デブ反対

沢麻

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恵梨香ダイエット四ヶ月め・あと九キロ

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 「主任、最近ジムどうですか?」
 高柳が珍しく話しかけてきた。同じスポーツクラブに通っていることで、恵梨香の恐ろしさは緩和されたのだろうか。
 「続いてますよ。でも張り切りすぎてちょっと膝痛めたので、ヨガ中心にしてます」
 「へぇーヨガ。私、実はもう三週間も行けてなくて、会費の無駄になってます」
 「あらそうなんだ。会わないと思った」
 敢えて時間を遅めにして、ずらしていたことは言わない。
 「娘の熱とか、いきなり姉が来たりとか、なんか重なってしまって。あの、インストラクターの木部さんってわかります? 私あの人のファンなんですけど、会えなくて辛いです。彼どうしてるかな」
 「……」
 何を言うかと思ったら、家庭があるくせに、しかもダイエットが目的だったはずが違ったことになってるし。恵梨香は呆れた。本当にこの高柳という女は、色々ぬるいのだ。
 「私の時間帯にはいないかも。まぁ今週こそは行けたらいいですね」
 恵梨香は当たり障りないことを言って高柳を励まし、彼女から離れた。
 実は木部俊也は恵梨香の高校の同級生なのだった。若く見えるがもう三十八だと知ったら高柳は落胆するだろう。恵梨香も木部がまさかジムのインストラクターをしているとは思わなかった。先日久しぶりに話したが、失礼なことに「なんだよ太ったなお前」と言いやがった。見返す人間がまた一人増えた為、恵梨香は俄然ダイエットに燃えているのだ。
 
 大上の弁当を見てから、恵梨香も内容を改めた。大上と恵梨香は三十キロは違いそうなので、弁当箱のサイズは変えずに、野菜を増やした。というか二段弁当箱の一段を全て彩りのよい野菜にし、米はアルミカップにちょこんと俵おにぎりを入れてそれで終わりにすると決めた。たんぱく質は鳥むね肉でハムを作り、それを残りのスペースに詰め込む。大上はドレッシングを使っているが、恵梨香は何もかけずにハムの塩気で野菜をいただくことでむくみ対策をしている。思ったより空腹で困ることはなかった。というか、空腹で困ったら心の中で「グリコーゲン、グリコーゲン」「貯蔵脂肪、貯蔵脂肪」と唱えることにしている。そんな弁当を暫く続けたところ、恵梨香はついに六十九キロになった。残すところあと九キロである。十キロをきると気分も爽快で、なんだか自分に自信がついた。痩せるって素晴らしい。欲望をセーブするだけで、素敵な自分が手に入るのだ。しかも恵梨香は非常にダイエット向きな性格だと判明した。何故今まで取り組んでこなかったのか疑問だ。
 
 「ねぇ飲みに行こうよ」
 仕事終わりの木部が、運動終わりの恵梨香に話しかけてきた。時間帯によっては一緒にバス停まで行くこともあったのである。
 たまにはいいかなーと思った。そういえばここ四ヶ月も、外食を控えていた。
 「そこのビール園行こうよ。焼き肉喰おう」
 「えっビール? 焼き肉? 喧嘩売ってるのアンタ」
 「好きそうじゃん」
 「まぁ好きだけど……」
 木部に推しきられ、恵梨香はビール園に行くことになった。ビールと焼き肉は何故セットにされることが多いのだろうか。中性脂肪をわざわざ蓄える為の組み合わせとも言える。しかし、久しぶりに食べたこの悪のセットは物凄く美味であった。あぁ、世の中にはこんな楽しいことがあったんだ、と恵梨香は染々感じた。脂っこいものって美味しい。いつも鳥むねばかりだから余計に思う。一緒に食べる相手も悪くない。高柳を虜にしただけあり、木部はイケメンだ。
 「へぇー澤田は主任さんなんだ。真面目だもんなぁ。向いてるけど、怖そうだな」
 「みんながちゃんと働いていれば怖くないから。でも最近の若いのはどうしてもね……」
 「それそれ、そのセリフおばさんくさい」
 「おばさんだもん」
 「俺はまだおじさんじゃないと思ってるぞ。ってか澤田、あと五キロくらい痩せたら俺と付き合わない?」
 「はっ?」
 は?
 
 何それ。
 五キロくらい痩せたら?
 俺と付き合わない?
 なんて突っ込みどころが満載な申し出だろう。恵梨香は一気にビールの味がわからなくなった。どうせなら美味しくカロリーを摂りたいのに今から食べ飲む分は無駄かもしれない、と、とんちんかんなことを思った。
 目の前では木部が美味そうにカルビを頬張っている。
 
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