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第十五話 霊峰ブルターニャ

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 はっきりと見るのは初めてだけど、やっぱりアラレスタさんは綺麗な人だ。
 シミひとつない可愛らしい顔に、丁寧ながら快活な表情と性格。ウグイス色の髪がとても愛らしい。

 女性の私でも見とれてしまうほどの美。エコノレ君は彼女のような女性に靡かないのだろうか。それほどまでに、彼が恋心を募らせている、パトロリーアという女性は魅力的なのだろうか。

「……さん、エコテラさん! 話聞こえてますか? もしかしてまだ寝起きだったりします?」

 ふと気が付くと、アラレスタさんが私に声をかけていた。
 エコノレ君の身長はかなり高く、彼女が近づいてくると必然的に上目遣いの形になる。彼女の愛らしい瞳が、私の目を射貫いていた。

「ご、ごめんなさい! ちょっと考え事してて、もう一回話してもらっても良いですか」

 危ない危ない。前世の時から可愛い女性は好きだったけど、男性の身体になったせいだろうか。どうにもアラレスタさんの可愛さが際立って見える。思わず目線を逸らしてしまった。

「もう、ちゃんと聞いててくださいよ。良いですか、これからあの山に登ります。エコノレさんが患っている病気について、私の所の族長が何か知っているそうなので。直接見てみないことには分からないので、取り敢えず付いてきてください」

 アラレスタさんも、もう動き出してくれていたんだ。たった一日の付き合いだったエコノレ君のために。

 考えてみれば、コンマーレさんもそうだ。彼は最初からエコノレ君を救ってくれていた。彼には何の利益もない。それでも助けてくれる。それがただ善意によって成されるものなのかは、分からないけど。

「それなら、僕も一緒に行きますよ。森には危険な魔獣が沢山いますから。アラレスタさん、木の精霊のわりには使える魔法が少ないですよね。いくら守護者の加護がついていても、エコテラさんを連れていては危険です」

「少年、私を甘く見てはいけないよ。これでも、私は木の精霊と人族を結ぶ代表の一人。この子に襲い掛かろうとする不逞な輩なんて、ひとひねり出来るんだから!」

 プロテリアが私のことを守ってくれるんだろうか。そんなに、森の中は危険なのかな。確かに地球の森よりは危ないかもしれないけど。エコノレ君の身体なら山歩きはそう難しくない。

「いいですか、魔力対流症というのは、身体の中に膨大な魔力を溜め込んでしまう病気。魔獣は僕らと違ってバカですから、そんな大量のエネルギーを見ればすぐに襲ってきますよ。魔獣はより強い魔力に惹かれるので。特に貴女の場合は、他よりも遥かに多い魔力を持っています。精霊一人では、森の中を守り切るのは難しいでしょう」

 この病気、そんなデメリットもあるのか。私は魔獣に狙われやすいんだ。
 でも、プロテリアが守ってくれるなら安全だと分かる。彼はああ見えて、かなり強いんだ。

「兄貴、付き添いなら俺が……」

「コストーデはここに残りなよ。お前の役割は、この家を守ることだろ? 父さんがいないうちは、この家を離れることは俺が許さない。お前がここを離れたらどうなるか、分からないわけじゃないはずだ」

 叱るわけではなく、優しく諭すようにコストーデに語りかけるプロテリア。まさに、長男といったような雰囲気だ。彼ら家族にも、何か深い事情があるのだろう。

「エコテラさん、これ」

 二人が話している間に、ランジアが私の元へ駆け寄ってきた。そして一枚の木簡を渡される。
 恐らく自分の部屋から走って持ってきたのだろう。少し息が切れていた。

「ランジアちゃん、これは?」

「兄が護衛をするなら必要ないと思うけど、一応。姿隠しの魔法が込めてある。スイッチは裏側についてるから、エコテラさんでも使えるよ。あんまり持続時間がないから常用はできないけど」

 なるほど、それなら魔法が使えない私でも安心だ。こんな便利な道具があったなんて知らなかった。

「ありがとね、ランジアちゃん!」

 彼女にお礼を告げると、普段無口であまり表情を変えないランジアが、珍しく花のような笑顔を見せてくれた。
 家族揃った海色の髪を揺らし、輝く愛らしい瞳。やっぱり、人間にしか見えないな。

 彼女とも仲良くなったものだ。エコノレ君とは全然話していない様子だけど、私とはたくさん話をしてくれる。こんな表情を見せるのも、きっと私だけだろう。とても嬉しい。

「お話は終わりましたか? なら、私に付いてきてください。族長の元まで急ぎましょう!」

 彼女に連れられ、私たちは歩き出す。町に出かけた時とは少しズレて、かなり海に近い森に入り込んでいった。

 ここから山までかなり距離があり、ずっと森の中だ。いったいどのくらい先なのかは分からないけど、きっと長い距離を歩くことになるだろう。
 でも、エコノレ君のたくましい肉体なら大丈夫だ。精霊ほどの力はないけど、彼はかなり肉体派のはずだから。

 森の中をズンズン進んでいく。目に付くのは見慣れない木々ばかりだ。エコノレ君は気にしていなかったが、彼の記憶にある樹木とも別種の木が多く生えている。都会に住んでいた私には、とても珍しく感じた。

 スパンッ!!

 突如、私の耳元で、そんな音が短く鳴った。軽い肉を叩くような、そんな音だ。

「異世界人のエコテラさんには珍しいと思いますけど、あんまりよそ見しないでください。こういう危険が、この森にはたくさんありますから」

 恐る恐るそちらを見てみると、プロテリアが何やら興奮した鳥の足を掴んでいた。
 まさか、羽音ひとつ立てずに、私の顔スレスレまで近づいていたというのか。

「あ~、ダメですね。トンビです。逃がしてあげましょう」

「分かっていますよ。雑種とは言え、この森でトンビを殺したらどんな目に合うか分からないですから」

 そう言って、プロテリアはトンビを離してあげた。興奮していたトンビはしかし、再び私に襲い掛かってくることなく去って行く。

「トンビって、何か特別な存在なんですか?」

「ああ、エコテラさんは知らないんですね。トンビは霊獣の最高格なんですよ。それこそ、精霊よりも上位種なんです。さっきみたいな魔力の弱い種もいますけど、ここはトンビの王、霊王のテリトリーです。殺せば、かの者から手痛い制裁を喰らいます」

「霊王か、もしくは我々の長の許可がなければ、トンビを狩ることは禁じられてるんですよ。といっても、わざわざトンビを狩る必要もないですし、霊獣である彼らを不用意に襲えば反撃を喰らう可能性もありますから」

 なるほど、トンビが。というか、霊王とも有効な関係を築いている森の長とは、いったいどんな人物なんだろうか。
 そんな人物にこれから会って、私は何を聞かされるんだろうか。

「ま~心配しなくても、こっちから手を出さなければ大丈夫ですよ。霊王は寛大な方ですから!」

 いや、森を眺めていただけなのに襲われたのは私なんだけど。かなり知能に差があるのかな。

「とにかく、これからはもっと気を付けてください、エコテラさん。あの程度の魔獣なら大丈夫ですけど、大量に来たら流石に僕でも対応しきれないです」

「あ、それなら大丈夫だよ少年。もうすぐ長のところに着くからね。あんまり山の深いところにはいないはず。昨日伝えておいたから」

 そう言って彼女はまた歩み始めた。
 森の木々に見とれているうちに、どうやら結構な距離を歩いていたらしい。日はまだそう進んでいないが、海岸からは遠く離れている。

 またしばらく進むと、大きな木々の中に殊更に巨大な木が見えてきた。森の枝葉で遮られているが、なおもその巨大さが見てわかる。

「やあ、ようこそブルターニャの森へ、若者よ。吾輩は霊峰ブルターニャの長、大精霊ロンジェグイダ=ブルターニャである。これからよろしく」

 そこにいたのは、深い緑の髪に、同じく深緑の瞳を持った青年だった。大木に腰をかけ、鋭い視線でこちらを見つめている。
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