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【第三章】王都国立学園へ

【閑話】学園へ向かう準備

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―暗闇の森を出て数時間


 セレイム王国まであと少しところまで来たレイたち。
 昼前に出発したが、すでに空は夕日色に染まっていた。
 夕日が沈むころには王都へ入国できそうだ。
「やっぱり遠いわね」
「ああ。腹が減った」
 道中、休憩をはさみながら来ていたがフェンは限界のようだ。特に空腹に。
「王都に着いたら、とりあえず宿を確保しないと」
「そうだな。今晩の腹ごしらえは、以前の店がよい」
「ペガサス亭?」
「ああ。そんな名前だったな」
「じゃあそこにしようか」
「決まりだな」
「ええ」
「そうとなれば、急ぐとしよう」
 とたん、フェンが速度を上げた。どれほどお腹を空かせているのか容易に想像出来る。


「門が見えたらスピード落としてよ」
「分かっておる」


 それからは早かった。夕日が沈み切る前にセレイム王国に入ることが出来たレイたち。

 フェンは、レオンとして人の姿に扮していた。
 彼の容姿端麗さに街の人々はすれ違うたびに振り返り視線を奪われている。
「やけに視線を感じるな」
 その視線に対し怪訝な顔をするレオン。
「その容姿じゃ仕方ないわ」
 レイは淡々と答える。
「私は高貴な存在だからな、仕方あるまいか」
 口では悪態をついているが、その声はどこか楽しげだ。
「そうね」
 そんなレオンに、レイはジト目を向けた。
「先に、宿の予約をしましょう」



 しばらく歩き人の数が少し減ったように感じられた頃、一件の宿屋が目に留まった。
 宿の名前は、ケットシー。空想の生物、猫の妖精から名前をとったのだろう。
 ペガサス亭といい、この国は生き物に関連する名前の店が多いようだ。


 店の前には、
「旅の疲れを猫で癒されて行かれませんか?」
 という謳い文句が書かれた看板が立て掛けられていた。
「猫……」
 生き物が好きなレイは、その看板に目を奪われていた。
 その目は、少し煌めきを帯びている。


「宿代はどの店よりも安いな」
「そうね。一泊二日、朝食付きで銅貨三枚。朝夕食事つきでも銅貨5枚。一週間なら銅貨35枚」
「それにここならペガサス亭も近い」
 ペガサス亭は、目と鼻の先にある。
「ここに泊まってみましょうか。だめならまた違う宿を探しましょう」
「そうだな」
 二人は、猫の絵が描かれた、その扉を開けた。


 カランコロン


 店の扉についているベルが、レイが開いたと同時に軽やかに鳴った。
「いらっしゃいませ」

 レイたちを迎え入れたのは、肩に茶色い毛並みの猫を乗せた青年だ。
 綺麗な藍色の髪が特徴的な好青年だ。

「こんばんは」
「こんばんは。店主のダリスといいます。二名様ですか?」
 青年は、何やら作業をしていた様子だが、その手を止め受付に入っていった。
「ええ」
「お部屋は別々にされますか?」
「ええ、二部屋で」
「畏まりました。何泊されますか?」
「1週間で」
「ありがとうございます。朝食と夕食準備はいかがされますか?」
「朝食は毎食、夕食は必要な時だけ頼むことはできるかしら?」
「ええ。構いませんよ。では受付させていただきますね」
 青年は、レイの申し出に快く受け入れた。
「宿泊期間、7日間。お食事は、朝食7日分、夕食はその都度という事でお間違いなかったですか?」
「ええ」
「当店は、前払い制にさせていただいております。宿泊分と朝食分のお会計だけさせていただきますね。夕食代はその都度とのことですので。2名様で銅貨42枚になります」
「はい」
 レイは、宿泊代金を青年に渡した。
「はい。ちょうど頂きます。では、お部屋へご案内いたします」
 ダリスの案内に従って、3人は2階の宿泊部屋へ上がっていく。
「こちらになります」
 ダリスが足を止めたのは、黒猫と白猫がじゃれた様子が絵続きになっている2部屋だ。
「お手洗いは、部屋を出て左手の突き当たりに、女性用と男性用の札がかかっております。浴室は部屋を出て右手のピンクのリボンをつけた猫の扉が女性用、男性用はその向かいの青いリボンをつけた猫の扉です。分からないことがあれば受付までいらしてください。」
「わかりました。ありがとうございます」
「では、ごゆっくり」
 ダリスは、優しく微笑むと、自分の仕事へ戻って行った。



 それからの1週間はあっという間だった。



 それぞれの服や、授業に使うための用具を揃えたり、街の地形の把握のために練り歩いた。また図書館でセレイム王国やセレイム国立学園の大まかな歴史、文化の知識を蓄え、宿に戻れば猫たちと戯れて。もちろんペガサス亭にも足を運んだ。その時の話はまたの機会に。

 とそんな充実した日々を2人は過ごした。





 宿泊最終日、レイたちはチェックアウトの手続きをしていた。


「お客様、夕食代の銅貨は16枚でいいんですよ?28枚は全夕食分も入っております」
 正規の金額より多く払われていることに、慌てふためくダリス。
「この子達に癒しをもらったし、癒し代として受け取ってもらえないかしら?」
 彼女の近くに来た猫を撫でながら、レイはそう告げる。
「ですが……」
 受け取ることを渋るダリス。
 二人の間に沈黙が流れる。
 するとレオンが口をはさんだ。
「受け取れ。こうなるとこいつは引かないぞ」
 レオンの言葉を受け、ダリスはまた、少しの間考える。


「では、ありがたくいただきます。またいらしてくださいね。その時はサービスさせていただきます。」
 思慮した結果、受け取ることを決めたのだった。
「あ、そうだったわ。あとこれと」
 彼の返答を聞いて微笑んだレイは、ダリスにあるものを渡した。
「いいのですか!?」
 彼女が渡したのはは、キャットタワーといくつかの猫じゃらしだ。この店には、猫たちとっての憩い場というのは特にない。また猫と触れ合いはできるが、遊べるものもなかった。それを物悲しく思った彼女の粋な計らいだ。
「ええ。もっとこの子達の特性を活かせれば、もっとこの店も賑わうんじゃないかって。お節介だったかしら?」
「そんな!とても嬉しいです。ありがとうございます」
 ダリスは、レイから受け取った猫じゃらしを胸の前で握りしめながら、深くお辞儀をした。
「気に入ってもらえたようね」
 猫たちは早速キャットタワーに登って、また猫同士じゃれたりしながら遊んでいた。
 そんな彼らを見た彼女は表情にはそこまで現れていないが、声は嬉々としている。
「はい。レイさんのおかげで、この子たちの魅力をもっと伝えられそうです」
「それは、良かったわ。また来るわ」
 そうしてレイたちは、猫の宿・ケットシーを後にした。
「本当にありがとうございます。またのお越しを」
 扉が閉まる寸前、小さく呟かれたその言葉は、彼女に届いただろうか。
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みんなの感想(2件)

群龍猛
2023.01.23 群龍猛

一話しか読んでないのですが、会話の頭に「…」をよく使われていますよね。
登場人物の心情で「不安とか戸惑い」と現わしてるんでしょうけど、出来れば、その心の揺れ動きを「…」の代わりに文体で表現された方が良いかもですね。
優しい感じの文体なので、読みやすいかな~と思いますね。
出だしがややスロースターターな気がするので、序盤に読み手に「ん?」という仕掛けがあると読者も増えるかも。
後半は、個人的意見ですが、続けて書かれているのが素晴らしいと思います。

碧
2023.01.24

群龍猛様、コメントありがとうございます!

確かに、三点リーダーを多用してしまう癖がありますね。
もう少し、言葉で表現できるよう努めたいと思います!

なるほど、読み手を引きつける仕掛けですか!
加えてみるの、ありかもしれないです^^*

貴重なご意見ありがとうございました!
参考にさせていただきます。

解除
黒白
2022.12.03 黒白

2章の3が1章の3と内容が被ってますよ〜

碧
2022.12.04

黒白様、報告ありがとうございます!
今日コメントに気づき、返信が遅くなりました。すぐ第二章の3の内容を訂正しました💦

教えて頂いて、
本当にありがとうございます(><)




解除

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