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今も続く快晴といふ空
今も続く快晴といふ空3
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周囲の喧騒と、慌ただしい蝉時雨が住宅街を支配していた。
規制線が張られた向こうで、何処かの誰かが死んだらしい。野次馬達を横目に、私はその場を去る。見たいとも思えない光景を移したくはなかったし、他人の死を見るのはこりごりだからだ。
私は、人の死を知っている。
彼らが物珍しそうに、見物客の様に見たい光景を嫌でも知っている。
それは単純だ。
私の姉の、"自殺"を見たのだから。
かけがえのない傷を思い出しながら、私は目的地へと脚を進めた。
私の母が経営する事務所を横切り、待ち合わせ場所である喫茶店へと足を運んだ。ガラス張りの店内を覗くと、どうやら待ち人は付いていたらしい。
「待ちました?」
「うん。すごく待った」
部活動を終えたばかりの友人は、愛用の手提げかばんを足元に置き、温かいコーヒーを啜りながら時間を潰していたようだった。外は相変わらず日差しが燦々としていたが、店内は空調のせいで肌寒い位だ。私は周囲の人間になぞる様に、冷えたアイスティーを注文する。
注文を終えると、マーカーが引かれた台本を閉じ、私の方へと顔を上げた。
「どうしたの?五分遅刻だけど」
「すみません。少しアルバムの整理に手間取っていました」
「その言い訳するの、ほんと君ぐらいだよね。アズ」
アズと呼ばれた私は、すまなそうに苦笑する。
屋内(おくない)漣(さざなみ)は、私の友人であり演劇部に所属する同級生だ。幼い頃から演劇を続けているようで、その実力は平凡であるらしいが、今度の文化祭では四人の登場人物の一人として選出されたと聞いている。
おめでとうと言葉を投げかけると、彼女は少し照れたようにありがとうと言う。
「まぁ、フィルムの現像とかして遅れたら怒っていたけど」
「今も怒っているでしょ?」
「怒っていませんよ。私は、かなり冷静です」
なら、怒っているじゃないか。
素直でない友人だ。
「__それで?緊急会議とは?」
「実は、近くに映えそうな廃墟を見つけてしまって、__ですな」
劇を愛する一役者の彼女であるが、彼女にはもう一つ明白な趣味を持っていた。
それは、私と似て非なる趣味であり、多少色合いは違うが写真を撮る事を趣味とするのは共通する。
「__それって」
「廃墟巡り。行きません?」
屋内(おくない)漣(さざなみ)は、廃屋を好む変わった友人だ。
人が住んだ証を。物が朽ちていく様を、彼女は愛している。
「漣市で見かけまして。廃墟ガールズとしましては、活動をしなければ沽券にかかわる事態だと思う次第で」
「__まあ、僕は構いませんけど。いつも思うんですが、廃墟ガールズっていうユニット名どうにかならないですかね?」
そうして気が合う私達は、廃墟ガールズなる活動名と共に廃墟の撮影に勤しむ活動をしている。とはいうものの、大抵が彼女の趣味に付き合う形となっているが。それでもその趣味を満喫するのは悪い気はしない。
其処には確かに似た何かがあって。
其処には、私が求めている風景もある。
だからこそ、私達は友人なのだろう。
「カッコいいでしょ?廃墟ガールズ」
「__ロマンはありそうですけど」
「そう。ロマンだ。やっぱり、私と君は気が合うね」
どうやら彼女とは気が合うらしい。
屋内(おくない)漣(さざなみ)には兄がいる。私の姉と同じように優秀であったその兄は、二年前に自殺をしたそうだ。それが、彼女が抱いている傷であり、私と同じ共通点の一つだった。
「で、何時出発ですか?」
「明日」
「__用事があるのですが?」
「私という美少女がありながら、何処の誰と用事を作ったんだ?君は」
私はその言葉に、一滴の嘘を付いて答える。
「__先輩とですよ。学校の」
__これは間違いではない。
「不純異性交遊で訴えてやる」
少し不満げな彼女はそう答えた。
だが、私にはそんな気が無いし、そんな気を起こすわけも無いので自分の本心を、自分の意思で伝える。
「不純でも無ければ、異性でもないです」
「__ほう。つまり君は、この私を置いといて他の女子と愛に浸るという訳だな?」
一つの嘘を混ぜながら。
「明後日じゃダメですか?」
「明日じゃなければだめなんだよ。__ダメなんだ」
彼女は駄目だという言葉を強調しながらも、笑顔を絶やさず言葉を続けた。
其処に何かの覚悟を感じながら、それでも私は何時も通りの彼女であると理解していた。先輩との用事を果たすには、夏休みの期間は十分にある。しかし、彼女は制限付きだと語る。
なら、先輩には悪いが、次の機会にするべきじゃあないのか?
「__分かりました。先方には謝っておきます」
私は私の先輩ではなく、私の友人を選んだ。
時間は限りあり、時間は長い。
注文のアイスティーが私の目の前で提供され、彼女はホットコーヒーを啜る。
「ありがとう」
簡潔に笑顔を向ける彼女。
アイスティーが、カランと音を立てた。
窓の外では、青い蒼い空が広がっている。
古い物に目が無いと、友人は言う。
付喪神という言葉がある様に、古さは劣化を意味しない。其処には古きなりの味があり、趣があり、そして何より、魂がある。
その言葉(れっか)を改変するとしたなら。古さは”誇りある研鑽の果て”だ。
「__劣化では?」
私の友人は、戦争だと笑顔を向ける。
全くもって冗談なのだが、友人は冗談があまり好きではないらしい。嘘だよと笑顔を向けるが、失言を水に流さず許してくれず、膨れっ面で横を見る。
私は諦めて、写真の整理へと行動を移した。
何処かで鴎の声が聞こえた。
如何やら海が近いらしい。
列車は限りない騒音を立てて目的地へと揺れる。
私の友人。
屋内(おくない)漣(さざなみ)は、廃墟を巡る趣味を持つ。
演劇部に所属する彼女は、そういった趣味を共有する仲間を欲していたのだが、あまり共通する趣味を持つ友人が出来ずに四苦八苦していたそうだ。
カメラを趣味とし、今でも手放す事が出来ない私と息があったのは、必然なのだろう。
こうして私たちは同士と成り、友人となって。夏休みが十日過ぎた今、こうして電車に揺られ目的地である漣市へと脚を進めているのだ。
進めているのは足ではなく電車なのだが。
「ったく。君は廃墟ガールズ副部長としての自覚を持ってほしいね」
やはり、何処かアイドル的雰囲気を匂わせるユニット名だと私は苦笑いで返す。
その手には古めかしい一眼レフが握られており、トレードマークのサングラスを胸元に掛けながら彼女は背伸びをする。
彼女は廃屋の古めかしさにひかれている。それは私が思う写真に似た思いだろう。私が重傷なように、彼女もまた重症な訳だ。
その価値観に違いがあろうと。
私達には、同じような傷がある。
「まあ、確かに廃墟も捨てがたいですけど。僕はもっと広域的です」
廃墟巡りも捨てがたいと思ったのは、自分自身の選択である。
先日、写真の整理をしていた所、彼女から廃墟巡りをしないかと誘われた。少し迷った私だが、せっかくできた友人との交友に繋がるのならと、私は歩を進める事にしたのだ。
「廃墟ってのはね。人が住んで居た証で、誰かが居た証なんだ。誰かの生活を支えた歴史で、それはその殆どが文献にも乗らなくて。其処に歴史は積み重なっているのに、知る人間は限りなく少ない」
ネガティブな事であると彼女は断言する。
それでも、そこに、それには魅力がある。
「それでも”彼らは生きている”。それが廃墟の魅力だよ」
使われず朽ちて、何の価値も無くなって。
それでもその風景は、確かな感動を彼女に与えているのだ。
一人の人間を生かし続けている証は、確かに生きているに相違ない。
それは決して、死人ではないのだ。
人口が数千人のその街は、名を漣市と呼ばれている。
港町の一つであり、小さな漁港から水揚げされる新鮮な魚介類を加工した食品が特産物となっている街だ。電車は無人駅を過ぎ、目的地である漣駅へと到着する。
有人駅とは言う物の、小さな窓口に職員が滞在しているのみ。
駅の改札を抜けると、街の観光案内が掲示された広場に出るが、タクシーの停留所の他には、観光物産展が並ぶ店が連なるのみだった。
あとはその先、果てしない田園風景が連なる。
今回の目的地は、その田園風景を通り過ぎた先。果てしない無人の道を上った先にある、とある一軒家の廃墟である。
元々は街の図書館として使用されたその場所は、百年以上の重ねた歴史がありながらもその経年劣化や立地条件の悪さにより移動されたらしい。
後には買い手がつかなく放置された巨大な廃墟だけが残ったのだそうだ。
「__いやぁ、日傘が欲しいね」
「タクシー拾いましょうよ」
「こういうのは歩くから楽しいんだよ。分かって無いね」
私の友人は、そのように言いながら脚を進める。
田英風景に囲まれることは構わない。寂しい道でも、照り付ける太陽以外が存在するのなら。私は元々運動神経がいい訳ではない。確かに、写真家は歩いてなんぼの世界だが、炎天下の中というのは話が別だ。
駅前で購入した清涼飲料水を流し込み、私は怠さに愚痴を溢しながら前に進む。
「九漣図書館は、通称”日の墓標”と呼ばれているんだ」
「なんですか?それ」
「あの図書館に付けられているあだ名だよ。どんな意味かは知らないけど、私達の街から来た誰かが立てたそうだ。この町は発展途上に見えるかもしれないけど、昔よりはマシらしいよ」
話の概要はこうだ。
この町は数百年前から存在した漁港であり、隣町との交流で生き残っていた。
元々この風景も森の一部であった訳だが。百年前。隣町から移転してきた人々によって森が開拓され、田園風景が作られたそうだ。
それ以来人が増え、今では街を名乗れる規模まで拡大した。
「そんな歴史が詰まった図書館だ。どんな外見をしているのか。__楽しみだね」
「そうですね__。面白そうではあります」
汗を拭いながら、私はそう答える。
限りない段田に、向けようとする手を諫めながら。
そうして坂を上りきると、まるで境界のように木々が生い茂る場所が現れた。車道からは多少の往来があり、近くには看板も見える。
旧漣図書館と明記されたその看板は、緑葉青々しい一つの道を指し示していた。車一台がどうにかはいれるようなスペースだろうか?ともかく、想定して作られている感じはしない。
その林道へと脚を進める友人の後を着いていく。
所々整備が見られる道を進むと、その場所は視界を支配した。
森の洋館。という言葉が似合うその建物は、所々劣化が見られる。
窓際は蔦に覆われて、周辺の一部は草が群生しているけど、廃墟というには手入れが行き届いているといった感じだ。実際、この場所へと至る道も除草は済んでいたように思われる。
使われていない廃墟と聞いているが、管理はされているらしい。
「__中に行く?」
「絶対管理者いますよね。コレ」
戸締りの類はしていない様で、立ち入り禁止の看板も見受けられずロープも無い。殆どは外観だけの撮影に勤しむのが廃屋ガールの趣味なのだが、外見の写真を撮り続けていると”彼女”は語る。
「__行ってみる?」
_冗談の様には聞こえない。
彼女は私の腕を取り、私を導くように先頭を歩く。
抵抗も無意味だと知った私は、こうして館内へと足を運んだ。
私は、彼女が笑ったかのように見えた。
何故?という疑問も、不信感も私は抱く事が出来なかった。
それは、彼女が。
私が信頼する、友人だったからだ。
僕は、特別でもないと彼女は言った。
それは違う。特別であるべきなのだと私は憤怒した。
なら、この差はどうすればいい?
傷物同士、得ている者が違いすぎる。
私は平凡で、彼女は非凡だ。
だから私には、傷を深める事しか出来ないんだ。
君にとっての、友人である為に。
その部屋へと足を踏み入れた瞬間、私は理解した。
エントランスホールで、彼女は私に振り向いた。
なぜ理解できたのか、私は理解が出来なかった。
彼女は、笑っている。
笑顔とは本来、攻撃的な表情である。
それが何処の誰に向けられているのかは、私には分からない。
「__私は、こうしたかったんだ」
光る何かを引き抜いて、漣は続ける。
「ずっと死にたかった。……あの、火に焼かれて死にたかった。君の前で死にたかった。だけども、どっちかは出来ない。二つに一つなんだ、世の中は。__だから、私はこうする事に決めたんだ」
紅い色が彼女を染め上げ、苦悶とその笑顔が両立している。
「きみは、今。この光景を忘れる事は無い」
流れ出した鮮血が彼女の衣服を染め上げ、あの日の光景と重なっていく。
漣は私の胸を、心臓を指さし。
言葉を、行動を続けるのだ。
「君の心臓に……焼き付けたのだから」
私は、その光景を忘れる事が出来ない。
焼き付けられた痛みを、剥がす事が出来ないように。
私はその光景に立ち尽くす事しか出来ず、吹き出した鮮血を眺める事しか出来ない。
唐突な出来事だった。
予想外の出来事だった。
それを考える暇も無く、私は友人の自殺を眺める事しか出来なかった。
私はこの日。
私の友人を、失った。
to be continued__
人生は、それでも続く。
規制線が張られた向こうで、何処かの誰かが死んだらしい。野次馬達を横目に、私はその場を去る。見たいとも思えない光景を移したくはなかったし、他人の死を見るのはこりごりだからだ。
私は、人の死を知っている。
彼らが物珍しそうに、見物客の様に見たい光景を嫌でも知っている。
それは単純だ。
私の姉の、"自殺"を見たのだから。
かけがえのない傷を思い出しながら、私は目的地へと脚を進めた。
私の母が経営する事務所を横切り、待ち合わせ場所である喫茶店へと足を運んだ。ガラス張りの店内を覗くと、どうやら待ち人は付いていたらしい。
「待ちました?」
「うん。すごく待った」
部活動を終えたばかりの友人は、愛用の手提げかばんを足元に置き、温かいコーヒーを啜りながら時間を潰していたようだった。外は相変わらず日差しが燦々としていたが、店内は空調のせいで肌寒い位だ。私は周囲の人間になぞる様に、冷えたアイスティーを注文する。
注文を終えると、マーカーが引かれた台本を閉じ、私の方へと顔を上げた。
「どうしたの?五分遅刻だけど」
「すみません。少しアルバムの整理に手間取っていました」
「その言い訳するの、ほんと君ぐらいだよね。アズ」
アズと呼ばれた私は、すまなそうに苦笑する。
屋内(おくない)漣(さざなみ)は、私の友人であり演劇部に所属する同級生だ。幼い頃から演劇を続けているようで、その実力は平凡であるらしいが、今度の文化祭では四人の登場人物の一人として選出されたと聞いている。
おめでとうと言葉を投げかけると、彼女は少し照れたようにありがとうと言う。
「まぁ、フィルムの現像とかして遅れたら怒っていたけど」
「今も怒っているでしょ?」
「怒っていませんよ。私は、かなり冷静です」
なら、怒っているじゃないか。
素直でない友人だ。
「__それで?緊急会議とは?」
「実は、近くに映えそうな廃墟を見つけてしまって、__ですな」
劇を愛する一役者の彼女であるが、彼女にはもう一つ明白な趣味を持っていた。
それは、私と似て非なる趣味であり、多少色合いは違うが写真を撮る事を趣味とするのは共通する。
「__それって」
「廃墟巡り。行きません?」
屋内(おくない)漣(さざなみ)は、廃屋を好む変わった友人だ。
人が住んだ証を。物が朽ちていく様を、彼女は愛している。
「漣市で見かけまして。廃墟ガールズとしましては、活動をしなければ沽券にかかわる事態だと思う次第で」
「__まあ、僕は構いませんけど。いつも思うんですが、廃墟ガールズっていうユニット名どうにかならないですかね?」
そうして気が合う私達は、廃墟ガールズなる活動名と共に廃墟の撮影に勤しむ活動をしている。とはいうものの、大抵が彼女の趣味に付き合う形となっているが。それでもその趣味を満喫するのは悪い気はしない。
其処には確かに似た何かがあって。
其処には、私が求めている風景もある。
だからこそ、私達は友人なのだろう。
「カッコいいでしょ?廃墟ガールズ」
「__ロマンはありそうですけど」
「そう。ロマンだ。やっぱり、私と君は気が合うね」
どうやら彼女とは気が合うらしい。
屋内(おくない)漣(さざなみ)には兄がいる。私の姉と同じように優秀であったその兄は、二年前に自殺をしたそうだ。それが、彼女が抱いている傷であり、私と同じ共通点の一つだった。
「で、何時出発ですか?」
「明日」
「__用事があるのですが?」
「私という美少女がありながら、何処の誰と用事を作ったんだ?君は」
私はその言葉に、一滴の嘘を付いて答える。
「__先輩とですよ。学校の」
__これは間違いではない。
「不純異性交遊で訴えてやる」
少し不満げな彼女はそう答えた。
だが、私にはそんな気が無いし、そんな気を起こすわけも無いので自分の本心を、自分の意思で伝える。
「不純でも無ければ、異性でもないです」
「__ほう。つまり君は、この私を置いといて他の女子と愛に浸るという訳だな?」
一つの嘘を混ぜながら。
「明後日じゃダメですか?」
「明日じゃなければだめなんだよ。__ダメなんだ」
彼女は駄目だという言葉を強調しながらも、笑顔を絶やさず言葉を続けた。
其処に何かの覚悟を感じながら、それでも私は何時も通りの彼女であると理解していた。先輩との用事を果たすには、夏休みの期間は十分にある。しかし、彼女は制限付きだと語る。
なら、先輩には悪いが、次の機会にするべきじゃあないのか?
「__分かりました。先方には謝っておきます」
私は私の先輩ではなく、私の友人を選んだ。
時間は限りあり、時間は長い。
注文のアイスティーが私の目の前で提供され、彼女はホットコーヒーを啜る。
「ありがとう」
簡潔に笑顔を向ける彼女。
アイスティーが、カランと音を立てた。
窓の外では、青い蒼い空が広がっている。
古い物に目が無いと、友人は言う。
付喪神という言葉がある様に、古さは劣化を意味しない。其処には古きなりの味があり、趣があり、そして何より、魂がある。
その言葉(れっか)を改変するとしたなら。古さは”誇りある研鑽の果て”だ。
「__劣化では?」
私の友人は、戦争だと笑顔を向ける。
全くもって冗談なのだが、友人は冗談があまり好きではないらしい。嘘だよと笑顔を向けるが、失言を水に流さず許してくれず、膨れっ面で横を見る。
私は諦めて、写真の整理へと行動を移した。
何処かで鴎の声が聞こえた。
如何やら海が近いらしい。
列車は限りない騒音を立てて目的地へと揺れる。
私の友人。
屋内(おくない)漣(さざなみ)は、廃墟を巡る趣味を持つ。
演劇部に所属する彼女は、そういった趣味を共有する仲間を欲していたのだが、あまり共通する趣味を持つ友人が出来ずに四苦八苦していたそうだ。
カメラを趣味とし、今でも手放す事が出来ない私と息があったのは、必然なのだろう。
こうして私たちは同士と成り、友人となって。夏休みが十日過ぎた今、こうして電車に揺られ目的地である漣市へと脚を進めているのだ。
進めているのは足ではなく電車なのだが。
「ったく。君は廃墟ガールズ副部長としての自覚を持ってほしいね」
やはり、何処かアイドル的雰囲気を匂わせるユニット名だと私は苦笑いで返す。
その手には古めかしい一眼レフが握られており、トレードマークのサングラスを胸元に掛けながら彼女は背伸びをする。
彼女は廃屋の古めかしさにひかれている。それは私が思う写真に似た思いだろう。私が重傷なように、彼女もまた重症な訳だ。
その価値観に違いがあろうと。
私達には、同じような傷がある。
「まあ、確かに廃墟も捨てがたいですけど。僕はもっと広域的です」
廃墟巡りも捨てがたいと思ったのは、自分自身の選択である。
先日、写真の整理をしていた所、彼女から廃墟巡りをしないかと誘われた。少し迷った私だが、せっかくできた友人との交友に繋がるのならと、私は歩を進める事にしたのだ。
「廃墟ってのはね。人が住んで居た証で、誰かが居た証なんだ。誰かの生活を支えた歴史で、それはその殆どが文献にも乗らなくて。其処に歴史は積み重なっているのに、知る人間は限りなく少ない」
ネガティブな事であると彼女は断言する。
それでも、そこに、それには魅力がある。
「それでも”彼らは生きている”。それが廃墟の魅力だよ」
使われず朽ちて、何の価値も無くなって。
それでもその風景は、確かな感動を彼女に与えているのだ。
一人の人間を生かし続けている証は、確かに生きているに相違ない。
それは決して、死人ではないのだ。
人口が数千人のその街は、名を漣市と呼ばれている。
港町の一つであり、小さな漁港から水揚げされる新鮮な魚介類を加工した食品が特産物となっている街だ。電車は無人駅を過ぎ、目的地である漣駅へと到着する。
有人駅とは言う物の、小さな窓口に職員が滞在しているのみ。
駅の改札を抜けると、街の観光案内が掲示された広場に出るが、タクシーの停留所の他には、観光物産展が並ぶ店が連なるのみだった。
あとはその先、果てしない田園風景が連なる。
今回の目的地は、その田園風景を通り過ぎた先。果てしない無人の道を上った先にある、とある一軒家の廃墟である。
元々は街の図書館として使用されたその場所は、百年以上の重ねた歴史がありながらもその経年劣化や立地条件の悪さにより移動されたらしい。
後には買い手がつかなく放置された巨大な廃墟だけが残ったのだそうだ。
「__いやぁ、日傘が欲しいね」
「タクシー拾いましょうよ」
「こういうのは歩くから楽しいんだよ。分かって無いね」
私の友人は、そのように言いながら脚を進める。
田英風景に囲まれることは構わない。寂しい道でも、照り付ける太陽以外が存在するのなら。私は元々運動神経がいい訳ではない。確かに、写真家は歩いてなんぼの世界だが、炎天下の中というのは話が別だ。
駅前で購入した清涼飲料水を流し込み、私は怠さに愚痴を溢しながら前に進む。
「九漣図書館は、通称”日の墓標”と呼ばれているんだ」
「なんですか?それ」
「あの図書館に付けられているあだ名だよ。どんな意味かは知らないけど、私達の街から来た誰かが立てたそうだ。この町は発展途上に見えるかもしれないけど、昔よりはマシらしいよ」
話の概要はこうだ。
この町は数百年前から存在した漁港であり、隣町との交流で生き残っていた。
元々この風景も森の一部であった訳だが。百年前。隣町から移転してきた人々によって森が開拓され、田園風景が作られたそうだ。
それ以来人が増え、今では街を名乗れる規模まで拡大した。
「そんな歴史が詰まった図書館だ。どんな外見をしているのか。__楽しみだね」
「そうですね__。面白そうではあります」
汗を拭いながら、私はそう答える。
限りない段田に、向けようとする手を諫めながら。
そうして坂を上りきると、まるで境界のように木々が生い茂る場所が現れた。車道からは多少の往来があり、近くには看板も見える。
旧漣図書館と明記されたその看板は、緑葉青々しい一つの道を指し示していた。車一台がどうにかはいれるようなスペースだろうか?ともかく、想定して作られている感じはしない。
その林道へと脚を進める友人の後を着いていく。
所々整備が見られる道を進むと、その場所は視界を支配した。
森の洋館。という言葉が似合うその建物は、所々劣化が見られる。
窓際は蔦に覆われて、周辺の一部は草が群生しているけど、廃墟というには手入れが行き届いているといった感じだ。実際、この場所へと至る道も除草は済んでいたように思われる。
使われていない廃墟と聞いているが、管理はされているらしい。
「__中に行く?」
「絶対管理者いますよね。コレ」
戸締りの類はしていない様で、立ち入り禁止の看板も見受けられずロープも無い。殆どは外観だけの撮影に勤しむのが廃屋ガールの趣味なのだが、外見の写真を撮り続けていると”彼女”は語る。
「__行ってみる?」
_冗談の様には聞こえない。
彼女は私の腕を取り、私を導くように先頭を歩く。
抵抗も無意味だと知った私は、こうして館内へと足を運んだ。
私は、彼女が笑ったかのように見えた。
何故?という疑問も、不信感も私は抱く事が出来なかった。
それは、彼女が。
私が信頼する、友人だったからだ。
僕は、特別でもないと彼女は言った。
それは違う。特別であるべきなのだと私は憤怒した。
なら、この差はどうすればいい?
傷物同士、得ている者が違いすぎる。
私は平凡で、彼女は非凡だ。
だから私には、傷を深める事しか出来ないんだ。
君にとっての、友人である為に。
その部屋へと足を踏み入れた瞬間、私は理解した。
エントランスホールで、彼女は私に振り向いた。
なぜ理解できたのか、私は理解が出来なかった。
彼女は、笑っている。
笑顔とは本来、攻撃的な表情である。
それが何処の誰に向けられているのかは、私には分からない。
「__私は、こうしたかったんだ」
光る何かを引き抜いて、漣は続ける。
「ずっと死にたかった。……あの、火に焼かれて死にたかった。君の前で死にたかった。だけども、どっちかは出来ない。二つに一つなんだ、世の中は。__だから、私はこうする事に決めたんだ」
紅い色が彼女を染め上げ、苦悶とその笑顔が両立している。
「きみは、今。この光景を忘れる事は無い」
流れ出した鮮血が彼女の衣服を染め上げ、あの日の光景と重なっていく。
漣は私の胸を、心臓を指さし。
言葉を、行動を続けるのだ。
「君の心臓に……焼き付けたのだから」
私は、その光景を忘れる事が出来ない。
焼き付けられた痛みを、剥がす事が出来ないように。
私はその光景に立ち尽くす事しか出来ず、吹き出した鮮血を眺める事しか出来ない。
唐突な出来事だった。
予想外の出来事だった。
それを考える暇も無く、私は友人の自殺を眺める事しか出来なかった。
私はこの日。
私の友人を、失った。
to be continued__
人生は、それでも続く。
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星名柚花
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【カクヨム×魔法のiらんどコンテスト特別賞受賞作】
高校入学を控えた前日、山科萌はいつものメンバーとオンラインゲームで遊んでいた。
何気なく「明日入学式だ」と言ったことから、ゲーム友達「ルビー」も同じ高校に通うことが判明。
翌日、萌はルビーと出会う。
女性アバターを使っていたルビーの正体は、ゲーム好きな美少年だった。
彼から女子避けのために「彼女のふりをしてほしい」と頼まれた萌。
初めはただのフリだったけれど、だんだん彼のことが気になるようになり…?
ヤマネ姫の幸福論
ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。
一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。
彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。
しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。
主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます!
どうぞ、よろしくお願いいたします!
タカラジェンヌへの軌跡
赤井ちひろ
青春
私立桜城下高校に通う高校一年生、南條さくら
夢はでっかく宝塚!
中学時代は演劇コンクールで助演女優賞もとるほどの力を持っている。
でも彼女には決定的な欠陥が
受験期間高校三年までの残ります三年。必死にレッスンに励むさくらに運命の女神は微笑むのか。
限られた時間の中で夢を追う少女たちを書いた青春小説。
脇を囲む教師たちと高校生の物語。
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