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南の大陸編

32話 大いなる邪神との戦い

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「大丈夫!? ラハール!」

 地上へ降りたドゥパは真っ先にラハールの元に駆け寄った。傷は既に治癒魔法によって塞がっていたが、頭を強く打ったようで気を失っていた。そのまま二人の兵士に抱えられ城内へと運ばれていった。その間にも敵の数は増え続けている。ドゥパは奥歯をぎりりと噛みしめ天を睨みつけた。

「私が合図をしたら総員退避するよう全員に伝えて! それと地上に水魔術師を数人配置しといて! かなり――燃えるわよ!」

 ドゥパが再び空へと舞い上がった。迫り来る敵を幾度も躱し、戦闘地帯のほぼど真ん中へと辿り着いた。右手を上げ火球を一つ真上に飛ばす。ひゅるると打ち上げられたその火球が花火のようにパッと花開いた。

 その瞬間、空中で闘っていた魔術師達が蜘蛛の子を散らすように戦闘から離脱していく。ドゥパ一人が魔物の群れの中に取り残されたような状態になった。一斉に襲い掛かる魔物達。その時、ドゥパを取り巻く空気が劇的に変わった。


百花繚乱花吹雪ラツザンブンガ・ベルマカラン

 城の上空で炎の薔薇が一時いちどきに花を咲かせた。激しく燃え盛る炎は、ドゥパを中心にどんどん拡がっていく。その炎の光で城全体が赤く染まるほどだった。

「消化急げーー!! 水魔術師をこっちにも回してくれー!」

 炎に焼かれながら魔物達がボトボトと城内に落ちてくる。加えて、そのあまりの勢いにあちこちで火の手が上がっていた。

「流石はドゥパ殿。だが少し暑いな……」

 窓からその様子を見ていたジェリミス女王が、扇子で顔を仰ぎながらぽつりとそう呟いた。




 ドゥパによるガルル殲滅の一報を受け、城下地帯で戦いを続けていた王国軍も士気が上がった。城内侵入を試みるナガラジャやクンビラをことごとく退けていく。その数は次第に減っていき、魔物が湧き出ていた影もいつしか消えていた。

 誰もが勝利を確信したその時、クリシャンダラが突然咆哮をあげた。

「グウゥゥォォアアアアアアーー!!!」 

 纏わりつくようなその声は耳を塞いでも頭に響いてきた。多くの兵士が両手で耳を抑えうずくまった。気を失い倒れる者までいた。

 長い長い咆哮が終わると、今度は黒いもやが邪神の体を覆い始めた。大蛇が蜷局とぐろを巻くように、くねくねと幾重にも折り重なっていく。遂にはクリシャンダラのつま先から頭のてっぺんまで、全身が影の中にすっぽりと隠れてしまった。

 一体何をしようというのか――誰もが警戒しながらも、その光景から目が離せずにいた。

 するとその黒い影はもこもこと、まるで積乱雲が膨らんでいくようにどんどん大きくなっていく。その高さはすでにシュラセーナ王城を軽く超えるほどにまでなっていた。

「一体あやつは何をする気だ……?」

 女王のその言葉に答えを返せる者など誰もいなかった。やがてその黒い雲は霧と化し、その霧が晴れていくようにさーっと消え始める。するとそれまで隠れていたものの正体が徐々に姿を現す。

 そこには先程まであった黒い雲と同じ大きさの邪神クリシャンダラが立っていた。
ジェリミス女王が驚愕の表情で思わず叫んだ。

「体の大きさを変えれるの!? まずい! なにか仕掛けてくる!」

 邪神はゆっくりとした動作で自らの腕にはめていた金属の輪を外し手にした。握る手に力を込めると、その輪っかはみるみる形を変えチャクラムという円盤型の武器へと変形した。

 邪神が城に向かってゆっくりと走りだす。そして先程、結界によって弾き返された付近まで来るとチャクラムを大きく振りかぶりそのまま叩きつけた。

 キィーンという金属同士がぶつかり合うような音が、遥か遠くまで響き渡った。見えなかったはずの結界にひびが入る。大きく弾かれたチャクラムをぐいっと引き戻し、クリシャンダラが再び結界へとそれを叩き込んだ。 結界のひび割れはさらに拡がりピキリと音を立て始めた。

 クリシャンダラの足元に、兵士や魔術師達が一斉に押し寄せた。弓や剣、無数の魔法で攻撃を仕掛けた。だが邪神はビクともしない。僅かな傷をつけるのが精一杯だった。

 クリシャンダラがうるさい蠅を追い払うかのように、押し寄せた軍勢をチャクラムで薙ぎ払った。地面が抉れ、兵士達は木の葉のように宙を舞う。たったの一撃で何百もの兵士の命が刈り取られていった。

「前線を下げろーー!! 無駄に突っ込むなーー!!」

 城の上空から飛んできたドゥパが声の限りに叫んだ。しかし邪神の攻撃を目の当たりにした兵士達は足がすくみ、その場に立ち往生してしまう者がほとんどだった。邪神の注意を反らすため、ドゥパが魔法を放つ。

薔薇の車輪ロダバザ!!!」

 極限まで大きくした炎輪が邪神に向かって高速回転しながら飛んで行く。狙うはチャクラムを持つその右腕だった。

 クリシャンダラは大きく身をひるがえし、鍔迫り合いをするかのように、その炎輪をチャクラムで受け止めた。ドゥパの魔法が僅かに押し込むも、邪神はそれを力で払い除ける。炎輪は一瞬で霧散した。

 再び結界に一撃を加えんと、クリシャンダラがチャクラムを振りかざした。
ドゥパはすぐさまその軌道上に移動し魔法を放った。

十重の薔薇セプルロダバザ!!!!!」

 振り下ろされるチャクラムの刃に相対するように、十個の炎輪を直線に並べ、今度はドゥパがその攻撃を受け止めた。

「ぐっ……なんて馬鹿力。でも力だけじゃ押しきれないわよっ!!」

 ドゥパは直線に並ぶ炎輪の端と端をそれぞれ逆方向にずらした。まるで手首を捻られたように、クリシャンダラが体勢を崩した。

雷黒グラグル!!」

 その隙を突いて、加勢に現れたグレッツァ領主の雷魔法が邪神の顔へと迫る。だがクリシャンダラはそれを悠々と手で受け止め、あっさりと握り潰した。まるで嘲笑うかのように拳を開き、傷一つ付かなかった手のひらを二人に見せつけた。

 絶望の表情を浮かべるグレッツァ。一方ドゥパも朝からの連戦で、すでに体はボロボロだった。

 クリシャンダラがチャクラムを水平に構え、横薙ぎに振りぬいた。バリバリと引き裂かれるような音を立て、遂に結界が破られる。ドゥパ達もその衝撃を受け遠くへと飛ばされた。

 ゆっくりと城へと歩み寄るクリシャンダラ。まるでおもちゃ箱を覗く子供のようにキョロキョロと城一帯を見回していた。

 何かの気配を感じ取ったのか、クリシャンダラが城の一部の屋根をチャクラムで吹き飛ばした。露《あらわ》になった女王の間。兵士が取り囲むように護るその中心に、邪神を見上げながら睨みつける王女ジェリミスの姿があった。

 
 まるでお目当てのおもちゃを見つけたかのように、クリシャンダラはニタリと笑った。






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