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第三十七話 大失敗
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「あぁ~ところで其方ら、どのくらい時間が経っているのかちゃんと分かっているのか」
俺とエコテラが楽しく談笑していると、突如空の彼方から声がした。精霊の長ロンジェグイダの声だ。
彼は俺たちの精神世界に干渉し、声を届けることも出来るのか。本当に、多彩な人物だ。
しかしはて、今が何時なのか俺も把握していたなかった。
俺はおもむろに、ポケットから懐中時計を取り出す。これは商店の開店祝いにと、プロテリアが作ってくれたものだ。毎朝魔力を補充すれば、俺でも使える。
……ッ!? も、もう10時だと!? 商店の開店時間は9時だ。既に一時間が経過している。全ての従業員が時計を持っているわけではないが、時間は店内にある大時計で統一していた。とっくに商店が始まっている時間だ。
まだ深夜のうちに抜け出してきたというのに、ざっと7時間以上も話し込んでいたというのか。それほどまでに、俺はエコテラと話がしたいと思っていた。そして向こうも、同じことを考えていたのだ。
正直めっちゃ嬉しい。女性とまともに交流したことがない俺にとって、エコテラと話をするのは何よりも楽しかった。こんなにも長時間話をしたのは、これが初めてである。
しかしこれはマズい。昨日はエコテラがいても、商店はギリギリだったのだ。彼女の手腕なき今、朝の混雑を乗り越えられているだろうか。
いや、きっとレジが追いついていない。それに、お客さんの移動整理も出来ていないだろう。非常にマズい。
それに今日は、アラレスタの治療を受けていない。きっと心配しているはずだ。特に書置きもせず家を出てきてしまったから、俺のことを探しているかもしれない。
「行ってエコノレ君! 私と君で作り上げた商店だよ。ここで失敗するわけにはいかない。あとで私も謝るから、今は商店のことを考えて!」
エコテラに了承を伝え、彼女の言葉通り俺は精神世界を抜け出す。
そうだ、あの商店は彼女と作り上げたもの。せっかく顧客が付いてくれたのに、ここで逃しては、今までの努力が無駄になる。それだけは絶対に避けなければいけない。
精神世界から出ると、俺はすぐに身体の調子を確かめた。
今朝はとても早起きしたというのに、身体の疲れは感じない。それどころか、普段よりも調子が良いくらいだ。頭のスッキリしている。
恐らくだが、精神世界にいる間俺の肉体は眠っていたのだろう。約7時間、俺はぐっすり眠っていたことになる。その間、ロンジェグイダが俺のことをずっと守ってくれていた。本当に、感謝してもし足りないくらいだ。
しかしこの森から商店までの道のりは長い。全力で走っても1時間はかかるだろう。そしてそのころには、俺は疲れ果ててまともに働くことが出来なくなっている。それでは意味がない。どうにか、迅速に移動出来てかつ、俺があまり疲れない方法を探すしかない。
「……あまり手出しをすまいと思っていたのだがな、非常事態のようだ。我が手を貸してやろう人間。この霊王ウチェリトに任せれば、お前を商店まで連れていくことくらい造作もない」
俺がどうしようかと右往左往していると、上方から声が聞こえてきた。
初めて聞く声だが、どういうわけか俺は、それをとても信頼できる人物のものだと確信している。まったく不思議なものだ。
見上げると、そこには一羽のトンビがいる。ただのトンビでは断じてない。彼の持つ風格が、威厳が、そして魔力が、彼という存在の偉大さをこれでもかと示していた。
「ウチェリト! また盗み聞きか。しかしお主、彼らには協力しないつもりだったのではないか? これはどういう風の吹きまわしだ」
「精霊の長ロンジェグイダ、少々事情が変わった。詳しいことはあとで話す。今は時間が惜しい。何、心配するな。我の魔力制御ならば、この者を風で運んだところで、内部の魔力を刺激し崩壊させてしまうなどというヘマは犯さない」
霊王ウチェリトと言えば、ロンジェグイダと並んでこの大陸を守護する精霊。そして、この世界に魔法を持ち込んだ蜉蝣を食し、史上最初の魔術師へと至った者だ。
そんな人物が協力してくれるとは、これほどありがたいこともない。
俺は自分の直感に従い、彼を信用した。この身を預け、彼の導くまま羽ばたこう。
俺の身体は魔力的衝撃を受ければ破裂し、この大陸を巻き込んで大爆発してしまうが、何、彼に任せておけば心配は要らない。
「うむ、そちらの準備は出来ているようだな。では行くぞ、しっかりと掴まっておれ!」
霊王ウチェリトは、俺の肩を両の足でがっちりと掴む。俺も彼の足を握りしめた。
トンビの足はとても細く短いが、彼のそれは言いえぬ頼もしさがある。きっと手を離しても俺が落ちることはないだろうと、心の底から信頼できた。
特に助走をつけることもなく一度はばたく。たったそれだけの動作で、俺を抱えた霊王ウチェリトは天高く舞い上がった。
どういうわけか、俺の足元には地面と同じような感触がある。本当に、下から足を支えられている感覚だ。
これは恐らく、霊王ウチェリトの魔法だろう。普通、どんなに強力な者でも、トンビの身体の大きさでは人間を宙に浮かせるなど不可能だ。
しかし事実、俺の身体は宙を舞っている。人間の中でも重たい部類に入る俺が、軽々と宙を駆けているのだ。
とても気持ちがいい。絵面的には完全に手荷物と同じだが、この身で宙を駆け大空からこの大陸を見下ろすことは、今まで一度も経験したことがなかった。これほどまでに爽快なことは、きっと他にないだろう。
「そんなに喜んでもらえると、我も力を貸した甲斐があったというもの。だがまだ早いぞ。喜ぶのは、困っている店員たちを助けてからだ。今こうしている間にも、お前が不在で従業員は苦労を強いられている。そして何より、客は苛立ちを覚え始めているだろう」
そ、そうだ。こちらの混雑が続いたり品出しが追いつかなかったりすれば、客は当然、この商店に不満を募らせていく。客を満足させられなければ、商店は終わりだ。
そして苦情が出始めたとき、今度は従業員の精神が追い込まれる。
本当に失敗だ。あの商店は、本店の試運転と新人の研修を兼ねている。しかしここで新人の心が折れてしまえば、本店の開店に踏み切れなくなる。それだけは、絶対に避けなければならない。
そもそも、俺やマシェラなどの一部のメンバーだけでなく、従業員全員の能力がある程度高ければ、このような事態は起きない。俺一人いなかったところで、商店は問題なく動く。そのくらいの体制を作らなければ、今後やっていけないだろう。何より、それでは俺の休みがない。
逆に言えば、従業員の初期研修が足りない状態で試運転を開始したことが、今回のミスの原因だったと言える。ただ、これはエコテラが悪いわけではない。試運転と研修を同時に行えないか提案したのは俺だ。
当時は、試運転の段階でここまで客足が集まるとは思っていなかったのだ。それが、この数日頑張りすぎたおかげで、想像を遥かに超える規模になってしまった。何が起こるか分からないのだから、せめて最小限の教育はしておくべきだった。実践研修はまだ早かったのだ。
霊王ウチェリトの協力により、たった10分で商店に辿り着く。彼がその気になれば、きっと10秒で着けたのだろう。しかし俺の身体のことを考え、ペースを落としてくれた。
それでも、この距離を10分で移動したのだから、とんでもない。
俺は霊王ウチェリトに礼を言い、今度またゆっくりお礼を伝えに行くと約束した。
どういう理由からは分からないが、彼は今後も協力してくれるつもりのようだから、出来るだけ良い関係を築いておきたいのだ。
彼と分かれ、俺は駐車場予定地から走ってバックヤードに入る。
さあ、ここからが俺の戦場だ。
俺とエコテラが楽しく談笑していると、突如空の彼方から声がした。精霊の長ロンジェグイダの声だ。
彼は俺たちの精神世界に干渉し、声を届けることも出来るのか。本当に、多彩な人物だ。
しかしはて、今が何時なのか俺も把握していたなかった。
俺はおもむろに、ポケットから懐中時計を取り出す。これは商店の開店祝いにと、プロテリアが作ってくれたものだ。毎朝魔力を補充すれば、俺でも使える。
……ッ!? も、もう10時だと!? 商店の開店時間は9時だ。既に一時間が経過している。全ての従業員が時計を持っているわけではないが、時間は店内にある大時計で統一していた。とっくに商店が始まっている時間だ。
まだ深夜のうちに抜け出してきたというのに、ざっと7時間以上も話し込んでいたというのか。それほどまでに、俺はエコテラと話がしたいと思っていた。そして向こうも、同じことを考えていたのだ。
正直めっちゃ嬉しい。女性とまともに交流したことがない俺にとって、エコテラと話をするのは何よりも楽しかった。こんなにも長時間話をしたのは、これが初めてである。
しかしこれはマズい。昨日はエコテラがいても、商店はギリギリだったのだ。彼女の手腕なき今、朝の混雑を乗り越えられているだろうか。
いや、きっとレジが追いついていない。それに、お客さんの移動整理も出来ていないだろう。非常にマズい。
それに今日は、アラレスタの治療を受けていない。きっと心配しているはずだ。特に書置きもせず家を出てきてしまったから、俺のことを探しているかもしれない。
「行ってエコノレ君! 私と君で作り上げた商店だよ。ここで失敗するわけにはいかない。あとで私も謝るから、今は商店のことを考えて!」
エコテラに了承を伝え、彼女の言葉通り俺は精神世界を抜け出す。
そうだ、あの商店は彼女と作り上げたもの。せっかく顧客が付いてくれたのに、ここで逃しては、今までの努力が無駄になる。それだけは絶対に避けなければいけない。
精神世界から出ると、俺はすぐに身体の調子を確かめた。
今朝はとても早起きしたというのに、身体の疲れは感じない。それどころか、普段よりも調子が良いくらいだ。頭のスッキリしている。
恐らくだが、精神世界にいる間俺の肉体は眠っていたのだろう。約7時間、俺はぐっすり眠っていたことになる。その間、ロンジェグイダが俺のことをずっと守ってくれていた。本当に、感謝してもし足りないくらいだ。
しかしこの森から商店までの道のりは長い。全力で走っても1時間はかかるだろう。そしてそのころには、俺は疲れ果ててまともに働くことが出来なくなっている。それでは意味がない。どうにか、迅速に移動出来てかつ、俺があまり疲れない方法を探すしかない。
「……あまり手出しをすまいと思っていたのだがな、非常事態のようだ。我が手を貸してやろう人間。この霊王ウチェリトに任せれば、お前を商店まで連れていくことくらい造作もない」
俺がどうしようかと右往左往していると、上方から声が聞こえてきた。
初めて聞く声だが、どういうわけか俺は、それをとても信頼できる人物のものだと確信している。まったく不思議なものだ。
見上げると、そこには一羽のトンビがいる。ただのトンビでは断じてない。彼の持つ風格が、威厳が、そして魔力が、彼という存在の偉大さをこれでもかと示していた。
「ウチェリト! また盗み聞きか。しかしお主、彼らには協力しないつもりだったのではないか? これはどういう風の吹きまわしだ」
「精霊の長ロンジェグイダ、少々事情が変わった。詳しいことはあとで話す。今は時間が惜しい。何、心配するな。我の魔力制御ならば、この者を風で運んだところで、内部の魔力を刺激し崩壊させてしまうなどというヘマは犯さない」
霊王ウチェリトと言えば、ロンジェグイダと並んでこの大陸を守護する精霊。そして、この世界に魔法を持ち込んだ蜉蝣を食し、史上最初の魔術師へと至った者だ。
そんな人物が協力してくれるとは、これほどありがたいこともない。
俺は自分の直感に従い、彼を信用した。この身を預け、彼の導くまま羽ばたこう。
俺の身体は魔力的衝撃を受ければ破裂し、この大陸を巻き込んで大爆発してしまうが、何、彼に任せておけば心配は要らない。
「うむ、そちらの準備は出来ているようだな。では行くぞ、しっかりと掴まっておれ!」
霊王ウチェリトは、俺の肩を両の足でがっちりと掴む。俺も彼の足を握りしめた。
トンビの足はとても細く短いが、彼のそれは言いえぬ頼もしさがある。きっと手を離しても俺が落ちることはないだろうと、心の底から信頼できた。
特に助走をつけることもなく一度はばたく。たったそれだけの動作で、俺を抱えた霊王ウチェリトは天高く舞い上がった。
どういうわけか、俺の足元には地面と同じような感触がある。本当に、下から足を支えられている感覚だ。
これは恐らく、霊王ウチェリトの魔法だろう。普通、どんなに強力な者でも、トンビの身体の大きさでは人間を宙に浮かせるなど不可能だ。
しかし事実、俺の身体は宙を舞っている。人間の中でも重たい部類に入る俺が、軽々と宙を駆けているのだ。
とても気持ちがいい。絵面的には完全に手荷物と同じだが、この身で宙を駆け大空からこの大陸を見下ろすことは、今まで一度も経験したことがなかった。これほどまでに爽快なことは、きっと他にないだろう。
「そんなに喜んでもらえると、我も力を貸した甲斐があったというもの。だがまだ早いぞ。喜ぶのは、困っている店員たちを助けてからだ。今こうしている間にも、お前が不在で従業員は苦労を強いられている。そして何より、客は苛立ちを覚え始めているだろう」
そ、そうだ。こちらの混雑が続いたり品出しが追いつかなかったりすれば、客は当然、この商店に不満を募らせていく。客を満足させられなければ、商店は終わりだ。
そして苦情が出始めたとき、今度は従業員の精神が追い込まれる。
本当に失敗だ。あの商店は、本店の試運転と新人の研修を兼ねている。しかしここで新人の心が折れてしまえば、本店の開店に踏み切れなくなる。それだけは、絶対に避けなければならない。
そもそも、俺やマシェラなどの一部のメンバーだけでなく、従業員全員の能力がある程度高ければ、このような事態は起きない。俺一人いなかったところで、商店は問題なく動く。そのくらいの体制を作らなければ、今後やっていけないだろう。何より、それでは俺の休みがない。
逆に言えば、従業員の初期研修が足りない状態で試運転を開始したことが、今回のミスの原因だったと言える。ただ、これはエコテラが悪いわけではない。試運転と研修を同時に行えないか提案したのは俺だ。
当時は、試運転の段階でここまで客足が集まるとは思っていなかったのだ。それが、この数日頑張りすぎたおかげで、想像を遥かに超える規模になってしまった。何が起こるか分からないのだから、せめて最小限の教育はしておくべきだった。実践研修はまだ早かったのだ。
霊王ウチェリトの協力により、たった10分で商店に辿り着く。彼がその気になれば、きっと10秒で着けたのだろう。しかし俺の身体のことを考え、ペースを落としてくれた。
それでも、この距離を10分で移動したのだから、とんでもない。
俺は霊王ウチェリトに礼を言い、今度またゆっくりお礼を伝えに行くと約束した。
どういう理由からは分からないが、彼は今後も協力してくれるつもりのようだから、出来るだけ良い関係を築いておきたいのだ。
彼と分かれ、俺は駐車場予定地から走ってバックヤードに入る。
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