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第五十五話 商業の可能性
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町でテキトウに御者を捕まえ、俺とアラレスタはマーケットまで帰ってきた。
商店に着くと、既に大量のお客さんで溢れかえっている。今日もまた、普段通りの賑わいを見せているようだ。これは、売り上げも期待できそうである。
バックヤードを通って仮設置した事務所に入っていくと、プロテリアが出迎えてくれる。
交渉の報告と今後の会議をするため、今日は彼も早めに仕事を切り上げて裏にこもる予定を立てていた。その表情は、どこか期待している様子である。
「おかえりなさい、エコノレさん。アラレスタさんも、お疲れ様でした。それで、交渉の方はどうなりましたか? 上手いこと行きました? 正直、ここの交渉で失敗すると対タイタンロブスター用に立てていた作戦がおじゃんになるんですが……まあエコノレさんなら大丈夫ですよね。今までその口ひとつでこの商店を築き上げてきたんですから」
プロテリアから来る期待のまなざしがとてつもなく痛い。
いや、彼が俺の交渉術を信頼してくれているというのはとても嬉しいのだ。何せ、彼はあの見た目で俺よりも遥かに年上である。その彼に認められているというのは、比喩表現抜きで誇りに思っているのだ。
そして、彼が信頼を置いてくれている理由も分かっている。
この巨大な商店を築き上げた根幹にあるのが、エコテラの戦略と俺の交渉術にあるからだ。彼女の知識を総動員すれば、俺の口にNOを返す者はいない。それを理論としてではなく、経験として知っているのだ。
(プロテリア、相当君のことを信頼しているみたいだね。前よりもずっと、君に正直な気持ちを向けるようになったよ。まぁ、それが今はかえって辛いみたいだけど)
敢えて言葉にしなくていい、エコテラ。それは俺が良くわかっているんだ。そして彼の期待を裏切るときの微妙な空気感もまた、俺の嫌うもののひとつである。
「……すまない、オーストマンシャ領領主アヴィチェリダとの交渉は、領主殺害未遂事件で終わった。当然、このマーケットを含めた地域の支配権も、獲得できていない」
俺の謝罪は簡潔で、その上少し自虐的だ。敢えて自分の失敗の部分だけを強調する。
思い返してみれば、パトロリーアに求婚を断られたときも、父への謝罪は簡素なものだった。本当はもっと、自分は頑張ったということを示すべきなのだろうが。
そして俺の悪い癖でもあるのが、周囲が俺の失敗を否定してくれるのを待ってしまうことだ。普段から誠実に生きよう、真面目であろうとしているのに、こんな甘えた考えをしているからダメなのだろう。実際、今回も悪い癖が出てしまった。
「ち、違いますよ! 決してエコノレさんが悪いわけじゃありません。全部、あのアヴィチェリダという男が悪いんです。あのような下劣極まりない男に、頭を下げて願い乞うことなんてありません!」
絶句するプロテリアに対して、アラレスタがそう言い放った。
彼は俺の失敗にある種の失望を感じたのだろう。目を見ればわかる。そしてアラレスタも、それを感じ取った。だから即座に否定した。本当は俺がするべきなのに。
しかし、俺ではなくアラレスタが否定したことで、信憑性が生まれた。
俺が自らの失敗を否定しては、ただの言い訳になってしまう。それでプロテリアが納得するかと言ったら、きっとそうはならないだろう。彼はあれで疑り深い性質だ。
アラレスタの話も交えつつ、俺はプロテリアに何があったか説明した。
今度は自分の言葉で、噓偽りなく話す。
普段何も考えずプロテリアと会話しているのに、叱責されるかもしれない、非難されるかもしれないと考えただけで、商談用の交渉術が出てきてしまうのは、俺の不誠実さを実感させる材料として十分すぎた。結局、俺の真面目な印象など、他人の勘違いでしかないのだ。
それだけ自分の術が上手いということに喜びを感じつつも、同時にほとんどの人間が俺の本質を見抜けていないという事実に、わずかな落胆を感じた。きっと本当の俺を知っているのは、エコテラを含めても片手ほどしかいないだろう。
「……事情はわかりました。そういうことなら、僕から言うことは何もありません。せめて僕が一緒に行けていたら良かったんですが……終わったことを言っても仕方がないですね。なら、これからの話をしましょう。どうやって戦争を回避するか。今一番重要な議題はそこでしょうね」
プロテリアは本当に良い男だ。こちらの話を聞いて、疑いつつもまずは共感の言葉を投げかけてくれる。それだけで、俺がどれほど安心できるか。どれほど俺の心にゆとりが生まれるか。自然にこれができるから、プロテリアには魅力があるのだろう。
「実はもう、作戦を練ってある。オーストマンシャ領で最も栄えている都市を見たが、あそこはこのマーケットとはまったく異なる場所だったよ。労働環境も、文化も、まして教育基準も違う。ほとんど別の領地、いや、別の国と呼ぶべきだろうな」
アヴィチェリダの城がある港町は、ここよりもずっと発展していた。主に兵力を蓄えることで。逆に、物に関しては不足している印象だったな。マーケットに比べ、人の多さを考えると物が少ない。商品の行き来は、陸路の行商人に頼っているのだ。それを逃すと、もう望みのものは手に入らない。
ビジネスチャンスだ。品不足など、このマーケットでは絶対に起こらない。毎日のように商品が更新され、新たな露店が開業し、また閉業するのがこの場所だ。
「俺たちは今、二つの脅威に晒されている。ひとつはタイタンロブスターの賢者たち。連中が上陸するのはいつごろか分からないが、対処は必須事項だ。そしてもうひとつは、アヴィチェリダの報復。こちらは近日中に来るだろう。兵をまとめ上げる領主が、あれほどコケにされて黙っているはずはない」
「なら、森の精霊と結託して先制攻撃を仕掛けますか? 保守派の目が厳しいようなら、最悪僕ら家族だけでも対処可能です。調子づいているだけの人間なんて、本物の魔獣には叶わない。準精霊すらも凌ぐタイタンロブスターの力なら、確実に壊滅できます」
「私も、ちょっと物騒だけどその方が良いと思います。彼らの思想はとても危険でした。他の領地に対しても、すぐに戦争を仕掛けかねません。なら、私たちで先に対処しておくべきでしょう。領主がいなくなったら、こちらの指導者であるエコノレさんが新しい領主になれて、いわゆる一石二鳥という奴ですよ」
……やはり、この国の人間は少々戦闘を好む傾向にあるらしい。
アラレスタはこう言っているが、俺にしてみれば彼女も大概好戦的だ。先制攻撃で抑え込みのちの被害を減らす? 冗談じゃない。数減らしが通用するのは魔獣までだ。
「忘れたのか、俺は戦争を好まない。アヴィチェリダとはもちろん、タイタンロブスターとだって戦う気はサラサラないんだ。それに、言っただろう。結局最終的に勝つのは、武力ではなく知力だ。アヴィチェリダは知力で劣っていたために、本来足元にも及ばないはずの俺に敗北した。頭を使え、二人とも。戦争を回避しつつ、奴に一泡吹かせる方法を」
俺が見せつけたこと。あれは単にアヴィチェリダを攻撃したかったわけではない。戦争の無意味さ、学問の大切さを実演して見せたのだ。どれほどの力を持っていようとも、たったひとつのテクニックを知っているだけで勝てなくなる。それが武というものだ。
何も、戦争をするときに頭を使って戦い方を変えろという話ではない。
もっと根本的な部分から、知力によって戦争を失くせるのだ。知力を持っているだけで、戦う前から戦争を終わらせることが出来る。それこそが、本当の強さだろう。
「商業だ。商業を最大限活用し、俺はあの領地から兵士を消滅させる。ついでに民衆の心も奪い、正式な書面でもって、俺はオーストマンシャ領の領主になる。アヴィチェリダは一度も剣を抜くことはできず、その地位を捨て去ることになるんだ。面白いだろう」
商店に着くと、既に大量のお客さんで溢れかえっている。今日もまた、普段通りの賑わいを見せているようだ。これは、売り上げも期待できそうである。
バックヤードを通って仮設置した事務所に入っていくと、プロテリアが出迎えてくれる。
交渉の報告と今後の会議をするため、今日は彼も早めに仕事を切り上げて裏にこもる予定を立てていた。その表情は、どこか期待している様子である。
「おかえりなさい、エコノレさん。アラレスタさんも、お疲れ様でした。それで、交渉の方はどうなりましたか? 上手いこと行きました? 正直、ここの交渉で失敗すると対タイタンロブスター用に立てていた作戦がおじゃんになるんですが……まあエコノレさんなら大丈夫ですよね。今までその口ひとつでこの商店を築き上げてきたんですから」
プロテリアから来る期待のまなざしがとてつもなく痛い。
いや、彼が俺の交渉術を信頼してくれているというのはとても嬉しいのだ。何せ、彼はあの見た目で俺よりも遥かに年上である。その彼に認められているというのは、比喩表現抜きで誇りに思っているのだ。
そして、彼が信頼を置いてくれている理由も分かっている。
この巨大な商店を築き上げた根幹にあるのが、エコテラの戦略と俺の交渉術にあるからだ。彼女の知識を総動員すれば、俺の口にNOを返す者はいない。それを理論としてではなく、経験として知っているのだ。
(プロテリア、相当君のことを信頼しているみたいだね。前よりもずっと、君に正直な気持ちを向けるようになったよ。まぁ、それが今はかえって辛いみたいだけど)
敢えて言葉にしなくていい、エコテラ。それは俺が良くわかっているんだ。そして彼の期待を裏切るときの微妙な空気感もまた、俺の嫌うもののひとつである。
「……すまない、オーストマンシャ領領主アヴィチェリダとの交渉は、領主殺害未遂事件で終わった。当然、このマーケットを含めた地域の支配権も、獲得できていない」
俺の謝罪は簡潔で、その上少し自虐的だ。敢えて自分の失敗の部分だけを強調する。
思い返してみれば、パトロリーアに求婚を断られたときも、父への謝罪は簡素なものだった。本当はもっと、自分は頑張ったということを示すべきなのだろうが。
そして俺の悪い癖でもあるのが、周囲が俺の失敗を否定してくれるのを待ってしまうことだ。普段から誠実に生きよう、真面目であろうとしているのに、こんな甘えた考えをしているからダメなのだろう。実際、今回も悪い癖が出てしまった。
「ち、違いますよ! 決してエコノレさんが悪いわけじゃありません。全部、あのアヴィチェリダという男が悪いんです。あのような下劣極まりない男に、頭を下げて願い乞うことなんてありません!」
絶句するプロテリアに対して、アラレスタがそう言い放った。
彼は俺の失敗にある種の失望を感じたのだろう。目を見ればわかる。そしてアラレスタも、それを感じ取った。だから即座に否定した。本当は俺がするべきなのに。
しかし、俺ではなくアラレスタが否定したことで、信憑性が生まれた。
俺が自らの失敗を否定しては、ただの言い訳になってしまう。それでプロテリアが納得するかと言ったら、きっとそうはならないだろう。彼はあれで疑り深い性質だ。
アラレスタの話も交えつつ、俺はプロテリアに何があったか説明した。
今度は自分の言葉で、噓偽りなく話す。
普段何も考えずプロテリアと会話しているのに、叱責されるかもしれない、非難されるかもしれないと考えただけで、商談用の交渉術が出てきてしまうのは、俺の不誠実さを実感させる材料として十分すぎた。結局、俺の真面目な印象など、他人の勘違いでしかないのだ。
それだけ自分の術が上手いということに喜びを感じつつも、同時にほとんどの人間が俺の本質を見抜けていないという事実に、わずかな落胆を感じた。きっと本当の俺を知っているのは、エコテラを含めても片手ほどしかいないだろう。
「……事情はわかりました。そういうことなら、僕から言うことは何もありません。せめて僕が一緒に行けていたら良かったんですが……終わったことを言っても仕方がないですね。なら、これからの話をしましょう。どうやって戦争を回避するか。今一番重要な議題はそこでしょうね」
プロテリアは本当に良い男だ。こちらの話を聞いて、疑いつつもまずは共感の言葉を投げかけてくれる。それだけで、俺がどれほど安心できるか。どれほど俺の心にゆとりが生まれるか。自然にこれができるから、プロテリアには魅力があるのだろう。
「実はもう、作戦を練ってある。オーストマンシャ領で最も栄えている都市を見たが、あそこはこのマーケットとはまったく異なる場所だったよ。労働環境も、文化も、まして教育基準も違う。ほとんど別の領地、いや、別の国と呼ぶべきだろうな」
アヴィチェリダの城がある港町は、ここよりもずっと発展していた。主に兵力を蓄えることで。逆に、物に関しては不足している印象だったな。マーケットに比べ、人の多さを考えると物が少ない。商品の行き来は、陸路の行商人に頼っているのだ。それを逃すと、もう望みのものは手に入らない。
ビジネスチャンスだ。品不足など、このマーケットでは絶対に起こらない。毎日のように商品が更新され、新たな露店が開業し、また閉業するのがこの場所だ。
「俺たちは今、二つの脅威に晒されている。ひとつはタイタンロブスターの賢者たち。連中が上陸するのはいつごろか分からないが、対処は必須事項だ。そしてもうひとつは、アヴィチェリダの報復。こちらは近日中に来るだろう。兵をまとめ上げる領主が、あれほどコケにされて黙っているはずはない」
「なら、森の精霊と結託して先制攻撃を仕掛けますか? 保守派の目が厳しいようなら、最悪僕ら家族だけでも対処可能です。調子づいているだけの人間なんて、本物の魔獣には叶わない。準精霊すらも凌ぐタイタンロブスターの力なら、確実に壊滅できます」
「私も、ちょっと物騒だけどその方が良いと思います。彼らの思想はとても危険でした。他の領地に対しても、すぐに戦争を仕掛けかねません。なら、私たちで先に対処しておくべきでしょう。領主がいなくなったら、こちらの指導者であるエコノレさんが新しい領主になれて、いわゆる一石二鳥という奴ですよ」
……やはり、この国の人間は少々戦闘を好む傾向にあるらしい。
アラレスタはこう言っているが、俺にしてみれば彼女も大概好戦的だ。先制攻撃で抑え込みのちの被害を減らす? 冗談じゃない。数減らしが通用するのは魔獣までだ。
「忘れたのか、俺は戦争を好まない。アヴィチェリダとはもちろん、タイタンロブスターとだって戦う気はサラサラないんだ。それに、言っただろう。結局最終的に勝つのは、武力ではなく知力だ。アヴィチェリダは知力で劣っていたために、本来足元にも及ばないはずの俺に敗北した。頭を使え、二人とも。戦争を回避しつつ、奴に一泡吹かせる方法を」
俺が見せつけたこと。あれは単にアヴィチェリダを攻撃したかったわけではない。戦争の無意味さ、学問の大切さを実演して見せたのだ。どれほどの力を持っていようとも、たったひとつのテクニックを知っているだけで勝てなくなる。それが武というものだ。
何も、戦争をするときに頭を使って戦い方を変えろという話ではない。
もっと根本的な部分から、知力によって戦争を失くせるのだ。知力を持っているだけで、戦う前から戦争を終わらせることが出来る。それこそが、本当の強さだろう。
「商業だ。商業を最大限活用し、俺はあの領地から兵士を消滅させる。ついでに民衆の心も奪い、正式な書面でもって、俺はオーストマンシャ領の領主になる。アヴィチェリダは一度も剣を抜くことはできず、その地位を捨て去ることになるんだ。面白いだろう」
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