。早速我が宮殿へと案内しよう」

 王女はそう言いながらおれの手を強引に引っ張り始めた。あまりの勢いにおれは呆気に取られる。

「勝手に連れていかれては困りますぞ姉上」

 王女の行く手を遮るように立ち塞がったのは、青を基調とした礼服を着て、青い髪、銀色の瞳の王子であった。

「お初にお目にかかる。私はベルシナール王国第一王子ビルー。おお! これはこれは! そこにおわすはシュラセーナの赤の姫、アピ殿ではありませんか! 私の青の宮殿には冷室を用意してます。ささ、参りましょう」

「あらそうなの? じゃあ――」

 アピがあっさりと陥落し、ビルー王子について行こうとするのをおれは慌てて引き止めた。すかさず王女と王子は、おれ達を余所に言い争いを始めた。それに触発されたのか、後ろに控える象兵部隊と騎馬隊もなにやら張り詰めた雰囲気になっていく。

 そんなものはどこ吹く風。残るもう一人の王子は飄々とした顔でおれ達の方へとすたすた歩いてきた。こちらは少し髪が緑色なだけで、着ている服も至って普通。特に色へのこだわりはない様子で、強いて上げれば王冠の真ん中に大きなエメラルドが収まっているくらいだ。

「みなさんはじめまして。私は第二王子のヒジャウです。姉と兄が騒がしくて申し訳ない。ここからだと王の宮殿が一番近い。今日はそちらで体を休めてください」

「あなたは僕達を誘わなくてもいいでんですか?」

 これまでのやり取りを見て何かを察したのだろう。ラウタンが素朴な疑問をヒジャウ王子にぶつけた。王子はにこやかに笑いながらラウタンの頭を撫でた。

「僕の宮殿は質素なものでね。お客様をお招きするようなとこじゃないんだ。でもそこのかわいらしいトケッタなら気に入ってもらえるかな。うちはオアシスに一番近いから」

 ヒジャウ王子はそう言って、今度はラウタンの後ろに控えていたパンバルの頭を撫で始めた。パンバルも気持ちよさそうに目を細めている。

 いずれにせよこの三人の内、誰の世話になっても角が立つだろう。ここはヒジャウ王子の進言に従って王の宮殿に行こうとおれは決めた。未だ口論の真っ最中である王女と王子にそれを告げようとした時、横に立っていたリリアイラが突然声を掛けてきた。

「おいドゥーカ。あいつのとこに世話になるぞ」

 
 そう言ってリリアイラが指を差したのは、パンバルと戯れるヒジャウ王子だった。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 49話を読んで頂きありがとうございます。

 ようやく今話から東の大陸でのお話が始まります。最初の設定と名前決めが一番骨が折れます……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

記憶喪失の逃亡貴族、ゴールド級パーティを追放されたんだが、ジョブの魔獣使いが進化したので新たな仲間と成り上がる

グリゴリ
ファンタジー
7歳の時に行われた洗礼の儀で魔物使いと言う不遇のジョブを授かった主人公は、実家の辺境伯家を追い出され頼る当ても無くさまよい歩いた。そして、辺境の村に辿り着いた主人公は、その村で15歳まで生活し村で一緒に育った4人の幼馴染と共に冒険者になる。だが、何時まで経っても従魔を得ることが出来ない主人公は、荷物持ち兼雑用係として幼馴染とパーティーを組んでいたが、ある日、パーティーのリーダーから、「俺達ゴールド級パーティーにお前はもう必要ない」と言われて、パーティーから追放されてしまう。自暴自棄に成った主人公は、やけを起こし、非常に危険なアダマンタイト級ダンジョンへと足を踏み入れる。そこで、主人公は、自分の人生を大きく変える出会いをする。そして、新たな仲間たちと成り上がっていく。 *カクヨムでも連載しています。*2022年8月25日ホットランキング2位になりました。お読みいただきありがとうございます。

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた

ああああ
恋愛
優は大切にしていた妹の友達に冤罪を掛けられてしまう。 そして冤罪が判明して戻ってきたが

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

“金しか生めない”錬金術師は果たして凄いのだろうか

まにぃ
ファンタジー
錬金術師の名家の生まれにして、最も成功したであろう人。 しかし、彼は”金以外は生み出せない”と言う特異性を持っていた。 〔成功者〕なのか、〔失敗者〕なのか。 その周りで起こる出来事が、彼を変えて行く。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

処理中です...