快気夕町の廃墟ガール

四季の二乗

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霜が降る

霜を下ろせば

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 吐く息は白く、歩く足は鈍い。
 ひたすらに続く積雪はどれだけ歩いたのかさえも曖昧にする。振り続ける雪が足跡さえも消し、近づいているのかさえ分からない。山岳は責め立てる様にただそこに佇んでいる。
 霜が足の先から私の体温を奪おうと侵食していた。

 キッカケは些細な出来事。今にして思えば馬鹿馬鹿しい話だ。
 とある温泉宿での次男坊であった私は、自由奔放な長兄の背を見ていたせいか真面目な人間に育っていた。大学にも進まずに放浪の旅と称しては時折手紙を送る長兄に変わり、跡目的な意味合いで両親が期待していたのは言うまでもない。
 そう言った性格であり、尚且つまんざらでも無かった私がその路を目指すには時間がかからなかった。経済学を専攻し、帳簿で自分の故郷を立て直そうと私は勉学に励んでいた。

 そんな折、久々に届いた長兄の手紙には私宛の物が含まれていた。誤解の無い様追記しておくが、私と長兄の仲は悪くない。むしろ良かったと思う。両親との仲は確かに険悪であったが、自身の近況をそうして届ける義理もあったし、何より意外と思慮深い長兄とこの街の未来について語り合った日々は私だけの思い出だったからだ。
 ただ、長兄には合わなかった。そして私には興味があった。
 それが私達兄弟の結論だ。
 
 話を戻すが、長兄の手紙は何時もの旅程の他に私個人に当てられた手紙が同封されていた。私個人に当てられた手紙は珍しく、大抵が一方的な近況報告という事もあり私は物珍しさを感じながらその手紙を受け取る。

 
 その手紙は、長兄らしい著名な作家を用いた書き出しから始まった。



 親愛なる愚弟へ
 トンネルを抜ければ雪国とされるが、そんな事は無いらしい。
 そちらは秋も深まり木枯らしもとうに過ぎている頃合いだと思うが、福島の黒川城では雪化粧もすんでおり、雪で埋まりそうになる。この地域は実に面白くって、浜通り、中通り、会津という区分で積雪量が違うのだ。冒頭ではトンネルを否定したが、これほど長いトンネルがあれば話は変わって見えるだろうな。それに、白銀の中で浸かる湯もいい。
 君は相変わらず勉学に励んでいるようだが、たまには息抜きが必要だと私は思う。真面目過ぎるきらいがあるのは美徳だが、倒れてしまっては元も子もない。
 まあ、それが私が原因だという話は君の胸の内だけに留めておいてくれ。
 余りにもひどい積雪は人を凍えさせるが、銀世界の情景は人の心を焼き付かせるものだ。それはきっと思い出になるし、君の熱意に更なる熱を呼び起こすだろう。息抜きも兼ねて、こちらに来るといい。いい温泉宿があるんだ。駅から多少離れてはいるが、君のなまった体を動かすにもちょうどいいだろう。

 駅へ着けば、私の友人が出迎えてくれるはずだ。彼女は少し。いや、多少?ネガティブだが、きっと君の良き理解者になると思う。送金した金には旅費も含まれている。両親にも伝えたから、心置きなく来ると言い。列車の中で参考書を読むなよ?せっかくの旅行だ。たまには参考書を手放したまえ。

 最後に。北方には雪女という伝承が残っている。それは殆どが無念の死体を積み上げる故に不幸の文末で終わる。
 悲哀に満ちた物語を喜劇にするにはどうすればいいのだろうか?たとえ誰かが望まない結末であろうと、誰かが望むなら変える方法はあるのだろうか?
 私には変える事が出来ない。何せ、こういう男だからね。
 だから、もしそんな人間に出会ったら君は喜劇に準じてほしい。誰もが其処に幾度とない苦悩や坂道があったとしても、それが正しい喜劇だったと認められるような結末で終わらせてくれ。
 私には無かった君の真面目さが、きっと誰かを救うだろうから。

 北方より、かしこ。

 

 


 同じ温泉郷でも、雪が積もる事さえ珍しいこの場所とは違って見えるだろう。
 あの愚兄が最後に伝えたかった出会いというのが何を指しているのかは知らないが、思惑に沿う形で私は支度を始めた。もしかしたら、この街の発展の為の手掛かりになるかもしれない。ならなくても、体を休め次につなげるのも立派な仕事だから。
 
 そして、降り立った期日。
 ツイていない。ひたすらそう思う事にした。
 目的地の駅は駅員が一人いるのみのこじんまりとした駅で、目の前の農村地帯には目印となる看板しか特筆する物が無い。十数件の家があるものの、白銀が音を吸収するからか辺りは深い無音に包まれていた。定刻通りだというのに噂の人間は現れず、唯一人寂しく積もる銀世界を眺めている。
 このまま居続けば凍死になりかねない。駅を模したプレハブ小屋にはストーブの類も備え付けてもいなかった。駅員によれば、目的地の温泉宿には半時間程手足を動かさなければならないと聞く。しかも、それはこんなにも雪に覆われていない事を考慮しての時間だ。

 彼女には悪いが、私は意を決してその道を歩くことにした。

 ナイロン製の傘に無音ながら積もる雪を払いながら、半分埋もれた案内板を頼りに道を歩く。
 積雪は雪かきさえも追いつく事は無いようで、舗装された車道さえも侵食していた。歩道は特にひどく、仕方なしに車道を進む。長兄はいい運動になる等と言っていたがこれでは運動どころかここで冷たくミイラとなり果てるばかりだ。
 ひたすらに歩いても足跡さえ侵食していくような深い雪に、次第と心が折れていくような気がした。目的地の様相は未だに見えず、歩いても歩いても変わらない白銀が続く。

 確かに、それは美しい情景だっただろう。
 だがしかし。極限状態で美しさは語れまい。

 私は歩む足を止める事は無くとも、何処かその寒さに意識までが埋もれていくような感覚に陥った。
 元来、私は体がいい訳ではない。
 運動については昔から振るわない成績だったし、子供の頃はよく風邪を引いて心配されていたものだ。私はその過保護気味な両親の愛情があまり好きではなかったが、今になってしみじみとこみあげてくるものがある。齢十五の身としては特に。

 愚兄に愚痴を言う暇もなく息絶えたくはなかったが、何、これもまた致し方が無いという結末なのだろう。

「私は意識を手放した」

 最後のセリフが、そんなモノだなんて笑いたくなるよ。












 目が覚めると、冷たい感触が包んでいた。
 だというのに歩みは止まっていなかった。いや、歩いているのは私ではない。私は如何やら眠っていたようで、聞いたことがある話では冬道で眠る事は死に値するそうだ。

 だというのにも私は進んでいて、何者かの感触が包んでいた。

 誰かがおぶっていると分かった時には、すっかりと頭が冴え渡っていた。
 しかして人の体温ではなく、その女性は氷のように冷たかった。



 雪女だ。
 私は、そう確信した。

 
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