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南の大陸編

37話 マタハリの輝き

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「あーあ。お気に入りの杖が壊れちゃったよぉ」

 はぁっと溜息を吐きながらラクシュマイアは壊れた杖を左右に振っていた。その足元には木っ端微塵となったスタルジャが無残に散らばっていた。

「儂の神器がっ! 許さんぞ! ラクシュマイアぁああ!」

「ふんっ! こんなせこい武器、壊して当然だろぉ。私の杖も割れちゃったんだ。お相子だよ」

 まるで挑発するかのように破片を足で蹴飛ばしながら彼女は言い返した。クリシャンダラの怒りが更に増幅する。先程までの冷静な姿は微塵も残っていなかった。

「おのれぇぇぇーー!! 死ねぇぇ!! 黒闇の暴食グラカラクザン!!」
 
 全てを飲み込むような漆黒の闇が湧き出し、魔物が大口を開け喰らいつくかのように闇がラクシュマイアに襲い掛かった。しかし彼女は涼しい顔で両手を広げた。

「今までは遠くからだったけど、今日は特別に直に当ててあげるよ。 地母神の祈りシャクティ

 ラクシュマイアの体が浮き上がり、体の内側から光が溢れ出し球体を描き出した。その形はどこか月を思わせた。やがて月光のような柔らかな光が漆黒を拭い去るかのように消していく。そしてお互いが引き合うように、光の球体の中にクリシャンダラの体が吸い寄せられていった。

「ウグァァァァーーー!!!」

 球体に取り込まれたクリシャンダラが叫び声をあげた。体全体に纏っていた黒い靄はみるみる消えていき、苦しみ悶えながらのた打ち回っている。その様子を見ていたドゥーカ達の元にラクシュマイアが近づいてきた。

「やぁやぁ。君がドゥーカだね。会うのは初めてだね」

 ジェリミス女王の姿のままでそう言われ、ドゥーカは少し戸惑った。

「ああ。あなたの事はリリアイラからたまに話を聞いてます」

「どうせクソババが、とか言ってるんだろ? まったく生意気な奴だよ」

 そう言ってリリアイラをぎろっと睨んだ。リリアイラが珍しく慌てた様子で言い返す。

「けっ! どっちが生意気だ。それより女王の体まで借りて、一体何しにきやがった?」

「あんたらがあまりにも不甲斐ないから助けにきたに決まってるだろう? あんな奴に手間取るなんて、おまえもまだまだ青いねぇ」

「なっ! 本当に口の減らねぇババアだよ! そろそろ本気出すとこだったんだよ」

「へぇへぇ、そうかい」とラクシュマイアがにやりと笑う。バツが悪そうにリリアイラが顔を背けた。

「とにかく、奴はあれくらいで死んだりはしない。そろそろこの体にいるのも限界なんで後は頼んだよ」 

 すると彼女の体が輝き始めた。このまま城門まで戻る、と伝えながら辺り一帯を照らしていた光を指差した。

「そうそう。あの光もそろそろ消えちゃうからね。じゃあ頑張りなぁ」

 そう言い残し、彼女は光と共に消え去った。そして辺りは次第に夜の闇へと再び包まれていく。光の球体の中で苦しんでいたクリシャンダラは、肩で息をしながらもすでに立ち上がっていた。

「ヌアァァアアアアーー!!!」

 咆哮を上げながら拳で光の球体をぶち壊した。球体の破片が飛び散り徐々に光を失っていく。

「ふざけやがってぇぇぇ! おまえら皆殺しだ!! 浸蝕マナラン!」

 地面に僅かに光が残る中、クリシャンダラが魔法を放った。漆黒の影がドゥーカ達目掛け飛んでくる。リリアイラは剣でそれに切り掛かり、ドゥーカは魔法を詠唱した。

密閉ケダプダラ!」

 影と光の壁が激しく衝突する。大きな音を立て二つは相殺するように消え失せた。その瞬間、クリシャンダラは二人の背後に転移していた。

浸蝕マナラン

 振り向きもせずドゥーカも転移魔法を使う。僅かに転移した先で魔法を放とうとするが、そこに邪神の姿はなかった。

「ドゥーカ! 右だ!」

 リリアイラの声が聞こえた。だが視界には何も捉えてない。

「ケダプ―― ぐあぁぁぁ!!」

 魔法を発動する間もなく影の斬撃がドゥーカを襲う。右半身に激しい痛みが走った。衝撃と共にドゥーカの体が暗闇へと投げ出される。倒れ込んだ地面で流れる血と泥水が混じり合った。すぐさまリリアイラがドゥーカの元へ転移で飛んできた。

「大丈夫か!? ドゥーカ!」

 口に入った泥水を吐き出しながらドゥーカはどうにか体を起こした。リリアイラが肩を貸しながらドゥーカを支えた。

「くっ! やはり姿と魔法が見えねぇと判断しづれぇ! 一旦離れて傷を治すか!?」


 リリアイラが言うように、暗闇ではクリシャンダラにかなりの分があった。現に今もどこから攻撃が来るか見当もつかなかった。ドゥーカが次の策を模索していたその時、まるで朝日が昇ってきたかのように、ほのかに辺りが明るくなってきた。

 それは次第に強さを増していく。その光の元へ目を向けると、巨大な日照石が大きな櫓に乗せられこちらへと向かっていた。数百人に兵士と数百匹のトケッタ達がその櫓を必死に引っ張っていた。

「あれは……マタハリか!」

 ドゥーカが思わず声を上げる。煌々と闇夜を照らすそれは紛れもなく、王国最大の日照石、マタハリだった。

「持ってきましたよーーーさまーーー!」

 マタハリの真上でリリンがふわりと浮きながら、こちらへ手を振る姿が遠くに見えた。それを見てリリアイラがぼそっと呟いた。

「あれは……熱くねぇのか?」

「んー火魔術師だから平気なんだろ。ともかくあれは助かる」


 マタハリの輝きが辺りをどんどんと照らし出す。

 ドゥーカ達の目の前には忌々し気な顔をしたクリシャンダラの姿がはっきりと見て取れた。




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