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世話好きです!
①
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「カンパーイ」
金沢が豪快にビールを飲む。紗耶香も一杯目は負けない。
結局藤川は来なかった。本当に具合が悪いということにしてやろう。庭田も来るわけもなく、寂しいから野坂美紀に声をかけたがお母さんの誕生日らしくて断られ、もう他に誰も誘う元気がなかった。金沢との二人飲みは初めてではない。金沢は職場の酒を飲む職員ほとんどと飲みに行ったことがある。在園児の父母とも個人的に飲みに行ったのが園長にバレてこの間怒られていた。そんな男である。
「で、どさくさに紛れて髪の毛明るい言われたと」
金沢はゲラゲラ笑いながらもう飲み干したビールをもう一杯頼む。もちろん飲み放題コースである。
「……これ明るいかなぁ」
「うちで誰よりも明るいけど」
「……染めるわ。真っ黒にしてくる。はー、なんか中学生みたいな展開ほんとまいる」
「紗耶香は中学レベルってことだな。ま、智也の動きが悪いのは勘弁してくれ。あいつだって一生懸命なんだ」
「わかってるけどさぁー。でもほんと、クラス編成のことも言われたけど、うちって担当の割り振りセンスないんじゃない? 園長と副園長さぁ」
「人のせいにすんな。人がいないんだから」
そうなのだ。保育士不足は社会問題である。うちの園では新卒で入って十年続けるのは半数。その新卒で入る保育士も、年に一人か二人だ。応募があまりないのである。紗耶香の年度は花怜と藤川で三人。その次の年度に入った子は一名で一年で辞め、翌年は豊作で四人入ったが、その次の年はゼロ。こんな感じだ。金沢の年も金沢一人だったという。ベテランとして残っている職員は更に少ない。恒星の親は、自分よりも年上のベテラン職員を求めているのだろうが、物理的に無理。若手が育つしかないのだが、育たない、辞める、妊娠する、とうまくいかない。
「紗耶香がいるから大丈夫だって、あじさいの担当は決まったんだと思うぞ。紗耶香は面倒見がいいから、新人の指導もできるって。あ、ビール。もうピッチャーでください」
「……庭田先生も、悪くはなかったんだけどね。どうして妊娠するとああなっちゃうのかな」
「それはそれだろ。妊娠イコール悪いみたいな印象はさ、もし紗耶香がそうなった時に辛いからだめだって。考え変えろ」
「だってさぁー…」
金沢と仕事のことや、保育情勢のことを話していたらなんだか頭が冷えてきた。藤川や庭田のせいにばかりしないで、もっと、頼りにされているらしい紗耶香が育ててやらなければいけないのだ。そうだ、子供達と同じ。そう思えばいいのか。
「ねぇ帰りに藤川先生んちに差し入れでも届けようか? あれ?」
紗耶香が思い付いて顔を上げると、金沢は完璧に飲み過ぎで机に額をつけているではないか。
「ちょっとー! 金沢先生!」
金沢が豪快にビールを飲む。紗耶香も一杯目は負けない。
結局藤川は来なかった。本当に具合が悪いということにしてやろう。庭田も来るわけもなく、寂しいから野坂美紀に声をかけたがお母さんの誕生日らしくて断られ、もう他に誰も誘う元気がなかった。金沢との二人飲みは初めてではない。金沢は職場の酒を飲む職員ほとんどと飲みに行ったことがある。在園児の父母とも個人的に飲みに行ったのが園長にバレてこの間怒られていた。そんな男である。
「で、どさくさに紛れて髪の毛明るい言われたと」
金沢はゲラゲラ笑いながらもう飲み干したビールをもう一杯頼む。もちろん飲み放題コースである。
「……これ明るいかなぁ」
「うちで誰よりも明るいけど」
「……染めるわ。真っ黒にしてくる。はー、なんか中学生みたいな展開ほんとまいる」
「紗耶香は中学レベルってことだな。ま、智也の動きが悪いのは勘弁してくれ。あいつだって一生懸命なんだ」
「わかってるけどさぁー。でもほんと、クラス編成のことも言われたけど、うちって担当の割り振りセンスないんじゃない? 園長と副園長さぁ」
「人のせいにすんな。人がいないんだから」
そうなのだ。保育士不足は社会問題である。うちの園では新卒で入って十年続けるのは半数。その新卒で入る保育士も、年に一人か二人だ。応募があまりないのである。紗耶香の年度は花怜と藤川で三人。その次の年度に入った子は一名で一年で辞め、翌年は豊作で四人入ったが、その次の年はゼロ。こんな感じだ。金沢の年も金沢一人だったという。ベテランとして残っている職員は更に少ない。恒星の親は、自分よりも年上のベテラン職員を求めているのだろうが、物理的に無理。若手が育つしかないのだが、育たない、辞める、妊娠する、とうまくいかない。
「紗耶香がいるから大丈夫だって、あじさいの担当は決まったんだと思うぞ。紗耶香は面倒見がいいから、新人の指導もできるって。あ、ビール。もうピッチャーでください」
「……庭田先生も、悪くはなかったんだけどね。どうして妊娠するとああなっちゃうのかな」
「それはそれだろ。妊娠イコール悪いみたいな印象はさ、もし紗耶香がそうなった時に辛いからだめだって。考え変えろ」
「だってさぁー…」
金沢と仕事のことや、保育情勢のことを話していたらなんだか頭が冷えてきた。藤川や庭田のせいにばかりしないで、もっと、頼りにされているらしい紗耶香が育ててやらなければいけないのだ。そうだ、子供達と同じ。そう思えばいいのか。
「ねぇ帰りに藤川先生んちに差し入れでも届けようか? あれ?」
紗耶香が思い付いて顔を上げると、金沢は完璧に飲み過ぎで机に額をつけているではないか。
「ちょっとー! 金沢先生!」
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