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番外編・百合花(さくらママ)
⑥
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百合花は睡眠薬をやめて、酒を飲んでいる。睡眠薬をきちんとやめるところが真面目な百合花らしい。
子供達の養育費として使っている口座の明細はほとんど見ない。足りるお金を月々入れているから、見る必要がない。だから気がつかなかった。あおいもももも、塾をとうに辞めていた。
受験する子ばかりが集まる塾。学校の友達は、違う近くの塾に行っているか、行っていないか。百合花もそうだった。しかし中学受験をしてよかったと思うし、その後の人生がとても充実したものになったから、良かれと思ってのことだった。しかしあおいは百合花ではないのだ。
あおいとももは、さくらに何度か目撃したと言われ、いつ百合花に謝ろうかとそわそわしていたのだそうだ。
そんなに嫌なら言えば良かったのにと思ったが、言ったのだ。過去に何度か言っていたし、態度でもわかっていたのに。志郎に協力してもらって退会からの事後報告。それしか彼女らに選択肢はなかったのだ。
自分の意見が通らない時は、そりゃあ落ち込むものだ。百合花よりも志郎を頼った娘たち。キモい父親は、役に立ったのだ。
「塾の時間帯、何してたのよ」
二日酔いの百合花は、いつもより十五分起床が遅れ、キッチンにたどり着いた頃には志郎が先にコーヒーを飲んでいた。志郎はいたずらな笑顔を浮かべ、「ファストフード食べたいだの、色々言うから、百合花が連れていかなそうなとこで時間潰してた」と言った。やっぱり昨日は起きていたんだ。そして、娘たちがカミングアウトしているのをこっそり聞いていたんだ。
「……起きていられるんじゃないの」
「ん? 何?」
「なんでもない」
コーヒーを飲む志郎を見て、本当におじさんになったなと思った。
「そーゆーので機嫌とってたんだ」
「そうそう。もうすぐ本当にかまってもらえなくなるからね」
「もう私にばれたから、できないじゃない。もっと私の行かなそうなところに行きなさいよ」
「ほんと考えが浅かったわー。ところで昨日さ、病院でね……」
志郎は話題を変え、職場での面白い話をしてきた。こういう話ができるなら、《やらない選択》というのもありなのかもしれない。百合花だってやりたいわけじゃなかった。仲良く居たかっただけなのだから。久しぶりに二人でどうでもいい話をするのは、楽しかった。
いちいちいじけなくてもいい。百合花の意思に反して、子供達が塾を辞めたことも、志郎がセックスを断ったことも。
百合花はコップ一杯の水を、流し込んだ。
子供達の養育費として使っている口座の明細はほとんど見ない。足りるお金を月々入れているから、見る必要がない。だから気がつかなかった。あおいもももも、塾をとうに辞めていた。
受験する子ばかりが集まる塾。学校の友達は、違う近くの塾に行っているか、行っていないか。百合花もそうだった。しかし中学受験をしてよかったと思うし、その後の人生がとても充実したものになったから、良かれと思ってのことだった。しかしあおいは百合花ではないのだ。
あおいとももは、さくらに何度か目撃したと言われ、いつ百合花に謝ろうかとそわそわしていたのだそうだ。
そんなに嫌なら言えば良かったのにと思ったが、言ったのだ。過去に何度か言っていたし、態度でもわかっていたのに。志郎に協力してもらって退会からの事後報告。それしか彼女らに選択肢はなかったのだ。
自分の意見が通らない時は、そりゃあ落ち込むものだ。百合花よりも志郎を頼った娘たち。キモい父親は、役に立ったのだ。
「塾の時間帯、何してたのよ」
二日酔いの百合花は、いつもより十五分起床が遅れ、キッチンにたどり着いた頃には志郎が先にコーヒーを飲んでいた。志郎はいたずらな笑顔を浮かべ、「ファストフード食べたいだの、色々言うから、百合花が連れていかなそうなとこで時間潰してた」と言った。やっぱり昨日は起きていたんだ。そして、娘たちがカミングアウトしているのをこっそり聞いていたんだ。
「……起きていられるんじゃないの」
「ん? 何?」
「なんでもない」
コーヒーを飲む志郎を見て、本当におじさんになったなと思った。
「そーゆーので機嫌とってたんだ」
「そうそう。もうすぐ本当にかまってもらえなくなるからね」
「もう私にばれたから、できないじゃない。もっと私の行かなそうなところに行きなさいよ」
「ほんと考えが浅かったわー。ところで昨日さ、病院でね……」
志郎は話題を変え、職場での面白い話をしてきた。こういう話ができるなら、《やらない選択》というのもありなのかもしれない。百合花だってやりたいわけじゃなかった。仲良く居たかっただけなのだから。久しぶりに二人でどうでもいい話をするのは、楽しかった。
いちいちいじけなくてもいい。百合花の意思に反して、子供達が塾を辞めたことも、志郎がセックスを断ったことも。
百合花はコップ一杯の水を、流し込んだ。
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