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南の大陸編

35話 逢魔が時

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 邪神あいつが構えた戦輪スタルジャが夕陽を受けて赤く染まっている。その足元の影は長く伸び、湿地帯の大地にくっきりと張り付いてるようだった。この南の大地で夕焼け空を見るのは子供の時以来だ。

 そういえばダンジョンを出た時から雨が止んでいたなと、私はなんとなくそんな事を考えていた。

 あいつがスダルジャをおもむろに投げ放った。そしてそれはあっという間に消え失せた。

「アピ! 後ろだっ!」

 ドゥーカ兄の声が聞こえた。私は体を捻り後ろを振り返った。目の前には夕陽をその刀身に映したスダルジャが迫っていた。ラダカンが瞬時に影体となって飛び出し、私の背中をぐっと押した。丸い刃がその間をすり抜けていく。

「きゃあぁぁー!」

 背中が切られ熱くなる。私はその衝撃で濡れた大地に前のめりに倒れ込んだ。ラダカンの腕も切られたのか、黒い煙が噴き出していた。

「アピさん! 避けないでください!」

 パンバルに乗ったラウタンが疾走しながら光輝く矢を放った。真っすぐ飛んできたその矢が私の背中に突き刺さる、がもちろん痛みなどはなかった。妖精の灯の効果を含んだ矢で背中の痛みが少し和らいだ。

「ありがと、パンバル! ちょっとラダカン、大丈夫!?」

 傷口を手で押さえながらラダカンは片膝をつきひざまずいていた。黒い煙はまだ僅かに漏れ出ている。

「あの武器が魔力を吸うのは本当みたいじゃの。結構持っていかれたわい」

「ごめん、油断した。とりあえず戻って」

 ラダカンが再び体へと入ってくる。クリシャンダラはもうすでに次の攻撃態勢を取っていた。その手からスタルジャが放たれるとすぐに消えた。

 あれはおそらくドゥーカ兄と同じ空間魔法を使っている。とにかく私は動き回る事に決めた。守るよりも攻めろだ。

散る花びらクロウパジャドゥ!」

 僅かに体を浮かせ前方向に一気に加速する。一瞬でクリシャンダラに肉薄し、至近距離から魔法を打とうと手をかざした。だが邪神は余裕の笑みを見せた。

「ほう、早いな。 宵闇の洞グアセンジャ

 真っ暗な穴に放り込まれたように、目の前がいきなり暗転した。ふわりと体が浮いている感覚。いくら目を凝らしても、闇以外は何もなかった。

「ここはどこなの……?」

 音も何もない世界でラダカンの声が頭に響いた。

「わからん……狭間の世界に似ておるが。暗闇に閉じ込められた感じじゃ」

「とりあえず明かりを!」

 火魔法を使い辺りを照らす。でもいくら照らしても、闇がどこまでも続いていた。
すると突然、光る何かが私の視界に入った。ヒュンヒュンと音を鳴らしながら近づくそれは紛れもなくあのスタルジャだった。

「うっ!」

 避ける間もなく足に痛みが走った。これはまずい……かなり深く切られた。しかもラダカンが言うように魔力を吸われた感覚がある。音は一旦遠ざかると、すぐにこっちへ向かってきた。

薔薇の車輪ロダバザ!」

 軌道を逸らそうと魔法をぶつけるが、その魔力すら吸われたように霧散した。次は腕が切り裂かれた。

「くっそむかつくわねー! こうなったら全力で溶かしてやるっ!」 

 私はありったけの魔力を込めて魔法を放った。

百花繚乱花吹雪ラツザンブンガ・ベルマカラン!!」

 暗闇の中で業火の薔薇が咲き乱れた。目の前に広がる炎の海。それを切り裂きながらスタルジャがこっちへ飛んでくる。

「そんな……」

 激しい衝撃と共に、私の意識も闇へと飲み込まれた。





「一体何が起こった……?」

 アピが突然、影に飲み込まれ消えた。束の間を置いて再び現れた影から戻ってきたのは、奴の戦輪スタルジャだけだった。その刃先には僅かに血がしたたっている。影体状態のままのリリアイラがおれの疑問に答えた。

「あれは闇魔法だ。あいつはかつて闇魔法を操る精霊だったからな」

「精霊!? クリシャンダラは精霊だったのか!?」

「詳しい事はいずれ話す! とにかくあいつを倒さない限りアピは戻ってこねぇぞ!」

 リリアイラが魔法でクリシャンダラの背後に転移した。姿を現すと同時に剣を振りかざす。しかし瞬時にクリシャンダラは影となりその場から消えた。奴が転移した先はラウタンの目の前だった。

 行く手を阻むかのように現れた邪神に対し、パンバルが方向転換。

朧月ベルカーブ

 さらにラウタンが魔法を唱えると、周りの景色に溶けていくようにその姿が消えた。

「おもしろい魔法だ。だがちと物足りんな。 浸蝕マナラン

 漆黒の影が空間を闇へと変えながら拡がっていく。まるで空間を引き裂いていくかのように。それはおれの魔法の斬撃に似ているのだろうか? その魔法に捉えられたラウタンが切られたような傷を負った。

「ぐ…… 水虎バアル・ハリマオ

 手を伸ばしたその先に水虎が勢いよく飛び出した。牙を剝き出しにしながらクリシャンダラへと襲い掛かった。

「これが神獣というやつか。だがまだ不完全なようだな」

 全く慌てる素振りも見せず、クリシャンダラがスタルジャを投げ放つ。それは大きな弧を描きながら水虎を横一文字に掻き切った。水虎が一瞬で水と化し、ラウタンが驚愕の表情を浮かべた。

宵闇の洞グアセンジャ

 クリシャンダラが手をかざすと、またしても突如、影が現れ一瞬でラウタンとパンバルを飲み込んだ。


 既に太陽は沈みゆき、逢魔が時が訪れようとしていた。  





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