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南の大陸編

29話 妖精の手袋

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 爆炎魔法が動とするならば狐火はまさに静。

 自らの根元から炎が上がり、一瞬戸惑いを見せたナラクバラだったが、その威力がを理解したのか、それを無視して攻撃に転じてきた。

 地中から槍のような形をした根がアピ目掛けて伸びてくる。しかし、速さに関しては圧倒的にアピが優っている。多方向から狙われても、それをなんなく躱し次々に燃やしていった。

「ちょっとあいつ狐火を舐めてるわね。まぁ確かに地味なんだけど……」

 アピがそうぼやくとラダカンが軽く笑った。

「油断させるのも手の内じゃて。見てみぃ。徐々に炎が燃え広がっておるぞ」

 ラダカンの言う通り、青い炎は少しずつ、だが着実にナラクバラの体を燃やしていく。こちらへ攻撃しながらも鎮火しようと試みているようだが、その炎は消える事がなかった。

 狐火で燃えた個所はお得意の修復さえ出来ないようで、まさに木炭と化したその体がボロボロと崩れ始めていた。


 やがて青い炎は地中に埋まる根っ子へと到達した。ナラクバラをぐるりと取り囲むように、何もないはずの地面が燃え上がる。

 狐火は例え水中でも消えずに燃え続けることが可能だ。ドゥーカはその特性を覚えていたのだ。

「悔しいけどドゥーカ兄の策略通りね。もういっちょも燃やすよー! 狐のかがり火ルバウングン!」

 アピがもう一体の大樹マニグリバに向けて狐火を放った。さっきと同様、今度はマニグリバの根元から青い炎が立ち昇った。

 一方、炎の勢いがどんどんと増していたナラクバラは、遂にそれに耐えかねたのか自ら根を地面から引き抜き、炎から逃げるように移動を始めた。

「逃がさないわよ! 薔薇の双輪ドゥアロダバザ!!」

 追撃するアピの手から二つの炎の輪が放たれた。回転し、鋭い刃と化したその炎が太く伸びた枝を切り落としていく。ナラクバラの修復能力は完全に失われていた。

「丸裸にしてやるからねー!」

「これ、そんな下品な言葉を使うんじゃないわい」

 たしなめるラダカンを無視してアピは次々魔法を放つ。一方的にやられっ放しだったナラクバラだったが、突如としてその巨体を大きく震わせた。すると枯れ葉が舞い散るが如く、生い茂っていた葉がパラパラと落ちると一斉にアピの方へと飛んできた。

「きゃあ! なによこれ!?」

 アピは反射的に顔の前で腕を交差させた。次の瞬間、剃刀かみそりで切られたような痛みが全身に走った。金属のように硬くなった葉が鋭利な刃物と化していた。
空中で態勢を崩したアピは、叩きつけられるように地面へと落下した。

「痛ったぁ……油断したわね」

 倒れ込むアピの頭上からヒュンヒュンと音を立て再び刃が襲い掛かる。その数は先程の比ではない。

水影パルムーカ!」

 刃がぶつかる直前、滑り込むようにラウタンがアピの横へとやってきた。両手を真上に掲げ、猛烈に降り注ぐ刃を必死で防いでいる。

「ぐっ……重い……」

「これくらいで弱音吐かない! でも助かった、ありがと!」

 アピはすぐさま立ち上がり、ラウタンと背中合わせで構えを取る。

「そのまま防御しといて! 百花繚乱花吹雪ラツザンブンガ・ベルマカラン!」

 ドゥパが教えてくれた爆炎魔法をアピは早くも習得していた。ゴウッという爆音が鳴り響き、ダンジョン内は一瞬で真っ赤な炎に満たされていく。あまりの熱量にラウタンは咄嗟に水鏡を大きくした。

「ドゥーカさんは大丈夫でしょうか?」

「ドゥーカ兄なら平気よ! このまま一気に本体も燃やすわよ!」

 無数に舞っていた木の葉はすでに焼き尽くされていた。巨大な炎が渦を巻き、その熱で風が乱気流のように吹き荒れている。その中で、二つの大樹の魔物はのた打ち回るかのように暴れていた。

 再び宙へと舞い上がるアピ。両手をかざし爆炎魔法を二発同時にぶっ放した。

爆ぜ咲く薔薇マカルティバティバ!!」

 力をぎゅっと凝縮された小さな火球が、燃え盛る炎の中を飛んで行く。徐々に速度を上げたその火球が大樹の中心にめり込み大爆発を起こす。すでに大半が燃やされていたナラクバラは木っ端微塵に吹き飛んだ。

 一方のマニグリバは上半分が吹き飛ばされ、根本の部分だけがかろうじて残っていた。それでも諦めていないのか、僅かに残った根を巨大な槍に変化させアピへと突進してきた。とそこへ「ブン」という特殊な音と共にドゥーカが中空《ちゅうくう》に姿を現した。落下の勢いそのままにドゥーカがマニグリバを踏みつける。

砕け散れデオ・ワハジャクラ

 見えないなにかに塗り固められたように、一瞬でマニグリバの動きが止まる。そして一切の間を置かずに、打ち付けられた陶器のように粉々に砕け散った。


「ちょっとドゥーカ兄、いいとこ取らないでよ! 最後決めるつもりだったのに!」

「いやーごめんごめん」とドゥーカは頭をぽりぽりと掻いた。

「けっ! そんなことより、おまえいきなりあんな派手な魔法使うんじゃねぇよ。燃えちまうかと思ったわ」

 いつの間にかドゥーカの横に立つリリアイラが文句を言ったが、アピは「ふんっ」とそれを無視して妖精の手袋をはめていた。先程負った切り傷を妖精の灯で癒していく。

「ねぇドゥーカ兄。やっぱり回復職はパーティーに必要だと思うんだけど。ジャ・ムーだけ呼び戻せないの?」

「うーん。彼女は一応マイジャナ王国所属だからなぁ。シュラセーナには良い治癒術師はいないのか?」

「治癒術師はいるけど、それほど高い能力ではないのよねぇ。あっパンバルが治癒魔法使えたりしない?」

 アピの無茶な問い掛けにラウタンは少し戸惑った。

「パンバルは自己治癒能力ならありますけど……トケッタのメスは治癒する粘膜を出せますよ」

「えー私濡れるのきらぁい」

 ドゥーカとラウタンは流石に呆れた様子でアピを見ていた。


「ふふ。おもしろい子ですね」

 とジャイランが微笑む。

「もうちょっと可愛げがあればのう」

 とラダカンが嘆いた。

「ふんっ! おまえの躾がなってねぇんだよ」

 とリリアイラがぼやいた。


「そんな事より――」とリリアイラが話を続ける。

「本当に良い治癒術師はいねぇのか? ジャイラン」

「ええ。ラクシュマイア様も南の大陸には見当たらないと。ただ飛び島に気になる者がいるとの事です」

「飛び島って南と東の大陸の間にある島か……ババアが言うなら間違いねえだろう。いずれにせよ、ここの邪神を倒してからだな」


 精霊達がそんな会話をしている頃、アピがおもしろい発見をしていた。ラウタンが妖精の手袋をはめて水魔法を出した所、僅かではあるが治癒の効果が現れたのだ。

「いいじゃん! これなら矢に治癒を込めても打てるんじゃない?」

「でも濡れるの嫌いなんじゃ……?」

 ラウタンが恐る恐るそう言うと、アピがそれを制するように手袋を突き出した。

「すぐ乾かせばいーの!」

 結局、アピは手袋を無理矢理ラウタンに渡していた。



 暫しの休憩を挟み、三人は低層へと足を踏み入れる。





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