馳せる空に、死体は浮かぶ

四季の二乗

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今も続く快晴といふ空

今も続く快晴といふ空5

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 では、なぜ嘘を付いているんだ?
 いや、この場で問うべき言葉は其れではない。
 
 彼女の自殺には、様々な謎がある。
 彼女は自殺をする際、誰にも見られないような郊外の廃墟を選んだ。その理由は彼女が廃墟巡りを趣味としており。その際に、廃墟巡りを通じてあの場所を選んだのだろう。

 私が思うに、彼女が選んだ条件は二つだ。

 一つ。人が来ない場所である事。
 その方法は、焼死か刺殺である事。

 それ以上の事は考察の域に入る為、割愛するが。私はこの自殺に対して、人為的な影響が含まれていると思っている。
 私が理解している漣は、多少也の傷があろうとも立ち上がれる強い人間だ。そんな彼女が追い詰められたほどの何かがあり、彼女はそれを伝えようとしたのではないか?
 彼女の心をそれ程動かせる”誰か”は__。

 私の知る限り二人いて。
 いなくなった彼女を除けば、目の前の探偵しかいない。
 
 少なくとも、目の前の探偵は事情を知っている筈なのだ。
 治先輩は、人を見る目があり彼女の事情を理解できる。そして、その上で彼女のメンタルに対して影響を与えられる唯一の人間だと私は理解している。

「__なぜ、嘘を付くんですか?探偵さん」
「何の事だ?」
「知っていますよね?明らかに」

 沈黙が辺りを支配する。
 夏らしい陽気が、その無音を掻き消していく。

「教えてください。何故彼女は自殺したんですか?」
「__何のことか、さっぱりだ」

 沈黙は無く、彼は否定を答える。
 茹だれるような蝉時雨が場を支配し、歩を歩もうとする彼を私は止めた。もし彼がこの事態に対して、下らない事だと思っているのなら?後輩が死んで、私という後輩が声を上げたとして。
 彼は真実を語るだろうか?
 
 __その可能性は、無いに等しい。

「教えてください。貴方は。何を知っているんですか?」
「__」

 探偵の言葉が止まった。
 私は人物画を撮る事を何よりも愛している。
 その趣味も相まってか、人を見る目は確かだと思う。
 故に、私は私の先輩であり探偵である治先輩の性格を、より深く知っている事を自覚している。公務員というあだ名を持つ彼は、その名の通り几帳面な性格をしている。
 そしてそれは、彼の性格を支える土台でもある。
 追い立てるように、言葉を並べれば。__探偵は、苛立つように口を開いた。

 真面目であるがゆえに、彼は立て続ける言葉を無視できない。

「それを聞いてどうする気だ?お前は、アイツの代行者か?あいつの思いを受け継ぐとでも言うのか?__冗談じゃない。いいか、太宰。お前が理解しない事こそがアイツの尊厳だ」

 まるで自分に言い聞かせるように。
 そんな感情を含めるように、探偵は言葉(いらだち)を漏らした。

「死者は何も語れない。だからこそ、尊厳は守り通さなくてはならない」

 尊厳。それが、彼女の秘密を守る理由なのだろう。

「__私が何かを知る事で、彼女の尊厳が消えるとでも?」
「お前がお前らしく振舞う事で、他人に迷惑が掛かるんだよ」
「__そんなの可笑しいですよ」
「がんばる無能が一番邪魔なのさ。お前みたいにな」

 自嘲気味に続ける探偵。
 私に向けられている筈の言葉だが、その方向性は、自分に向けられているように思われる。

「__漣が死んだ理由は、おまえを守る為だ。俺は、それ以外に言えない」
「__どういうことですか?」
「死者は何も語れないが、その死には意味がある。意味があってしかるべきだ。お前が日常を続けることが、お前がアイツを忘れない事が。__アイツの意味になる」

 自分を突き刺す行為が、私を守る為?
 その行為がどうしてそれに繋がる?自分に対しての殺意が、何故私を守る事に繋がる?
 __いや、もしかして。

「意味になるんだ。アイツの自殺も、お前の後悔も」

 その殺意の方向性は、__やはり、私にあるのではないか?

「言っている事が分かりません」
「奇遇だな。オレもだ」

 あっけらかんと、彼は答えた。
 少しばかり、肩の荷が下りたような顔をしていた。私は知っている。探偵は重荷を背負いすぎているのだ。だから感情的になり、時折その感情を吐き出してしまう。
 私はソレを利用したに過ぎない。

「とにかく、気にするな。お前が友人を忘れなければそれでいい」

 それ以上、言葉を続ける気は無さそうだった。
 何時も通り前を向いて、探偵は歩きだした。私は知っている。姉さんの横にいたこの人は、事務的ながら冷徹ではない事を。決断に至るまでに、後悔が無い訳ではない事を。
 だからこそ、彼は彼女の死に対して”仕方がない”と思っている。
 それが彼女の決断だからか。それともほかに理由があるのかもしれない。
 それを踏まえて、含めながら。最善である事に重きを置く人間だ。

 冷徹な思考が出来る人間が、冷たいばかりの人間で無い事は私の理解する所だ。

「それは、探偵としての答えですか?」
「お前よりも生きた、先人としての言葉だ。太宰」

 私はソレでも。

「僕は、それでも知ろうとしますよ?」

 __簡単な事だった。
 彼がどうするかではなく、これはやはり、私の話なのだ。
 私は、今初めて気づいた。私は他人に頼りすぎている。これが彼女の問題であると言われたとしても、自分を巻き込まない為の犠牲だとしても。__重要なのは、私が何をするべきかだ。

「先輩」
「その言葉は、井辻にしか使わないんじゃなかったか?」

 私は少しばかり大切にしていた言葉を捨てた。
 言葉は、多用するごとに重みを無くしていく。
 姉さんが死んでから、私の重みであったはずの停滞を。

 私は自身に対しての彼女の思い出は無く、自分が何を求め何をしたいのかを明確に示さなければならない。
 私という人間にとって、私が最善である選択をしなければならない。
 私が彼女の自殺の理由だとしても、それは彼女の選択であり私ではないのだから。
 
 呪いは、共感を産もうとする呪詛だ。
 けれど。
 私は、私である。

「ええ。ですがもう止めにしたんです。私はこれから、私の好きを貫かなきゃいけないんです。先輩や、お姉ちゃんの言葉では無くて。私の言葉で、私の選択を歩もうと思います」

 歩む足は、自分自身の足であるはずだ。

「__だから、御迷惑をかけると思います」

 それは、宣言に近い言葉だ。
 私はこの死を理解し、停滞を望まないという。

「__お前をお世話したつもりは無いよ」
「邪魔でしたか?」
「うるさい後輩が消えて清々する。__お前が何をしようが、俺は俺のやるべきことをする。それはお前も同じだろ?」
「__やはり。先輩は、ツンデレですね」

 私は受け売りの言葉を吐く。
 その意味に沿うように、彼は顔を背けるのだ。








「井の中の蛙は大海を知らないが、生きていけぬとも限らんからな」
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