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第三話 異世界との接続、そして罪

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 俺たちが研究していた召喚魔法。それは、異世界の大精霊と接続し、異世界の知識や技術を獲得するもの。

 その、はずだった。今の俺たちの技術では、物体などは召喚できない。それが生命体であるのなら尚のこと、不可能であるはずだったのだ。

 しかし今俺の目の前には、一人の男が立っている。
 身長は俺と同じ程度、一般的には大男と評されるもの。全身黒い礼服を纏っており、白と黒が反転した不気味な瞳の中心には、×と・を足した意味不明な印が刻まれている。

 おかしい、この異世界接続魔法では人間を召喚することは不可能だったはずだ。何せそれだけの質量を持つ物体を呼ぶには絶対的に魔力量が足りない。

「ハッ! おい、魔力の供給状況を報告! それと、魔法の進行状況も」

「エコノレ様、それが、私どもはまだ魔力を供給し始めたばかりです。魔法もまだ完全には起動していません! 当然ながら、この悪魔を召喚できるはずがありません!」

 悪魔、悪魔と言ったのか。俺は魔法を使えない。それは、俺に魔力が存在しないからだ。だからこの大男が悪魔なのか人間なのか判別は付かない。
 しかし俺にはどうも、コイツがそう悪い奴だとは思えなかった。

「悪魔とは酷いものだ。私は異世界の大魔王、パラレルである。君たちが異世界の大精霊と称する人だよ。断じて、悪魔などではない」

「お逃げください、エコノレ様! この者は危険です。エコノレ様は感じないのですか、この者のおぞましい魔力を! ここは私どもが引き付けますから、今すぐフィリオツァーレ様にご報告を!」

 アミコ達三人がそれぞれ魔法を放ち始める。研究所を破壊することも厭わない炎魔法。ここは地下。あわよくば敵に酸欠を起こし、気絶もしくは絶命に至らしめる。出し惜しみはない。

 皆、本気で彼を殺す気なのだ。全員が全員、彼を悪魔の類だと判断したのだ。

「ハハハ、その魔法は私が作り出したものだよ。当然、私には通用しない。それに私は人間じゃない。普段は空気の存在しない場所にいるんだ。酸欠になんてならないさ。分かったら、この煩わしい炎を止めてくれないかな。私は、話し相手とは目を見て話したい主義なんだ。これではそちらの視界が遮られてしまう」

 動けない。一歩も踏み出せない。仲間たちが勇敢に戦っているというのに、俺は一歩も動けずにいた。それは恐怖や畏怖ではなく、何か不思議な力によって動けなくされているような状態。

 アミコたちの炎を何でも無いかのように振り払う彼に対し、何故か目を逸らすことができない。彼にはそれをさせる強制力があるのだ。
 彼の瞳に入った謎の印。俺の目はそこに釘付けになっていた。

「にしても懐かしい研究をしているな。この石板はその昔、私がとあるタイタンロブスターに入れ知恵して作らせたもの。しかし悪いな、これは失敗作なんだ。私を強制的に呼びつけ異世界と接続することは可能だが、異世界から誰かを呼び出すのは失敗した。アイツはそれで諦めた。けど、もし君が望むのなら、私が無理やり起動してあげてもいい。どうする?」

 誘惑だ。これは悪魔の誘惑だ。乗れば望みと引き換えに魂を奪われるかもしれない。
 しかし……。

「それで、俺の願いが叶うのならば。彼女と結ばれるのなら、構わない。俺はなんでも差し出そう。この魂でも、命でも」

「おやめくださいエコノレ様! 故奴に魂を売るなど! お身体を大切になさってください、貴方は……!」

「だからこそではないか! 詳しいことは分からない。だが、俺の命はそう長くないのだろう。俺もそれが分からないほどバカではない。ならばこそ、大胆にこの人生を使わずして、俺はこの世に何を残せるというのか!」

 父のあからさまな期待のなさ。そして2年という長い滞在期間。以前に弟も、俺の容体が悪化していることをほのめかしていた。

「良い覚悟だ、エコノレ。そして代価は、感謝。君が私に提供できる、最大で最良のもの。それが感謝だ。私は人の感謝のために動く、異世界の大魔王である。始めるとしよう」

 瞬間、用意した異世界接続魔法が輝きだす。既に研究員は魔力供給を止めていた。
 しかし巻き起こるは、この場の者では絶対に不可能な量の魔力によって引き起こされる、超特大の魔法。

「さあ受け取れ、これが君の求めている知識だ。ただし、この魔法はいくら発展させたところで、この結果以外招かない。真に君が求めているのは、もっと別の魔法だ。しかしまあ、こちらの方が君にとっては都合がいいだろう」

 流れ込んでくるのは、異世界の知識。主に経済、経営に関する知識の濁流。つまりは金を得るためのものだ。五億用意し、彼女との婚約を果たすためのものだ。

 凄まじい知識量である。今までの俺の常識を大きく覆す新しい知識の数々。これがあれば、この世界で大物になるのはそう難しいことではないだろう。

 しかし所々意味の分からない知識もある。いや、知識というよりも記憶と言うべきか。俺の知らない記憶が、頭の中に入り込んでくる。

「何事かッ!?」

 突如、異変に気付いた父が研究所に入り込んできた。
 当然だろう。家の中で急に炎魔法をぶっぱなしたのだから、いくら地下室であっても気付かないはずがない。

「こ、これは。悪魔か!? 何をしているエコノレ! このような悪魔を召喚して、何をするつもりか!?」

 やはり父もパラレルを悪魔だと判断した。
 俺以外の人間には、というか魔力を持つ人間は、何故か彼のことが悪魔に見えるのだ。

「やはりこのような研究止めさせるべきだったのだ! 総員、悪魔を囲め。魔法で奴の動きを封じ、俺が息の根を止める!」

「おっと、これ以上長居出来ないようだ。それでは青年、その力を存分に活用したまえ。君が死する前に……」

 彼は現れた時と同じように、何の前触れもなく忽然と姿を消した。父が何かことを成す前に。

 彼が姿を消した途端、父とその部下が研究所の中まで入り込んでくる。そして俺たちを取り押さえた。

「貴様! 何をしていた。あのような悪魔を召喚し、いったい何をするつもりだったのだ!?」

「フィリオツァーレ様、あれは事故だったのです! 私たちの研究は失敗でした。魔法は起動せず、何も召喚できないはずだったのです! しかし彼は現れた。私たちが召喚したのではなく、向こうからやってきたのです! ですから……」

「ええい御託は良い! 悪魔を召喚することは禁忌。貴様らがやったことは万死に値する!」

 マズい、このままでは仲間たちが処刑されてしまう。悪魔を呼び出すというのは、それだけ重罪なのだ。例え実行させたのが俺であっても、協力しただけで罪に問われる。

「父上、これは私が指示したことです。彼らは魔力を私に提供しただけで、この魔法の開発も、研究も、全て私個人で成したこと。現に、彼らは着火魔法のコスト削減に尽力していたではないですか。あれだけの研究、私の手伝いをしながらでは不可能です!」

 決してそんなことはない。彼らは研究の傍ら、ずっと俺の手伝いをしてくれていた。
 しかし父は研究に疎い。俺たちの事情など知らないのだ。ならば真実にしてしまえばいい。父の中では俺の言葉が真実だ。

 今までの人生、一度も父には嘘を吐かず、はぐらかすこともなく生きてきた。それを見破られるのを知っていたから。
 しかし今では逆に、父は俺の言葉を信用するようになっている。初めて父に嘘を吐くが、信じさせられる確信があった。

「フィリオツァーレ様、彼を流刑に処すべきです! 確かに他の研究員は別の研究をしていた証拠があります。彼らはこの場に居合わせただけのはず。処すべきはエコノレ様一人です」

 彼は……。知っている騎士だ。剣をこちらに向けているが、俺の考えを理解してくれたみたいだな。

「いや待て、息子を今ここで手放すのは……」

「父上! 私を流刑に処してください。事故であっても、私は悪魔を召喚した大罪人。私が悪魔の力で何かしでかす前に、流刑に処してください!」

 この近くには大河がある。浮きを付ければ簡単に沖まで流せてしまう大河だ。
 そしてあの海には、全てを喰らうという巨大なクジラがいる。この領地で流刑とは、すなわち死刑のことだ。

「ぐぬ、致し方ない。我が息子とは言え、悪魔召喚は死罪。息子の顔に免じ、他の研究員はこの研究成果の破棄とし、息子は流刑に処す!」

 流石の父も、悪魔召喚の罪を重く見ているのだ。本来なら研究員全員死刑のところ、父なりの温情を掛けてくれたということか。
 俺に何かまださせようとしていたようだが、すまない。父の思い通りにはならなかった。

「皆、すまない。達者で生きろ」

 やはり上手く行かないな、俺の人生は。せっかくこの知識を得たというのに。場合によっては、経済界全てを支配できたかもしれないのに……。
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