52 / 57
番外編・百合花(さくらママ)
①
しおりを挟む
「眠い」
志郎は眠いというか、もう既に寝ている。知っていたが、一応今日もチャンスだったから百合花は「エッチしよう」と誘ってみたのだ。子供達が大きくなって、チャンスは増えたようで減っている。五年生の長女、四年生の次女、五歳の三女。上の二人は最近遅くまで起きているようなので、全員寝てくれた今日のような日は滅多に来ない。一月前にもこんな日があって、一応志郎に「エッチしよう」と言ったらその日も「もう眠い」と断られた。
昔、まだ志郎が三十代だった頃は、どんなに眠くてもやりたくなくても誘われたら百合花は断らなかったではないか。なんて勝手な男だろう。結婚するとき志郎が「セックスって大事だと思うんだよね。やらなくなったら終わりだと思うんだよね」とか言っていたのを真に受けて、円満家庭を維持するために百合花は努力してきたというのに、自分の体力がなくなったらとっととセックスを放棄した彼を許せるだろうか。志郎は四十六、百合花は三十七。百合花はまだ女盛りだと思う。努力して体型を維持している。家庭も仕事も頑張って、会社でも若いMR達からは羨望の眼差しで見られていると思う。自分で言うのもなんだけど、男性医師のウケはいい。全てセックスしているからだと思っていた。エストロゲンが出ると、女は綺麗になるから。志郎を愛していて故にセックスしたいというのは少し違った。綺麗でいたいから、家庭円満でありたいから、夫婦で仲良くいたいから、その手段としてセックスが最も効率的で、効果的だというだけの話だった。
断られた事実が単純にショックだったのに、それを認めたくなくて百合花は様々な理屈を頭の中で並べて、自分を納得させようとした。眠れない。子育てが落ち着いてきた最近は、もともとの不眠症が再燃していた。もう母乳を与えているわけでもないしと、一度苦労して辞めた睡眠薬に手を伸ばす。更にベランダに出て加熱式の煙草を吸う。香山先生……万恵ちゃんのママに喫煙者だと知れたら軽蔑されるだろうな、と苦笑する。この間、糖尿患者向けに生活習慣病のリスクについての講演を行ったが、百合花は偉そうに喫煙の害について面白おかしく解りやすく話して、運営側からも大絶賛されたばかりだ。このままセックスをしなくなったら、自分も色々な害に冒されていきそうだ。百合花を守ってくれるエストロゲンはきっと低下し、内分泌系は確実に老化していく。
志郎のバカ。
年上だから、夫の性欲が先に枯れるのはあり得る話。しかし、こんなに美しくてできる女を妻にしておいて、断るってなにごとだ。眠いって。悔しくてたまらない。
志郎は眠いというか、もう既に寝ている。知っていたが、一応今日もチャンスだったから百合花は「エッチしよう」と誘ってみたのだ。子供達が大きくなって、チャンスは増えたようで減っている。五年生の長女、四年生の次女、五歳の三女。上の二人は最近遅くまで起きているようなので、全員寝てくれた今日のような日は滅多に来ない。一月前にもこんな日があって、一応志郎に「エッチしよう」と言ったらその日も「もう眠い」と断られた。
昔、まだ志郎が三十代だった頃は、どんなに眠くてもやりたくなくても誘われたら百合花は断らなかったではないか。なんて勝手な男だろう。結婚するとき志郎が「セックスって大事だと思うんだよね。やらなくなったら終わりだと思うんだよね」とか言っていたのを真に受けて、円満家庭を維持するために百合花は努力してきたというのに、自分の体力がなくなったらとっととセックスを放棄した彼を許せるだろうか。志郎は四十六、百合花は三十七。百合花はまだ女盛りだと思う。努力して体型を維持している。家庭も仕事も頑張って、会社でも若いMR達からは羨望の眼差しで見られていると思う。自分で言うのもなんだけど、男性医師のウケはいい。全てセックスしているからだと思っていた。エストロゲンが出ると、女は綺麗になるから。志郎を愛していて故にセックスしたいというのは少し違った。綺麗でいたいから、家庭円満でありたいから、夫婦で仲良くいたいから、その手段としてセックスが最も効率的で、効果的だというだけの話だった。
断られた事実が単純にショックだったのに、それを認めたくなくて百合花は様々な理屈を頭の中で並べて、自分を納得させようとした。眠れない。子育てが落ち着いてきた最近は、もともとの不眠症が再燃していた。もう母乳を与えているわけでもないしと、一度苦労して辞めた睡眠薬に手を伸ばす。更にベランダに出て加熱式の煙草を吸う。香山先生……万恵ちゃんのママに喫煙者だと知れたら軽蔑されるだろうな、と苦笑する。この間、糖尿患者向けに生活習慣病のリスクについての講演を行ったが、百合花は偉そうに喫煙の害について面白おかしく解りやすく話して、運営側からも大絶賛されたばかりだ。このままセックスをしなくなったら、自分も色々な害に冒されていきそうだ。百合花を守ってくれるエストロゲンはきっと低下し、内分泌系は確実に老化していく。
志郎のバカ。
年上だから、夫の性欲が先に枯れるのはあり得る話。しかし、こんなに美しくてできる女を妻にしておいて、断るってなにごとだ。眠いって。悔しくてたまらない。
0
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説

地獄の業火に焚べるのは……
緑谷めい
恋愛
伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。
やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。
※ 全5話完結予定


隣人はクールな同期でした。
氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。
30歳を前にして
未婚で恋人もいないけれど。
マンションの隣に住む同期の男と
酒を酌み交わす日々。
心許すアイツとは
”同期以上、恋人未満―――”
1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され
恋敵の幼馴染には刃を向けられる。
広報部所属
●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳)
編集部所属 副編集長
●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳)
本当に好きな人は…誰?
己の気持ちに向き合う最後の恋。
“ただの恋愛物語”ってだけじゃない
命と、人との
向き合うという事。
現実に、なさそうな
だけどちょっとあり得るかもしれない
複雑に絡み合う人間模様を描いた
等身大のラブストーリー。


極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる